スラッシュ/キーダー(能力者)田母神京子の選択

栗栖蛍

文字の大きさ
上 下
75 / 658
Episode1 京子

63 マサの覚悟

しおりを挟む
 大学を卒業したらどうしたいかと、前に一度桃也とうやに聞いたことがある。

『俺みたいな人間を増やしたくないって思う。だから、そうならない為に何かできたら……そんな仕事がしたい』

 彼の言葉を、京子は『バスクや犯罪によって家族を失ってしまう子供を増やしたくない』だと解釈していた。けれど能力者の彼がキーダーを選んだことで、そうではないことを理解した。
 彼はバスクに後悔させたくないと思っているのだ。意思を逆らった暴走で大切な人を失わないように──。

 ヒールからスニーカーへ履き替えて、趙馬刀ちょうばとうを腰に差した。最後に足首の包帯を確認して部屋を出た所で、天井の向こうに激しい気配に気付く。

「屋上か?」

 再び戦闘が始まったようだ。
 一瞬遅れてドンという強い衝撃があり、ガタガタと壁がきしむ。
 京子は階段の途中で体勢を崩し、壁と桃也に挟まれるようにしゃがみ込んだ。

「落ちるなよ」

 手摺てすりを握る桃也の腕が力強く京子を支えた。揺れはすぐに収まったが、天井にうごめく気配は更に強まっていく。

「外に出よう」

 正面入口まで行くと、扉の内側を護る二人の護兵ごへいの真ん中でマサが京子を仁王立ちで待ち構えた。
 敬礼する護兵たちは窓から落下した顔ぶれとは別だ。

「マサさん、さっきの屋上だよね?」

 マサは司令室で上官たちの質問攻めにあっていると思ったが、予想以上に早く解放されたようだ。

「あぁ。お前も外に出れるか?」
「出るつもりで来たんだよ」
「なら頼むぞ」
「オジサンたちに何か言われた?」
「まぁな。けど俺はまだアルガスに必要とされてるみたいだ」

 マサの表情が心なしか嬉しそうに見えて、京子は「了解」と安堵あんどした。

「この建物なんて壊しちまっていいからな? これ以上被害を外へ出さない努力をしろよ」

 最初の鉄柱を外に出してしまった事を申し訳なく思う。

「さっきは、ごめんなさい」
「やっちまったもんは仕方ねぇよ。その為の避難だろ? あと、桃也は下に潜ってろ」
「はあっ? 何でだよ」

 マサの指示に、桃也は声を荒げた。

「怪我した京子を行かせて、俺に下がれっていうのか?」
「今のお前なんて、ただの足手纏あしでまといだ。そんな奴が居たら、京子だって心が乱れるだろう?」
「俺だって戦える。ここで逃げたら、何の為にヘリ飛ばしてもらったのか判らねぇよ」

 強く訴える桃也に、マサは冷静に「違うぞ」と首を振った。

「京子を泣かせるなって言ってんだ」
「そんなつもりは、これっぽっちもねぇよ」

 衝動を抑え付けるように桃也は自分の拳をきつく握り、京子を見下ろす。
 問い掛けるような彼の視線に、京子は唇を噛み目を逸らした。
 桃也をこの扉の向こうに行かせたくはない気持ちは、マサの言う通りだ。

 けれど。
 彼の意思をしいたげる事はただの私情に過ぎないのではないか。
 もし彼が恋人でなかったら、自分はどう答えを出すだろう。

「京子はどうしたい?」

 マサに問われて俯くと、再び天井がミシリと鳴った。
 屋上には綾斗がいる。彼はまだ高校生だ。大舎卿だいしゃきょうだって、ベテランとはいえ忠雄よりも年上なのだ。

「ねぇ……桃也は今、何ができるの? 趙馬刀に刃を付けることは?」
「できる。光を飛ばしたりするのはまだうまく出来ねぇけど、それ以外なら一通りやれる」
「……そう。じゃあ、頼ってもいいかな」
「京子……いいのか?」

 困惑するマサに、京子は小さく笑ってみせる。桃也の気持ちを受け入れる事も彼を好きだと言う覚悟なのかもしれない。
 彼が選ぶ道を一人のキーダーとして応援していきたいと思う。

「お前等、カッコつけるなよな。本当なら俺が一番戦いたいんだからな? けどやるって決めたなら思い切りいけよ? 溜め込んだ想いを俺の分まで晴らしてきてくれ」

 呆れ顔のマサに、京子と桃也が「了解」と声を合わせた。
 力を失いトールとなったマサが桃也へ装備を全て譲った覚悟を、しっかりと受け止める。

 「護武運を」と再び敬礼する護兵に見送られ、京子と桃也は外へ出た。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...