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Episode2 修司
7 彼女に会った報告
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東京での新居は、アルガスから大分離れたマンションだった。
今日から仕事だと言って朝一の新幹線で上京した颯太の終業時間まではまだ早く、修司は渡されていた鍵でオートロックを解除し、エレベーターを上っていく。
新居は十階だったが、中のボタンは二十五階まであった。
少し長く感じる圧迫感から解放されると、建物の中心が吹き抜けになっていて、頭上を仰ぐと遥か高い位置に青い空が見えた。
玄関に見慣れた黒い革靴があって、修司は「伯父さん?」と廊下の向こうへ呼び掛ける。
突き当りのリビングにはダンボールが積み上がっていて、颯太が「お帰り」と顔を覗かせた。
「てっきりまだ仕事してると思ったけど」
「今日は午前中だけ。昼から荷物の立ち会いしてたんだよ。朝言っただろ?」
「あれ、そうだっけ? 手伝えなくてごめん」
「運び込みって言っても、俺は指示してただけだから気にすんなよ」
颯太は癖のある髪をかき上げて、カウンターの上に置かれた炭酸水を口に含んだ。前の家でも使っていた折り畳みの細い椅子に腰かけ「お前もちゃんと飲んどけよ」と、少し温くなった麦茶のペットボトルを渡す。
去年の夏に颯太が熱中症になってから、水分補給に関してやたら口煩くなった。
周りの水滴を払って修司は少しだけお茶を飲む。
カーテンのない窓から時折そよぐ風は、まだ春だというのに初夏を思わせる暑さで、颯太が「あっちいな」とシャツの袖を捲った。
「東北とは違うね」と前の部屋の鍵を渡して、修司はペットボトル片手に新居を探検する。
颯太が即決した物件で、前情報は何も聞いていなかった。
築十年の中古物件ということだが、目につくような劣化はない。
窓の大きい開放感のあるリビングに二人の部屋がついた2LDKの間取りは今までの家よりも一部屋少ないが、大した荷物もない男の二人暮らしには十分な広さだ。
「アルガスに行って来たんだろ? どうだった?」
再びリビングに戻った修司に、颯太はカウンターに開かれたノートパソコンのキーボードをカタカタと叩きながら声を掛けた。
思い出す外観にすら圧倒されて、「大きかった」と率直な感想を伝える。
「お前らしいな。でも無事帰って来れて一安心だ。油断すると見つかるぞ」
「わかってる。でも、そのことだけど……見つかっちゃったんだよね」
美弦とのことを報告すると、颯太は「はぁ?」と素っ頓狂な声で修司を振り返った。
「見つかった? アルガスの連中に、お前がバスクだってことをか?」
気を高ぶらせて修司の両肩を掴んだ颯太に、修司は広げた両手を振りながら美弦の事を説明した。
「大丈夫だと思うよ。彼女、明日が着任だからって今日は見逃してくれてさ」
「この春に着任ってことは、お前と同じ歳か」
颯太は「参ったな」と短く伸ばした顎髭を撫でながら、「可愛かったのか?」と茶々を入れる。
「お前が女子の話するなんて初めてじゃないか?」
「そんな、性別とか関係ないし。可愛かったけど……」
緊迫した空気が緩んで、修司は本心を零した。
脳裏に浮かんだ美弦は眉間に皺を寄せて修司を睨み上げているが、目や唇や髪の毛、その一つ一つの素材はテレビに出て来るアイドルのように可愛い。
それを言葉や態度が打ち消してしまっているのが残念だ。
「そうか」と安堵する颯太。浮いた腰を椅子に戻し、「気をつけろよ」と加える。
颯太が新居にこの場所を選んだ理由は、最初に地図を見てすぐに分かった。
大きな駅に出るのでさえ乗り換えが複雑で、ましてや海に近いアルガスまでなど、『東京のあっちからこっち』と一口で言えてしまう程だ。
修司の持つ力は油断すると『能力者だ』という気配を身体の外へ放出してしまう。
平野が心配したように、それを自ら食い止める術を身につけなければ別の能力者に容易く気付かれてしまうのだ。
