スラッシュ/キーダー(能力者)田母神京子の選択

栗栖蛍

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Episode2 修司

20 経験はない

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 目の前に現れたのは、杭と杭をつなぐ物々しい有刺鉄線ゆうしてっせんに囲まれた、何もない広場だった。
 人的に潰されただろう細い隙間を超えて、三人は月明りでぼんやりと明るいその中へ足を踏み入れる。

 直径で百メートル以上あるだろうか。
 雑草さえ生えない土の地面は、風景をぽっかりと抜き出したような物々しさを感じる。ここにあったものが、きっと一瞬で焼き尽くされてしまったのだろう。

「バスクがやったんですか?」
「まぁ、色々よね。ここはキーダーの演習場だから、私たちもこっそり便乗びんじょうさせてもらってるのよ」
「えっ、アルガスの施設なんですか? 勝手に?」
「施設って言うより、これはただの管理地だよね」

 驚愕きょうがくする修司を面白がって、彰人が笑う。
 確かに施設というには設備など何もなかった。
 彰人はライトを消して「少し暑いね」とシャツの袖をまくり上げながら、相変わらずのはにかんだ笑顔を月明りに浮かべて「ここはね」と説明した。

「訓練施設を立てるために確保した土地らしいよ。全国に幾つかあるみたいだけど、計画倒れでほぼ荒地のまま。キーダーの数なんてほんのわずかだから、このままでいいって判断したのかな。だから鉢合はちあわせする可能性なんて殆どないよ。残った気配がキーダーかバスクかの判別なんてできないからね」

 「そうなんですか」と振り返ると、「使い放題よ」と律が笑んだ。
 楽観的な彼女の発言に顔を引きつらせて、修司は遠くの森を見やる。木々の陰を警戒するには広すぎて、潜んだ気配に気付ける自信はない。

「ここでは消す必要ないんだから、リラックス!」

 ポンと腕を叩いてきた律の手に、その気配がにじんだ。彼女が自分と同じだと、改めて実感する。
 ホッと緊張を緩めると、律が「よしよし」とうなずいて二人の前にくるりと躍り出た。

「じゃあ、しよっか。手加減なんてしなくていいからね」

 修司は「はいっ」と手順を素早くイメージする。
 平野ならきっと、元通りの山からでさえ、この何もない空間を作り出せてしまうだろう。しかし修司には全力で撃ってもこの広さの半分も焼くことはできない。

「じゃ行くわよ、修司くんっ」

 声を弾ませる律は、広場の中央へ行ってしまった。雲が晴れて視界は良好。演習場の真ん中できびすを返すと、両手を頭上で大きく振った。

 「行きまーす」の掛け声が聞こえて、律の気配が一気に膨れ上がる。彼女との間を遮るように白い光が現れた。

 予想を反する事態に、修司は「えっ?」と身構える。
 バスクが山でやることと言ったら、何もない空間へ向けてストレス発散のごとくドーンと力を出し切ることではないのか。

「これって、実戦なんですか――?」

 ふとよぎった確信に、全身が強張こわばった。
 今、律が何をしようとしているのか……

「ホラ。丸腰じゃやられるよ、前に出て」

 スポーツ観戦でもしているかのように、彰人の声援は危機感などまるでなかった。

 「はあっ!」と強い律の気合と共に気配がさらに強まって、光が動を得る。
 一直線に迫りくる恐怖に硬直する身体を振りほどいて、修司は「うわぁ」と彰人へ助けを求めた。その切羽詰まった空気を読んで、彰人が「あぁ」と颯爽と前に出る。

 光の圧力を修司が顔面に感じたのと、前へ伸びた彰人の手から白い光が盾のように横へ広がるのは同時だった。それまで感じることのなかった彼の気配は、律のそれとは比べ物にならない程に大きい。

