上 下
46 / 622
Episode1 京子

38 癖のある男

しおりを挟む
 法廷もとい報告室前。
 一時間に及ぶ質問攻めからようやく解放された京子は、よろよろと廊下のソファに崩れた。

「今日は三人とも機嫌が良かったですね」

 先に報告を終えた綾斗あやとが京子を迎えると、中にいた上官三人組も姿を現す。彼等は綾斗の敬礼に「お疲れ」と手を上げ、満足気な顔で去っていった。

「まさかのキーダー確保だからね。年齢は置いといても、訓練が明ければ東北支部にキーダーが入るってだけでアルガス全体がお祭り騒ぎだよ」
「東北はずっと空席でしたからね」
「まぁ嬉しいのは分かるけどさ。三人ともテンション上がりすぎて、眉毛なんて「熱出したんだって?」って言ってねぎらってきたんだよ?」

 眉毛・髭・眼鏡と京子に呼び分けされている三人のうち、一番面倒なのが眉毛だ。
 主張の強い太眉を貼りつけた彼は毎回京子を苛立いらだたせるが、今日に限ってはすこぶる御機嫌で始終笑顔を振り撒いていた。

「それだけ京子さんが頑張ったってことですよ」
「綾斗にもいっぱい迷惑かけちゃったけどね」
「俺は構いませんけど。それより」

 ソファに沈む京子の横に腰を下ろし、綾斗はもの言いたげにその顔を覗き込んだ。

「泣いてたんですか? 顔がひどいことになってますよ」
「えぇ……朝ちゃんと顔洗ってきたんだけどな」
「だったら余計にです。ちょっと泣いてたって顔じゃないですよ」

 「えぇ」と京子は腫れぼったいまぶたを両手で押さえた。てのひらの熱がヒリと染みる。

「あれから桃也とうやさんには会えたんですか?」
「うん。マンションに戻ったら調度帰って来たんだけど、それから色々あって出て行っちゃったの」
「出て行ったって、桃也さんがですか?」

 力なくうなずいた京子に、綾斗は眉をひそめた。

「俺、セナさんと二人でマサさんから桃也さんの話聞いたんです。多分、全部……」
「そっか。びっくりしたよね?」
「一人で泣くくらいなら、俺のトコ来てくれて構わないんですよ? こんな時はお酒飲んだって文句なんて言いませんし、愚痴でも何でも聞きます」
「ありがとう、綾斗。私、どうしたらいいんだろう」

 桃也と暮らし始めて、罪悪感が抜けることはなかった。ついこの間、それを綾斗に話したばかりだ。
 綾斗はその気持ちを受け止めるように頷く。

「桃也のこと好きなのに、現実は私が思ってたよりずっと複雑で。自分が今何をしていいのか分からなくなっちゃった」

 『大晦日の白雪』があったあの日、キーダーとして何もできなかった自分への罪悪感を払拭ふっしょくするために、京子はずっと犯人を捜していた。謎が全部解ければ、もっと素直な気持ちで桃也に向かい合えると思っていたのだ。
 それなのに、あの事件を起こしたバスクは桃也自身だという。

「話がしたいのに、どこ行っちゃったのかな。数日で帰るってメモは置いてあったけど」
「数日なんてすぐですよ。だったら今は桃也さんを信じて待ってればいいと思います」
「そう思う?」
「はい」

 心配顔で返事する綾斗の声に、遠くからやってくる足音が重なる。
 騒々しく近付いた気配に顔を見合わせると、の長いさすまたを肩に担いだ白衣姿の男が視界に飛び込んできた。

久志ひさしさん!」

 その意外な人物へ先に声を掛けたのは綾斗だ。

「綾斗ぉ! やっと会えたね、嬉しいよ」

 立ち上がった綾斗に勢いよく抱き着いた空閑くが久志は、個性的なおかっぱの髪を左右に一回ずつサラリと振って、とびきりの笑顔を広げた。
 恋人同士の再会かと思わせるような彼の抱擁に、綾斗は嫌がる素振りも喜ぶ様子も見せず、されるがままの状態だ。

「京子ちゃんも、お久しぶり」

 取って付けたような挨拶に、京子は「お久しぶりです」と二人をじっとり観察する。

「そういう関係だったんですか?」
「そういうって、京子ちゃんどんなの想像してるんだよ」

 久志は人懐っこい猫目を光らせて、名残惜なごりおしそうに綾斗を離れる。
 京子はこっそりと薔薇色のロマンスを頭に描き、「何でもないです」と目をらした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...