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Episode1 京子
23 知らないベッドで目を覚ます
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微睡んだ意識が光を捉えて、今が朝であることに気付く。
フワフワとした布団の温もりが心地良かった。
もう少しだけこのままで居たいと思ったが、何やら様子がおかしいことに気付いたのは、その感触に覚えがなかったからだ。
ここはどこだろう──。
京子は普段より厚めの布団を頭まで被り、暗い中で記憶を辿ろうと試みる。けれど鈍い頭痛が思考を阻んで、仕方なく目を開いた。
知らない部屋だった。
近くに感じた人の気配に飛び起きると、横に並んだもう一つのベッドに誰かが寝ている。
冷や汗を感じたのは、それが桃也でない男子の背中だったからだ。
体格も髪形も違う。まだ夢の中であって欲しいと願うシチュエーションは、ドラマの中だけで十分だ。
昨晩、陽菜と飲んだのは覚えている。
彼女と別れた後はどうしただろう……行きつけのラーメン屋のテレビで見たチョコレートのCMがぼんやりと蘇ったところで、記憶がぶっつりと途絶えた。
「ちょっ……と」
何度瞬いても夢は覚めず、京子は慌ててベッドの中の自分を確認する。
服は着ていた。昨日のままだ。
タイツも履いたままなことに安堵すると、ふと見上げた壁に見慣れた男物のコートが掛けられていることに気付いた。
「なぁんだ、綾斗か」
全身の緊張が解けてホッとした京子だが、彼の心境は対極に位置する。
呼ばれてゆっくりと寝返った裸眼の綾斗は、不機嫌を通り越した怒りの形相で京子を睨むと、ベッドサイドに手を伸ばしメガネをかけて起き上がった。
「なぁんだじゃないですよ。恨みますよ、京子さん」
「えっ……綾斗?」
低い声でボソリと呟く綾斗の剣幕に押されて、京子はベッドの上に正座する。
「ごめんね、私何かしちゃった?」
「何もしてないですよ。がぁがぁ鼾かいて寝てただけです」
「こ、ここはホテルだよね」
ビジネスホテルかシティホテルだろうか。ベッドが二つあるから、ラブホテルではないだろう。
窓から見える雑居ビルの風景で、おおよその見当はついた。駅前ではあるが、ラーメン屋からは大分離れた位置にある。
「ホテルですよ。夜中に探しまくって、やっと空いてたホテルです」
ベッドから足を下ろし、綾斗は仁王立ちで京子を見下ろした。
「運んでくれたんだよね」
「重たかったですよ。ラーメン屋さんからずっとおんぶして歩いたんで」
「ありがとう……ごめんなさい」
疲労混じりに淡々と話す綾斗に、謝罪と感謝以外の言葉が見つからない。
綾斗も、収まるどころか増していく怒りに声のトーンが上がっていった。
「俺じゃなかったら、確実に食われてますよ? 京子さんは俺の教育係なんですからね?」
綾斗は部屋の隅に置かれた冷蔵庫を開き、牛乳を二本取り出した。
「とりあえず、下のコンビニで買って来たんで、これ全部飲んで下さい」
五百ミリリットルのパックにストローを刺したものを渡され、京子は口に手を当てた。
あまり自覚はないが、ラーメンのニンニク効果は大きかったようで、綾斗ももう一本を開けると直接口をつけて一気に飲み干した。
「お昼は牛タンで。大盛りでお願いします」
立場逆転である。
☆
ホテルでシャワーを浴び、早々にチェックアウトする。
タクシーで実家へ戻るが、忠雄はまだ帰っていなかった。制服に着替えて家を出ると、鉢合わせした隣のおじさんに「久しぶりだな、仕事頑張れよ」と激励される。
「京子さん、お父さんの事好きなんですね」
駅に向かうタクシーの中で、綾斗がふとそんなことを言った。
「テーブルの上に置いてきた箱、昨日デパートの地下で買ってたやつですよね」
綾斗がトイレに行っている間にこっそり買ったつもりが、見られていたらしい。
紙袋も地元デパートのもので、お土産も何もあったものではないが、中身は忠雄希望の草加煎餅だ。
「まぁ、嫌いにはなれないかな」
名残惜しむように窓の外を見やって、京子は少しだけ昔の話をする。
「私ね、『大晦日の白雪』の時もここに居たの。夜に連絡が来て急いで新幹線に乗ったんだけど、向こうへ着いた時には何もかも終わってた。それがちょっと残ってるんだ」
そう言って胸を押さえる。あの時の事をこんな風に誰かに話すのは初めてかもしれない。
今急に吐き出したい気持ちになれたのは、後輩である彼が黙って聞いてくれるだろうと思ったからだ。
「翌日アルガスで初めて桃也に会ったの。その後も彼は何度か来たことあるみたいだけど、私はずっと避けてたんだ。罪悪感なんて感じることないってみんな言ってくれるけど怖かった。今はもうこんな関係だけど、心の整理はまだできていない気がする」
「この間見た限りじゃ、桃也さんは京子さんをそんな風には思っていないと思いますよ」
「私も、そう思うよ」