「もし見つかってキーダーが俺の事捕まえに来たら、どうすればいい?」
平野を待って熱で倒れたという若い女キーダーの話は間抜けにも聞こえるが、あの頑固な平野をキーダーにさせたその女を、正直怖いと思ってしまう。
「まぁ覚悟するしかねぇだろうな。十五になったんだ、トールを選べば力だって消せるさ。ただ、戦おうなんては思うなよ? 銀環付きのキーダーはバスクに勝てないとかいう奴もいるが、キーダーを敵に回すっていう事は国と戦うってことだからな」
やはり美弦が言ったように、トールへの選択も視野に入れるべきなのだろうか。
「不安な顔するなよ。お前が捕まったところでお咎めはないさ。キーダーの力は国の宝だ。俺のことだって命まで奪おうなんてはしないだろうし。世の中、生きてりゃなんとかなるよ」
「そういうもの?」
「あぁ。アルガスが一番恐れてるのはキーダーの反逆だ。だから、仲間を殺ることがキーダーにとって一番重い罪らしい。それに比べたら俺たちのした事なんて大したことはねぇよ」
「大したこと……ないのかな」
ノーマルがキーダーの力を恐れているのは分かるが、キーダー隠しが重罪であることに変わりはないと思う。
修司の出産に係わった祖母はもう他界したが、そこには颯太も立ち会っていたのだ。
表情の晴れない修司の片頬を小突いて、颯太は「お前は何も悪くないからな」とカウンターへ身体を回した。
「試験紙の色が変わった時、婆さんは俺に部屋から出て行けって言ったんだよ。自分一人が罪を被ろうと思ったんだろうな。けど、俺にゃできなかった。大事な妹が一人ぼっちで腹痛めて産んだんだぜ? 横で見てた俺がその記憶をなかったことにするなんてよぉ」
颯太は深く息を吐き出して、改めてパソコンのキーボードを叩く。
「力を持つ奴はさ、出生検査さえすり抜けちまえばバスクとして生きられる。見つかりさえしなければ、いつだって自分の未来を自由に選べるんだ」
陰っていたパソコンのモニターが明るくなり、フォルダから三人のバストアップ写真が現れる。
アルガス東京本部に所属しているという、三人のキーダーだった。
今日から仕事だと言って朝一の新幹線で上京した颯太の終業時間まではまだ早く、修司は渡されていた鍵でオートロックを解除し、エレベーターを上っていく。
新居は十階だったが、中のボタンは二十五階まであった。
少し長く感じる圧迫感から解放されると、建物の中心が吹き抜けになっていて、頭上を仰ぐと遥か高い位置に青い空が見えた。
玄関に見慣れた黒い革靴があって、修司は「伯父さん?」と廊下の向こうへ呼び掛ける。
突き当りのリビングにはダンボールが積み上がっていて、颯太が「お帰り」と顔を覗かせた。
「てっきりまだ仕事してると思ったけど」
「今日は午前中だけ。昼から荷物の立ち会いしてたんだよ。朝言っただろ?」
「あれ、そうだっけ? 手伝えなくてごめん」
「運び込みって言っても、俺は指示してただけだから気にすんなよ」
颯太は癖のある髪をかき上げて、カウンターの上に置かれた炭酸水を口に含んだ。前の家でも使っていた折り畳みの細い椅子に腰かけ「お前もちゃんと飲んどけよ」と、少し温くなった麦茶のペットボトルを渡す。
去年の夏に颯太が熱中症になってから、水分補給に関してやたら口煩くなった。
周りの水滴を払って修司は少しだけお茶を飲む。
カーテンのない窓から時折そよぐ風は、まだ春だというのに初夏を思わせる暑さで、颯太が「あっちいな」とシャツの袖を捲った。
「東北とは違うね」と前の部屋の鍵を渡して、修司はペットボトル片手に新居を探検する。
颯太が即決した物件で、前情報は何も聞いていなかった。
築十年の中古物件ということだが、目につくような劣化はない。
窓の大きい開放感のあるリビングに二人の部屋がついた2LDKの間取りは今までの家よりも一部屋少ないが、大した荷物もない男の二人暮らしには十分な広さだ。
「アルガスに行って来たんだろ? どうだった?」
