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Episode2 修司

27 悪い奴らからの勧誘と言えば

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 朝、アルガスのヘリがけたたましい音を立てて頭上を過ぎて行った。
 日常的に良くある光景なのに、山での一件のせいでヘリの音には敏感びんかんになってしまう。

 教員の研修とやらで午前授業なことをすっかり忘れていた修司しゅうじは、放課後ゆずると駅近くのファストフード店に来ていた。
 衣替え間近の暑さを逃れて飛び込んだ店内で、キンと冷えた吹き出し口の真下を陣取る。

「生き返ったぁ」

 冷風に汗を溶かしながらコーラを流し込む修司の向かいで、譲は一番安いハンバーガーをトレイに三個積み上げて見せた。サイドメニューはなく、三個のハンバーガーとサイダーが彼の今日の昼食だ。

「修司、何か疲れてる? 朝から眠そうだったけど」

 ハンバーガーを上から順にかぶりつく譲は、草食系な見た目よりも大食いだ。

「お前はいつも元気だな。昨日は帰り遅かったんだろ?」
「まぁね。けどライブの疲れは精力剤せいりょくざいみたいなもんだから」

 わけのわからんことを言うから、譲は女子に距離を置かれるのだ。
 この土日で『地元凱旋がいせんライブ』という、東京生まれの彼とは縁のなさそうなイベントに浜松まで遠征えんせいしてきたという行動力。昨日深夜に帰宅したとは思えないテンションは朝から上がりっぱなしで、学校からここまでの道のりは「待ってました」と言わんばかりに、その始終しじゅう熱弁ねつべんしてくれた。

「気分なんて、気の持ちようだって」

 そうは言うが、好きなアイドルを見に行ったのと、山登りした上ヘリに襲われたのとでは状況が違いすぎる。

「そんな簡単に言うなよ」

 修司が奮発した目玉焼き入りのテリヤキバーガーを食べながら溜息をつくと、譲が「ふふんふん」と軽快なハミングを刻みながら自分のリュックに手を突っ込んだ。

「そんなローテンションの修司には、これをプレゼントするよ」

 目の前に突き出されたのは、まだビニールがかかったままのCDだ。
 昨日、譲が片道四時間以上かけて鈍行列車で会いに行ったアイドルグループ・ジャスティのもので、修司のスマホにダウンロードされた曲である。

「彼女たちの写真でも眺めてれば、嫌な事なんか忘れるって」
「でも俺、この曲落としてるし。貰ったら悪いだろ?」
「いいのいいの、土産買ってこなかったし。握手券ゲットするのに同じの十枚買ったから、布教活動ふきょうかつどう一環いっかんだと思って受け取ってくれよ」

 強引にCDを握らせると、譲はうっとりと目を細めて自分の右手をほおに押し当てた。
 バイト代のほとんどをアイドルに投資とうししている譲だが、あまりにも幸せそうな顔を見ていると、それはそれで良い生き方な気がしてくる。
 譲は自分に素直だ。アイドルに熱中するなんて馬鹿な話だと周りに笑われても、絶対に自分の意思を曲げることはない。

 こんな譲の意見を聞きたいと思ってしまう。半分残ったテリヤキバーガーをコーラで流し込み、修司はテーブルに置いたCDをじっと睨んでから唐突に切り出した。

「なぁ譲、キーダーってどう思う?」

 譲は「え」と眉を上げた。サイダーのカップを離して「どうしたの?」と笑う。

「キーダーって言えば、日本を守るアルガスの特殊部隊とくしゅぶたいだよね」

 初めて聞く代名詞だ。キーダーが突然戦隊もののヒーローのように思えてしまう。

「なら、ホルスの事は? 聞いたことあるか?」
「あぁ、キーダーの対抗勢力だっけ。レジスタンスっていうの? 何したいかは知らないけど一般人を巻き込まないで欲しいよね」

 流石譲だ。彼自身ノーマルの筈なのに、一般人なら聞き流してしまう話題にも詳しい。

「だよな。俺たちは平和に暮らしたいだけなのにな」

 バスクを選ぶことも、キーダーを選ぶことも、修司にとっては『自由』を求める選択に変わりない。

「ホルスがキーダーをどう思ってるのかは分からないけど、奴等は情報が少なすぎるんだよ」
「そうなんだ」
「うん。組織の実態が分からないってことは、何処にでもいるような普通の人ってことだからね。『ホルスです』って名札でもぶら下げといてくれなきゃね」

 黒スーツに看板を下げたサングラス男を浮かべて、修司は盛大に吹き出すのを堪えた。

「確かにそれだと分かるよな。けど、譲はすげぇな。俺が何言っても、ちゃんと返事してくれる」
「好奇心旺盛なだけだよ。けど、どうしたの? 修司ってこんな話するヤツじゃなかったじゃん。もしかしてホルスに勧誘でもされた?」

 歯を見せてニヤリと笑う譲に、修司は「んなワケあるかよ」と眉をしかめる。
 勧誘されていたら、もっと話は深刻だ。こんな場所でテリヤキバーガーなど食べていられるわけがない。

 ――『私の側に居てくれない?』

 譲の発言に、ふと絡んだ律の笑顔。彼女はただのバスクで、昔の平野と一緒だ。

 ――『僕の事『ホルス』だって思ったんなら見る目ないよ』

 あの二人はそうじゃない。けれど彰人に否定された言葉以外、二人がホルスでない理由も浮かばなかった。

「そんな実態も分からない奴等が、どうやって勧誘してくるって言うんだよ」
「そりゃあ、悪い奴等の勧誘と言えば、黒スーツにグラサンかけてやってきてさ」

 映画のワンシーンを再現するように、突き出した親指をあごに当て、譲は声色を変える。

「保科修司さんですね、我々と一緒に来ていただけますか――じゃない? やっぱり」

 草食系ふんわり顔の目が鋭く光った。
 「あぁ、なんかそれっぽいわ」と、修司はうなずく。そう来られたら疑わないが、実際そんなにあからさまだとも思えない。
 モヤモヤしたまま食事を終えて、二人は店を出た。

「俺この後バイトだけど、少し早いからゲーセンでも寄ってく?」

 気晴らしも兼ねて譲の提案に乗ろうとして、修司は「あれ」と足を止める。
 暑さとは違う、肌に張り付くような違和感を感じた。
 背後の自動ドアから出てきた客に「すみません」と注意されて慌てて横へずれ、修司は身構える。

 ――「バスクは寸での差でキーダーから逃れられる希望もある」

 颯太そうたの言葉が頭を貫いていくのを、その状況が否定した。
 じゃあ、相手もバスクだったら――?

 突然現れた三人のスーツ姿の男が、修司の正面をふさいだ。


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