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Episode1 京子
38 癖のある男
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法廷もとい報告室前。
一時間に及ぶ質問攻めからようやく解放された京子は、よろよろと廊下のソファに崩れた。
「今日は三人とも機嫌が良かったですね」
先に報告を終えた綾斗が京子を迎えると、中にいた上官三人組も姿を現す。彼等は綾斗の敬礼に「お疲れ」と手を上げ、満足気な顔で去っていった。
「まさかのキーダー確保だからね。年齢は置いといても、訓練が明ければ東北支部にキーダーが入るってだけでアルガス全体がお祭り騒ぎだよ」
「東北はずっと空席でしたからね」
「まぁ嬉しいのは分かるけどさ。三人ともテンション上がりすぎて、眉毛なんて「熱出したんだって?」って言って労ってきたんだよ?」
眉毛・髭・眼鏡と京子に呼び分けされている三人のうち、一番面倒なのが眉毛だ。
主張の強い太眉を貼りつけた彼は毎回京子を苛立たせるが、今日に限ってはすこぶる御機嫌で始終笑顔を振り撒いていた。
「それだけ京子さんが頑張ったってことですよ」
「綾斗にもいっぱい迷惑かけちゃったけどね」
「俺は構いませんけど。それより」
ソファに沈む京子の横に腰を下ろし、綾斗はもの言いたげにその顔を覗き込んだ。
「泣いてたんですか? 顔が酷いことになってますよ」
「えぇ……朝ちゃんと顔洗ってきたんだけどな」
「だったら余計にです。ちょっと泣いてたって顔じゃないですよ」
「えぇ」と京子は腫れぼったい瞼を両手で押さえた。掌の熱がヒリと染みる。
「あれから桃也さんには会えたんですか?」
「うん。マンションに戻ったら調度帰って来たんだけど、それから色々あって出て行っちゃったの」
「出て行ったって、桃也さんがですか?」
力なく頷いた京子に、綾斗は眉をひそめた。
「俺、セナさんと二人でマサさんから桃也さんの話聞いたんです。多分、全部……」
「そっか。びっくりしたよね?」
「一人で泣くくらいなら、俺のトコ来てくれて構わないんですよ? こんな時はお酒飲んだって文句なんて言いませんし、愚痴でも何でも聞きます」
「ありがとう、綾斗。私、どうしたらいいんだろう」
桃也と暮らし始めて、罪悪感が抜けることはなかった。ついこの間、それを綾斗に話したばかりだ。
綾斗はその気持ちを受け止めるように頷く。
「桃也のこと好きなのに、現実は私が思ってたよりずっと複雑で。自分が今何をしていいのか分からなくなっちゃった」
『大晦日の白雪』があったあの日、キーダーとして何もできなかった自分への罪悪感を払拭するために、京子はずっと犯人を捜していた。謎が全部解ければ、もっと素直な気持ちで桃也に向かい合えると思っていたのだ。
それなのに、あの事件を起こしたバスクは桃也自身だという。
「話がしたいのに、どこ行っちゃったのかな。数日で帰るってメモは置いてあったけど」
「数日なんてすぐですよ。だったら今は桃也さんを信じて待ってればいいと思います」
「そう思う?」
「はい」
心配顔で返事する綾斗の声に、遠くからやってくる足音が重なる。
騒々しく近付いた気配に顔を見合わせると、柄の長いさすまたを肩に担いだ白衣姿の男が視界に飛び込んできた。
「久志さん!」
その意外な人物へ先に声を掛けたのは綾斗だ。
「綾斗ぉ! やっと会えたね、嬉しいよ」
立ち上がった綾斗に勢いよく抱き着いた空閑久志は、個性的なおかっぱの髪を左右に一回ずつサラリと振って、とびきりの笑顔を広げた。
恋人同士の再会かと思わせるような彼の抱擁に、綾斗は嫌がる素振りも喜ぶ様子も見せず、されるがままの状態だ。
「京子ちゃんも、お久しぶり」
取って付けたような挨拶に、京子は「お久しぶりです」と二人をじっとり観察する。
「そういう関係だったんですか?」
「そういうって、京子ちゃんどんなの想像してるんだよ」