 律の生み出した光は引かれたレールを走るように彰人の作り出した盾へと飛び込んだ。
 厚い防御を急速回転で削り込むが、少しずつ勢いを削がれ、最後はポンと音を立てて花火のように散ってしまう。

 余韻よいん無く静寂せいじゃくが戻った。
 修司は解かれた恐怖にぜぇぜぇと呼吸を繰り返し、彰人に「ありがとうございます」と礼を言う。

「律は大分強いよね」
「いえ、彰人さんこそビックリしました」
「僕の事はいいんだよ。それより修司くんて実戦の経験ないの? 訓練でも?」

 「……はい」と正直に頷くと、彰人は「気にしなくていいよ」と光を消した。
 「ちょっとぉ」と向こうで跳ねながら、律が騒いでいる。

「全く。律は血の気が多いんだから」

 地面と平行に手を伸ばし、彰人が再び光をおこした。丸い球――しかし律とは違い、ソフトボール大の小振りなものだ。
 彼は何の躊躇ためらいもなく、律目掛けて光を投げる。

「彰人さん?」
「大丈夫、大丈夫。これくらい何てことないよ」

 軌道上の空気を全て火に変えてしまいそうな、強く鋭い白の炎。
 「ひゃあ」と飛び退すさった律の悲鳴がこだまして、「ね」と彰人が笑顔を見せる。

「彰人? もぉ、びっくりさせないでよ」

 ぶんぶんと両手を高く振り回しながら律が戻ってきて、「中断だね」と彰人がズレた袖を上げる。

「すごい……ですね、彰人さんは。ケタが違うというか……」
「律だって変わらないよ」

 逃げる時や戦う時、律は毅然きぜんとした表情を浮かべる。普段とは真逆の戦闘モードだ。
 穏やかな王子もきっとそうだと思っていたが、表情が変わらない彼はどこか喜々として見えた。その笑みは、力を発揮して「スカッとするぜぇ」と声を上げた平野ともまた違う。
 彼にとっての戦闘モードが平常時とイコールなのかと思うと、少し怖いと思ってしまった。

「修司くん、怪我しなかった?」

 律がスカートをひらひらさせながら駆け寄ってきて、「ごめんね」と手を合わせる。

「律の早とちりでしたね」
「うん。修司くんはずっと一人だったんだものね。でも、銀環付きのキーダーも覚醒かくせいは十八歳頃っていうし、修司くんもこれからよ。伸びしろはまだまだ山のようにあるわ」

 彼女に平野の事は話していないが、戦闘経験がないのは事実だ。

「自分の力がどれだけなものか、知っておくのは大事だよ。ただでさえ銀環のない僕たちは、自分で力をコントロールできるようにしないと」

 律は無邪気むじゃきに跳ねて二人から離れると、「見てて」と華麗にその技を披露ひろうしてくれた。キリリと構える表情。彼女の戦闘モードは分かりやすい。

 光の攻撃と防御。それに加えてこの力は、離れたものを触れずに遠隔操作えんかくそうさすることができる。俗に言う念動力だ。
 胸の前に構えた彼女の細い人差し指に合わせて、地面に置いた修司のリュックがふわりと宙に浮かび上がった。リュックは腰の位置でぴょんと頭上まで跳ね上がり、突如重力を思い出したように修司の腕の中へと落ちる。

「女の人が力を使ってる姿って、カッコいいですね」

 再びリュックを地面に下ろしながら、修司は素直に感動していた。思わずパチリと手を叩くと、律は「ありがとう」と修司の背後へ回った。

「修司くんは何ができる? 力を感じることはできるよね。光を出すことはできる?」
「いや、俺はそんな。律さんや彰人さんと比べたら、全然……」
謙遜けんそんする必要なんてないでしょ? ここで大事なのは、ノーマルかそうでないかってことよ?」

 生まれた時から力のない一般人はノーマル。そうでないと言える自覚だけはある。
 見守ってくれる二人の視線に腹をくくり、修司は胸の前に手を伸ばした。
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