122 / 618
Episode2 修司
29 最悪の事態なのか
しおりを挟む
「安藤律ですよ」
その答えに驚く暇もなく、背後で男の太い悲鳴が上がる。
譲が大男の腕に噛み付き、受け身を取って地面に転げ落ちた。解かれた腕を押さえながら駆け寄ってくる譲に、修司は「駄目だ」と声を上げて男たちに身構える。
「ふざけるなよ、お前ら。そんな冗談で俺を騙そうとしても無駄だからな!」
男の発言を鵜呑みにしてしまいそうになる自分を否定したかった。同時に、もしここで戦って勝つことが出来れば、それを覆すことが出来る気がしてしまう。
「下がってて」と肩越しに振り返り、困惑する譲に「ごめんな」と頭を下げた。
「律さんが、そっち側の人間なわけない。お前たちホルスなんだろう? 一緒にするなよ」
「ホルス?」
背後で呟いた譲の声に、動揺が混じる。
初老の男は含みのある笑みを浮かべた。
「何も分かってないのは貴方じゃないですか」
粋がったガキだと自嘲しながら、修司は「この野郎!」と右手に白い力を宿す。
「修司?」と呟かれた譲の驚愕に続いて、どこか離れた場所に強い力の気配が沸いた。
「なん……だよ、これは……」
歴然とした力の差に委縮して、修司の手から光がポンと弾ける。
律なのかと思った。
絶望感に頭を垂れると、初老の男が「どうした?」と眉間の皺を深く刻む。
ここに居る修司以外の誰もが、この突き刺すような激しい気配に気付いていないらしい。
スーツ姿の男たちがビクリと全身を震わせた。
瞬きもできず瞳を見開いたまま、壁に杭で撃ち込まれたように手足の先までピンと硬直させている。
身に起きた恐怖を吐き出そうとする半開きの口から、ダラリと唾液が流れ落ちた。
こんなことをできるのは、数知れた人間だけだ。
律が本当に敵だというのなら、この力は──
「彰人……さん?」
望みを込めてた小さな声は、急に騒めいた雑踏の音にかき消されてしまう。
周囲の視線が駅の方角へ一斉に向いて、人々が左右へ別れて道が開いた。
「こんな所でアンタが力を使っていいと思ってるの?」
苛立った少女の声が自分に向けられたものだと理解して、修司は耳を疑った。忘れ掛けそうになっていた音が耳の奥で蘇り、その主を確信させる。
「けど間に合って良かったよ、ホントに」
これは男の声。その顔を見て、修司は全身の力が抜けてしまう。ふらついた足に、譲が後ろから腕を掴んで支えてくれた。
譲の視線は、開かれた道の奥に現れた二人の姿に釘付けだ。
その状況は今の修司にとって最悪かもしれない。けれど、正直ホッとしてしまった。
「良かった……本当に」
それが自分の本心かどうかは分からないけれど。
修司は紺色の制服姿で現れた木崎綾斗と楓美弦に「ありがとうございます」と頭を下げた。
その答えに驚く暇もなく、背後で男の太い悲鳴が上がる。
譲が大男の腕に噛み付き、受け身を取って地面に転げ落ちた。解かれた腕を押さえながら駆け寄ってくる譲に、修司は「駄目だ」と声を上げて男たちに身構える。
「ふざけるなよ、お前ら。そんな冗談で俺を騙そうとしても無駄だからな!」
男の発言を鵜呑みにしてしまいそうになる自分を否定したかった。同時に、もしここで戦って勝つことが出来れば、それを覆すことが出来る気がしてしまう。
「下がってて」と肩越しに振り返り、困惑する譲に「ごめんな」と頭を下げた。
「律さんが、そっち側の人間なわけない。お前たちホルスなんだろう? 一緒にするなよ」
「ホルス?」
背後で呟いた譲の声に、動揺が混じる。
初老の男は含みのある笑みを浮かべた。
「何も分かってないのは貴方じゃないですか」
粋がったガキだと自嘲しながら、修司は「この野郎!」と右手に白い力を宿す。
「修司?」と呟かれた譲の驚愕に続いて、どこか離れた場所に強い力の気配が沸いた。
「なん……だよ、これは……」
歴然とした力の差に委縮して、修司の手から光がポンと弾ける。
律なのかと思った。
絶望感に頭を垂れると、初老の男が「どうした?」と眉間の皺を深く刻む。
ここに居る修司以外の誰もが、この突き刺すような激しい気配に気付いていないらしい。
スーツ姿の男たちがビクリと全身を震わせた。
瞬きもできず瞳を見開いたまま、壁に杭で撃ち込まれたように手足の先までピンと硬直させている。
身に起きた恐怖を吐き出そうとする半開きの口から、ダラリと唾液が流れ落ちた。
こんなことをできるのは、数知れた人間だけだ。
律が本当に敵だというのなら、この力は──
「彰人……さん?」
望みを込めてた小さな声は、急に騒めいた雑踏の音にかき消されてしまう。
周囲の視線が駅の方角へ一斉に向いて、人々が左右へ別れて道が開いた。
「こんな所でアンタが力を使っていいと思ってるの?」
苛立った少女の声が自分に向けられたものだと理解して、修司は耳を疑った。忘れ掛けそうになっていた音が耳の奥で蘇り、その主を確信させる。
「けど間に合って良かったよ、ホントに」
これは男の声。その顔を見て、修司は全身の力が抜けてしまう。ふらついた足に、譲が後ろから腕を掴んで支えてくれた。
譲の視線は、開かれた道の奥に現れた二人の姿に釘付けだ。
その状況は今の修司にとって最悪かもしれない。けれど、正直ホッとしてしまった。
「良かった……本当に」
それが自分の本心かどうかは分からないけれど。
修司は紺色の制服姿で現れた木崎綾斗と楓美弦に「ありがとうございます」と頭を下げた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
デリバリー・デイジー
SoftCareer
キャラ文芸
ワケ有りデリヘル嬢デイジーさんの奮闘記。
これを読むと君もデリヘルに行きたくなるかも。いや、行くんじゃなくて呼ぶんだったわ……あっ、本作品はR-15ですが、デリヘル嬢は18歳にならないと呼んじゃだめだからね。
※もちろん、内容は百%フィクションですよ!
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる