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Episode2 修司
19 繋がれた手の感触は
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「律が修司くんと遊びたいんだって」
彼女を追い掛けながら、彰人がそんなことを言った。
曖昧すぎてもっと補足が欲しいところだが、競歩を思わせる足の速さに付いて行くのに必死で、質問している余裕はない。
駅からの電車移動はICカードの残金が心配だったが、手際良く律が切符を買ってきてくれた。
片道約千二百円――大分遠いと思いながら路線図を見上げるが、確認できないまま律に急かされて改札を潜る。
売店で三人分の缶コーヒーとチョコレートを買った律は、遠足気分でご機嫌だった。ボックス席の窓際を陣取ると、目に留まる山や川や空の色にいちいち反応して修司に声を掛けて来る。
そんな律とは対照的に、修司は陰りゆく空に不安を膨らませていた。
まさかこのままどこかへ拉致されてしまうのではないかという最悪なシナリオに行きついたところで、「食べる?」と笑顔で差し出されたチョコレートに全て霧散してしまう。我ながら単純だ。
横で読書に耽っていた彰人も、勧められるままに一粒口に入れて再び本へと目を落とした。何の本だろうと気にはなるが、書店のカバーが掛かっていて表紙は見えない。
「で、これからどこへ行くんですか?」
「楽しいところよ。何度行ってもワクワクしちゃう」
目的の場所を想像したのか、律が弾けるような笑顔をリズミカルに揺らしている。
「イケない遊びだよね」
「え?」
「そんなことないわよ」
意味深な事を言う彰人に、律がすかさず「もぉ」と頬を膨らませる。答えを焦らしているのは彼女なのだが、困惑する修司に申し訳なさそうな表情を向けて、「違うのよ」と指先を合わせた。
「したことあるって言ってたでしょう?」
彼女の口から出た言葉に、危ない妄想が修司の頭を支配してしまった所で、
「力試しだよ。山で。街中じゃできないからね」
ようやく本来の目的が発表され、修司はピンク色に染まった頭を必死に振り払い、必要以上の声で「はい」と返事した。
「修司くんの事、おもちゃにしちゃダメですよ」
赤ら顔で押し黙る修司に、彰人がクスクスと拳を口元に当てながら律を宥める。
つまり、バスクとしての力を見せ合わないか、という事らしい。
平野とも一度したことのある、山奥での開放だ。あの時はただ彼の力に圧倒されるだけだったが、バスクの世界ではポピュラーなことなのかもしれない。
初めて手から白い光が出たのは十三才の時だ。凄いという感動よりも恐ろしいという気持ちが強かった。
十五歳で平野と離れて、気持ちの整理を付けられないまま選択を後回しにしていた二年間。奇跡のような確率が嘘のように、目の前にバスクが二人も居る。
仲間と呼ぶには浅すぎるが、この境遇に甘んじて未来を委ねるのも悪くないと思ってしまった。
☆
すっかり風景が暗くなり、駅ごとの距離も大分伸びた。
駅名を聞くだけではどこに居るのかわからない程遠くまで来て、ぽつぽつと寂しい光の夜景を見ていた律が「次よ」と二人に振り向く。
制服姿の女子高生がホームの階段に消えるのを待って、三人はその駅に下りた。
静まり返った風景にミスマッチな自動改札を抜けて、修司は辺りを見回しながら駅舎を出る。
停車中のタクシーは一台。空のバス停に人気はなく、先に下りた女子高生等が自転車で颯爽と通りを走り抜けて行った。
駅の向かいには小さな商店がいくつか並ぶだけで、コンビニはない。今日の終わりを告げるように、タバコ屋の店主が曲がった腰を伸ばしながらシャッターを閉めていた。
駅の周辺に民家はあるが、その奥はぐるりと山が囲んでいる。
都心から鈍行に揺られて乗り換えなしの一時間半。こんなにも風景が変わってしまうことに驚いて、修司は素直に「田舎ですね」と呟いた。