久志は人懐っこい猫目を光らせて、名残惜しそうに綾斗を離れる。
京子はこっそりと薔薇色のロマンスを頭に描き、「何でもないです」と目を逸らした。
一時間に及ぶ質問攻めからようやく解放された京子は、よろよろと廊下のソファに崩れた。
「今日は三人とも機嫌が良かったですね」
先に報告を終えた綾斗が京子を迎えると、中にいた上官三人組も姿を現す。彼等は綾斗の敬礼に「お疲れ」と手を上げ、満足気な顔で去っていった。
「まさかのキーダー確保だからね。年齢は置いといても、訓練が明ければ東北支部にキーダーが入るってだけでアルガス全体がお祭り騒ぎだよ」
「東北はずっと空席でしたからね」
「まぁ嬉しいのは分かるけどさ。三人ともテンション上がりすぎて、眉毛なんて「熱出したんだって?」って言って労ってきたんだよ?」
眉毛・髭・眼鏡と京子に呼び分けされている三人のうち、一番面倒なのが眉毛だ。
主張の強い太眉を貼りつけた彼は毎回京子を苛立たせるが、今日に限ってはすこぶる御機嫌で始終笑顔を振り撒いていた。
「それだけ京子さんが頑張ったってことですよ」
「綾斗にもいっぱい迷惑かけちゃったけどね」
「俺は構いませんけど。それより」
ソファに沈む京子の横に腰を下ろし、綾斗はもの言いたげにその顔を覗き込んだ。
「泣いてたんですか? 顔が酷いことになってますよ」
「えぇ……朝ちゃんと顔洗ってきたんだけどな」
「だったら余計にです。ちょっと泣いてたって顔じゃないですよ」
「えぇ」と京子は腫れぼったい瞼を両手で押さえた。掌の熱がヒリと染みる。
「あれから桃也さんには会えたんですか?」
「うん。マンションに戻ったら調度帰って来たんだけど、それから色々あって出て行っちゃったの」
「出て行ったって、桃也さんがですか?」
力なく頷いた京子に、綾斗は眉をひそめた。
「俺、セナさんと二人でマサさんから桃也さんの話聞いたんです。多分、全部……」
「そっか。びっくりしたよね?」
「一人で泣くくらいなら、俺のトコ来てくれて構わないんですよ? こんな時はお酒飲んだって文句なんて言いませんし、愚痴でも何でも聞きます」
「ありがとう、綾斗。私、どうしたらいいんだろう」
桃也と暮らし始めて、罪悪感が抜けることはなかった。ついこの間、それを綾斗に話したばかりだ。
綾斗はその気持ちを受け止めるように頷く。
「桃也のこと好きなのに、現実は私が思ってたよりずっと複雑で。自分が今何をしていいのか分からなくなっちゃった」
『大晦日の白雪』があったあの日、キーダーとして何もできなかった自分への罪悪感を払拭するために、京子はずっと犯人を捜していた。謎が全部解ければ、もっと素直な気持ちで桃也に向かい合えると思っていたのだ。
それなのに、あの事件を起こしたバスクは桃也自身だという。
「話がしたいのに、どこ行っちゃったのかな。数日で帰るってメモは置いてあったけど」
「数日なんてすぐですよ。だったら今は桃也さんを信じて待ってればいいと思います」
「そう思う?」
「はい」
心配顔で返事する綾斗の声に、遠くからやってくる足音が重なる。
騒々しく近付いた気配に顔を見合わせると、柄の長いさすまたを肩に担いだ白衣姿の男が視界に飛び込んできた。
「久志さん!」
その意外な人物へ先に声を掛けたのは綾斗だ。
「綾斗ぉ! やっと会えたね、嬉しいよ」
立ち上がった綾斗に勢いよく抱き着いた空閑久志は、個性的なおかっぱの髪を左右に一回ずつサラリと振って、とびきりの笑顔を広げた。
恋人同士の再会かと思わせるような彼の抱擁に、綾斗は嫌がる素振りも喜ぶ様子も見せず、されるがままの状態だ。
「京子ちゃんも、お久しぶり」
取って付けたような挨拶に、京子は「お久しぶりです」と二人をじっとり観察する。
「そういう関係だったんですか?」
「そういうって、京子ちゃんどんなの想像してるんだよ」
久志は人懐っこい猫目を光らせて、名残惜しそうに綾斗を離れる。
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