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Episode1 京子

54 変わりない笑顔

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 ついさっきまで寒いと感じていた空気を、暑いとさえ思う。
 建物の壁に張り付きながら正面の門が見える位置まで移動し、鼻を突く焦げ臭さに京子は腕を押し付けた。
 恐る恐る見上げると、光の衝突した東側四階部分の装甲が大きくがれ落ちている。焼けた破片が塵となってハラハラと宙を舞い、京子は壁を離れて状況を確認した。

ひどいな」

 補修中だった三階は衝撃で板が飛び、粉々に割れた窓の明かりの奥に人影が見える。
 被害の割にシンとする空気が不気味だった。
 京子は人気のない芝生の上を警戒しながら移動し、正門へ向かった。
 さっきとは別の護兵ごへいが、無言の敬礼で京子を迎える。

「二人ともご苦労様。ここはもう危ないから地下へ入って」
「しかし、我々はここを護るのが仕事ですから」
「今日は事情が違うんだよ。私もこんなこと初めてで余裕がないの。だからこれは命令だよ」

 戸惑う二人に、京子は頭を下げる。
 護兵はキーダー以上に訓練を積んでいるが、キーダーの代わりであることに他ならないのだ。

「だったら他に何かできることはありませんか?」
「他の護兵も中に居るんでしょ? みんなで避難して」

 戦いたいという意思を突き放すのは彼等にとって酷なことかもしれないが、無駄死にさせるわけにはいかない。
 京子は二人に門を開けるように指示して、「行って」と避難を促した。二人は納得のいかない顔をチラつかせながら、「ご武運を」と敬礼して建物へ駆け込んで行く。

 京子は辺りを警戒しつつ、薄暗い門の外へと視線を向けた。

 さっきの衝突の時といい、やはり大舎卿だいしゃきょうの言うように感覚が戻ってきている気がする。
 彼が今そこに居る事を、少し前から気付いていた。

「京子ちゃん直々のお出迎え? 嬉しいよ」

 夕方に会ったままの恰好で、遠山彰人あきひとが「こんばんは」と暗闇から現れる。その背後に目をやると、彼は「僕一人だよ」とはにかんだ。

「アルガスって結構頑丈がんじょうなんだね」

 彰人は崩れた屋上を見上げる。
 まるで見物にでも来たかのようなセリフに京子は困惑して、腰の趙馬刀ちょうばとうに手を掛けた。

「さっきの攻撃は彰人くんがやったの?」
「僕じゃないよ。ちゃんと見てなかったけど、思ったより壊れていなかったね」
「彰人くんも戦うつもり?」
「僕は別に京子ちゃんと戦いたいわけじゃないよ」

 女子たちを魅了してきた柔らかい笑顔で、彼は話を続ける。

「能力者の力が国のものだなんて考え、おかしいと思わない? フルパワーの力を出せないように銀環かせを付けられるのは奴隷と同じだよ」

 能力者の力は相当な訓練を積まないと暴走を起こすという。
 能力者が銀環をするのは国が課した義務だ。バスクはそれを嫌がるが、京子は仕方のない事だと思っている。

「銀環をするのは、自分や誰かを守る為だよ? 今のこの状況がおかしいかなんて私にも良く分からないけど、この力で誰かを救うことができるなら私は全力で守りたいと思う。だから私はここに居る事を選んだの」
「真面目なのと意地っ張りなのは、昔と変わらないね」
「縛られるのが嫌だからって、アルガスを制圧しようとする彰人くんの方が、私にはおかしいなって思うよ」
「僕だって誰かの命を奪いたいわけじゃないし、ひざまずかせたいなんても思わない。能力者はもっと自由になってもいいんじゃないかって事」

 生まれた時から銀環を付けていないバスクの目には、キーダーが不自由に映るのだろうか。
 ずっと当たり前のように思ってきた自分を『世間知らずだ』と笑われているような気がした。

 ──『力があればアルガスを掌握しょうあくして国を制することだってできるんじゃねぇのか』

 平野もそんなことを言っていた。力で国を牛耳りたいと思うなら、実行するのは簡単なことなのかもしれない。

「私はここを離れないよ。どんな選択肢を示されても、私は死ぬまでキーダーでいることを選ぶと思う」
「なんなら僕の所に来てくれても良かったんだけど。それは嫌かな?」

 彰人の誘いにあらがうように、京子は趙馬刀を構えた。刃はまだ出さない。

「私の好きだった彰人くんは、ここを襲うような彰人くんじゃないんだよ。だから、そっちには行けない。全力で行くよ?」
「それは残念。すっかりキーダーなんだね」

 十五歳で自分が決めたのは、キーダーとしてここに居る事だ。
 彰人と戦う時が来るなんて考えたこともなかった。

 ──『戦いたくないなら、今からでもトールになればいい』

 彼の穏やかな笑顔に飲み込まれるつもりはない。背後でガラリと崩れた壁が地面に落ちる音がした時、京子の迷いはすっかり消えていた。

 ──『躊躇ちゅうちょして殺られるなんてことないようにして下さいね?』

「大丈夫だよ、綾斗」

 京子はそっと呟いて、趙馬刀に刃を光らせた。


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