再びリビングに戻った修司に、颯太はカウンターに開かれたノートパソコンのキーボードをカタカタと叩きながら声を掛けた。
思い出す外観にすら圧倒されて、「大きかった」と率直な感想を伝える。
「お前らしいな。でも無事帰って来れて一安心だ。油断すると見つかるぞ」
「わかってる。でも、そのことだけど……見つかっちゃったんだよね」
美弦とのことを報告すると、颯太は「はぁ?」と素っ頓狂な声で修司を振り返った。
「見つかった? アルガスの連中に、お前がバスクだってことをか?」
気を高ぶらせて修司の両肩を掴んだ颯太に、修司は広げた両手を振りながら美弦の事を説明した。
「大丈夫だと思うよ。彼女、明日が着任だからって今日は見逃してくれてさ」
「この春に着任ってことは、お前と同じ歳か」
颯太は「参ったな」と短く伸ばした顎髭を撫でながら、「可愛かったのか?」と茶々を入れる。
「お前が女子の話するなんて初めてじゃないか?」
「そんな、性別とか関係ないし。可愛かったけど……」
緊迫した空気が緩んで、修司は本心を零した。
脳裏に浮かんだ美弦は眉間に皺を寄せて修司を睨み上げているが、目や唇や髪の毛、その一つ一つの素材はテレビに出て来るアイドルのように可愛い。
それを言葉や態度が打ち消してしまっているのが残念だ。
「そうか」と安堵する颯太。浮いた腰を椅子に戻し、「気をつけろよ」と加える。
颯太が新居にこの場所を選んだ理由は、最初に地図を見てすぐに分かった。
大きな駅に出るのでさえ乗り換えが複雑で、ましてや海に近いアルガスまでなど、『東京のあっちからこっち』と一口で言えてしまう程だ。
修司の持つ力は油断すると『能力者だ』という気配を身体の外へ放出してしまう。
平野が心配したように、それを自ら食い止める術を身につけなければ別の能力者に容易く気付かれてしまうのだ。
「もし見つかってキーダーが俺の事捕まえに来たら、どうすればいい?」
平野を待って熱で倒れたという若い女キーダーの話は間抜けにも聞こえるが、あの頑固な平野をキーダーにさせたその女を、正直怖いと思ってしまう。
「まぁ覚悟するしかねぇだろうな。十五になったんだ、トールを選べば力だって消せるさ。ただ、戦おうなんては思うなよ? 銀環付きのキーダーはバスクに勝てないとかいう奴もいるが、キーダーを敵に回すっていう事は国と戦うってことだからな」
やはり美弦が言ったように、トールへの選択も視野に入れるべきなのだろうか。
「不安な顔するなよ。お前が捕まったところでお咎めはないさ。キーダーの力は国の宝だ。俺のことだって命まで奪おうなんてはしないだろうし。世の中、生きてりゃなんとかなるよ」
「そういうもの?」
「あぁ。アルガスが一番恐れてるのはキーダーの反逆だ。だから、仲間を殺ることがキーダーにとって一番重い罪らしい。それに比べたら俺たちのした事なんて大したことはねぇよ」
「大したこと……ないのかな」
ノーマルがキーダーの力を恐れているのは分かるが、キーダー隠しが重罪であることに変わりはないと思う。
修司の出産に係わった祖母はもう他界したが、そこには颯太も立ち会っていたのだ。
表情の晴れない修司の片頬を小突いて、颯太は「お前は何も悪くないからな」とカウンターへ身体を回した。
「試験紙の色が変わった時、婆さんは俺に部屋から出て行けって言ったんだよ。自分一人が罪を被ろうと思ったんだろうな。けど、俺にゃできなかった。大事な妹が一人ぼっちで腹痛めて産んだんだぜ? 横で見てた俺がその記憶をなかったことにするなんてよぉ」
颯太は深く息を吐き出して、改めてパソコンのキーボードを叩く。
「力を持つ奴はさ、出生検査さえすり抜けちまえばバスクとして生きられる。見つかりさえしなければ、いつだって自分の未来を自由に選べるんだ」
陰っていたパソコンのモニターが明るくなり、フォルダから三人のバストアップ写真が現れる。
アルガス東京本部に所属しているという、三人のキーダーだった。
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