「見つかったら困るでしょ? ここから少し歩くわよ」
律が人差し指を唇の前に立てて、「じゃあ、行こっか」と踏み出す。
彰人が「僕が先に行こうか」と先導してくれたお陰で、歩く速度が緩んだのは有難かった。
踏切を超えて狭い集落を抜ける。高速道路の高架を潜ると、外灯もない闇が広がった。
「おっと、これはキツイですね。ちょっと待って下さい」
彰人が小さなライトを取り出して前方に光を向けると、細い道と険しい木々の壁が円形に照らし出される。「これで大丈夫」と彰人ははにかむが、心許ない光量にむしろ闇が映え、修司は恐怖さえ感じてしまった。
一応道だと認識できる地面は、誰かが日常的に使っている気配はない。生い茂る草を掻き分ける彰人の手に合わせて、ライトの光が上下左右に大きく揺れた。
「修司くん、疲れてない?」
「大丈夫です」と強がった声が自分で分かる程に震えてしまう。
振り返った律が薄く微笑んで、彼女の少し汗ばんだ掌が出会った日のように修司を捕まえた。小さい子を宥めるように「一緒に行こうか」と笑い掛ける彼女の手を、修司は「はい」と握り返す。
やはり単純だ。暗闇への恐怖はあっという間に消えてしまった。
そして、先導する彰人が足を止めるよりも前に、修司は目的地を理解することができた。
「何だ、ここ……」
道の先はまだ見えない。
けれど空気の変化に気付いて、緊張が全身を走り抜けた。
力の気配がする。今まで感じたことのない、むせるような強い圧迫感に、修司は鼻と口を右手で覆って深く息を吐き出した。
「こういうの初めて?」
深く頷くと、繋がれた手は呆気なく解かれ、律の右手は修司の背中をそっと撫でる。後ずさりしたくなる足を前に出して、ゆっくりと歩いた。
「ここは能力者が集まる場所だから気配が染みついているのよ。少ししたら慣れるから」
「キーダーかバスクが居るわけじゃないんですか?」
「分からないけど、居たら逃げればいいでしょ? ここなら幾らでも戦えるから心配しないで」
込み上げた吐き気は彼女の手の温もりで少しずつ引いていく。
やがて木や草で覆われていた視界が突然に開けた。
彼女を追い掛けながら、彰人がそんなことを言った。
曖昧すぎてもっと補足が欲しいところだが、競歩を思わせる足の速さに付いて行くのに必死で、質問している余裕はない。
駅からの電車移動はICカードの残金が心配だったが、手際良く律が切符を買ってきてくれた。
片道約千二百円――大分遠いと思いながら路線図を見上げるが、確認できないまま律に急かされて改札を潜る。
売店で三人分の缶コーヒーとチョコレートを買った律は、遠足気分でご機嫌だった。ボックス席の窓際を陣取ると、目に留まる山や川や空の色にいちいち反応して修司に声を掛けて来る。
そんな律とは対照的に、修司は陰りゆく空に不安を膨らませていた。
まさかこのままどこかへ拉致されてしまうのではないかという最悪なシナリオに行きついたところで、「食べる?」と笑顔で差し出されたチョコレートに全て霧散してしまう。我ながら単純だ。
横で読書に耽っていた彰人も、勧められるままに一粒口に入れて再び本へと目を落とした。何の本だろうと気にはなるが、書店のカバーが掛かっていて表紙は見えない。
「で、これからどこへ行くんですか?」
「楽しいところよ。何度行ってもワクワクしちゃう」
目的の場所を想像したのか、律が弾けるような笑顔をリズミカルに揺らしている。
「イケない遊びだよね」
「え?」
「そんなことないわよ」
意味深な事を言う彰人に、律がすかさず「もぉ」と頬を膨らませる。答えを焦らしているのは彼女なのだが、困惑する修司に申し訳なさそうな表情を向けて、「違うのよ」と指先を合わせた。
「したことあるって言ってたでしょう?」
彼女の口から出た言葉に、危ない妄想が修司の頭を支配してしまった所で、
「力試しだよ。山で。街中じゃできないからね」
ようやく本来の目的が発表され、修司はピンク色に染まった頭を必死に振り払い、必要以上の声で「はい」と返事した。
「修司くんの事、おもちゃにしちゃダメですよ」
赤ら顔で押し黙る修司に、彰人がクスクスと拳を口元に当てながら律を宥める。
つまり、バスクとしての力を見せ合わないか、という事らしい。
平野とも一度したことのある、山奥での開放だ。あの時はただ彼の力に圧倒されるだけだったが、バスクの世界ではポピュラーなことなのかもしれない。
初めて手から白い光が出たのは十三才の時だ。凄いという感動よりも恐ろしいという気持ちが強かった。
十五歳で平野と離れて、気持ちの整理を付けられないまま選択を後回しにしていた二年間。奇跡のような確率が嘘のように、目の前にバスクが二人も居る。
仲間と呼ぶには浅すぎるが、この境遇に甘んじて未来を委ねるのも悪くないと思ってしまった。
☆
すっかり風景が暗くなり、駅ごとの距離も大分伸びた。
駅名を聞くだけではどこに居るのかわからない程遠くまで来て、ぽつぽつと寂しい光の夜景を見ていた律が「次よ」と二人に振り向く。
制服姿の女子高生がホームの階段に消えるのを待って、三人はその駅に下りた。
静まり返った風景にミスマッチな自動改札を抜けて、修司は辺りを見回しながら駅舎を出る。
停車中のタクシーは一台。空のバス停に人気はなく、先に下りた女子高生等が自転車で颯爽と通りを走り抜けて行った。
駅の向かいには小さな商店がいくつか並ぶだけで、コンビニはない。今日の終わりを告げるように、タバコ屋の店主が曲がった腰を伸ばしながらシャッターを閉めていた。
駅の周辺に民家はあるが、その奥はぐるりと山が囲んでいる。
都心から鈍行に揺られて乗り換えなしの一時間半。こんなにも風景が変わってしまうことに驚いて、修司は素直に「田舎ですね」と呟いた。
「見つかったら困るでしょ? ここから少し歩くわよ」
律が人差し指を唇の前に立てて、「じゃあ、行こっか」と踏み出す。
彰人が「僕が先に行こうか」と先導してくれたお陰で、歩く速度が緩んだのは有難かった。
踏切を超えて狭い集落を抜ける。高速道路の高架を潜ると、外灯もない闇が広がった。
「おっと、これはキツイですね。ちょっと待って下さい」
彰人が小さなライトを取り出して前方に光を向けると、細い道と険しい木々の壁が円形に照らし出される。「これで大丈夫」と彰人ははにかむが、心許ない光量にむしろ闇が映え、修司は恐怖さえ感じてしまった。
一応道だと認識できる地面は、誰かが日常的に使っている気配はない。生い茂る草を掻き分ける彰人の手に合わせて、ライトの光が上下左右に大きく揺れた。
「修司くん、疲れてない?」
「大丈夫です」と強がった声が自分で分かる程に震えてしまう。
振り返った律が薄く微笑んで、彼女の少し汗ばんだ掌が出会った日のように修司を捕まえた。小さい子を宥めるように「一緒に行こうか」と笑い掛ける彼女の手を、修司は「はい」と握り返す。
やはり単純だ。暗闇への恐怖はあっという間に消えてしまった。
そして、先導する彰人が足を止めるよりも前に、修司は目的地を理解することができた。
「何だ、ここ……」
道の先はまだ見えない。
けれど空気の変化に気付いて、緊張が全身を走り抜けた。
力の気配がする。今まで感じたことのない、むせるような強い圧迫感に、修司は鼻と口を右手で覆って深く息を吐き出した。
「こういうの初めて?」
深く頷くと、繋がれた手は呆気なく解かれ、律の右手は修司の背中をそっと撫でる。後ずさりしたくなる足を前に出して、ゆっくりと歩いた。
「ここは能力者が集まる場所だから気配が染みついているのよ。少ししたら慣れるから」
「キーダーかバスクが居るわけじゃないんですか?」
「分からないけど、居たら逃げればいいでしょ? ここなら幾らでも戦えるから心配しないで」
込み上げた吐き気は彼女の手の温もりで少しずつ引いていく。
やがて木や草で覆われていた視界が突然に開けた。
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