心の奥に閊えた不安は、一方通行でしかない。
「だったらそんな顔しないで下さい。すぐにはできないかもしれないけど、ちゃんと犯人を突き止めたら、もっと楽になれるはずですから」
じっと覗き込んできた綾斗の視線から逃れるように、京子は「そうだね」と顎を引いた。
「俺たちがこうしてる間だって、どこで何が起きるかなんて分からないんですよ? 自分のやれることをこなしていく事が大事なんだと思います。キーダーは神じゃないんですからね」
「綾斗……何だか私が後輩みたい」
「そんなことないですよ。俺、京子さんの事頼りにしてますからね?」
「お願いします」と苦笑する彼に、京子は「分かりました」と肩をすくめた。
フワフワとした布団の温もりが心地良かった。
もう少しだけこのままで居たいと思ったが、何やら様子がおかしいことに気付いたのは、その感触に覚えがなかったからだ。
ここはどこだろう──。
京子は普段より厚めの布団を頭まで被り、暗い中で記憶を辿ろうと試みる。けれど鈍い頭痛が思考を阻んで、仕方なく目を開いた。
知らない部屋だった。
近くに感じた人の気配に飛び起きると、横に並んだもう一つのベッドに誰かが寝ている。
冷や汗を感じたのは、それが桃也でない男子の背中だったからだ。
体格も髪形も違う。まだ夢の中であって欲しいと願うシチュエーションは、ドラマの中だけで十分だ。
昨晩、陽菜と飲んだのは覚えている。
彼女と別れた後はどうしただろう……行きつけのラーメン屋のテレビで見たチョコレートのCMがぼんやりと蘇ったところで、記憶がぶっつりと途絶えた。
「ちょっ……と」
何度瞬いても夢は覚めず、京子は慌ててベッドの中の自分を確認する。
服は着ていた。昨日のままだ。
タイツも履いたままなことに安堵すると、ふと見上げた壁に見慣れた男物のコートが掛けられていることに気付いた。
「なぁんだ、綾斗か」
全身の緊張が解けてホッとした京子だが、彼の心境は対極に位置する。
呼ばれてゆっくりと寝返った裸眼の綾斗は、不機嫌を通り越した怒りの形相で京子を睨むと、ベッドサイドに手を伸ばしメガネをかけて起き上がった。
「なぁんだじゃないですよ。恨みますよ、京子さん」
「えっ……綾斗?」
低い声でボソリと呟く綾斗の剣幕に押されて、京子はベッドの上に正座する。
「ごめんね、私何かしちゃった?」
「何もしてないですよ。がぁがぁ鼾かいて寝てただけです」
「こ、ここはホテルだよね」
ビジネスホテルかシティホテルだろうか。ベッドが二つあるから、ラブホテルではないだろう。
窓から見える雑居ビルの風景で、おおよその見当はついた。駅前ではあるが、ラーメン屋からは大分離れた位置にある。
「ホテルですよ。夜中に探しまくって、やっと空いてたホテルです」
ベッドから足を下ろし、綾斗は仁王立ちで京子を見下ろした。
「運んでくれたんだよね」
「重たかったですよ。ラーメン屋さんからずっとおんぶして歩いたんで」
「ありがとう……ごめんなさい」
疲労混じりに淡々と話す綾斗に、謝罪と感謝以外の言葉が見つからない。
綾斗も、収まるどころか増していく怒りに声のトーンが上がっていった。
「俺じゃなかったら、確実に食われてますよ? 京子さんは俺の教育係なんですからね?」
綾斗は部屋の隅に置かれた冷蔵庫を開き、牛乳を二本取り出した。
「とりあえず、下のコンビニで買って来たんで、これ全部飲んで下さい」
五百ミリリットルのパックにストローを刺したものを渡され、京子は口に手を当てた。
あまり自覚はないが、ラーメンのニンニク効果は大きかったようで、綾斗ももう一本を開けると直接口をつけて一気に飲み干した。
「お昼は牛タンで。大盛りでお願いします」
立場逆転である。
☆
ホテルでシャワーを浴び、早々にチェックアウトする。
タクシーで実家へ戻るが、忠雄はまだ帰っていなかった。制服に着替えて家を出ると、鉢合わせした隣のおじさんに「久しぶりだな、仕事頑張れよ」と激励される。
「京子さん、お父さんの事好きなんですね」
駅に向かうタクシーの中で、綾斗がふとそんなことを言った。
「テーブルの上に置いてきた箱、昨日デパートの地下で買ってたやつですよね」
綾斗がトイレに行っている間にこっそり買ったつもりが、見られていたらしい。
紙袋も地元デパートのもので、お土産も何もあったものではないが、中身は忠雄希望の草加煎餅だ。
「まぁ、嫌いにはなれないかな」
名残惜しむように窓の外を見やって、京子は少しだけ昔の話をする。
「私ね、『大晦日の白雪』の時もここに居たの。夜に連絡が来て急いで新幹線に乗ったんだけど、向こうへ着いた時には何もかも終わってた。それがちょっと残ってるんだ」
そう言って胸を押さえる。あの時の事をこんな風に誰かに話すのは初めてかもしれない。
今急に吐き出したい気持ちになれたのは、後輩である彼が黙って聞いてくれるだろうと思ったからだ。
「翌日アルガスで初めて桃也に会ったの。その後も彼は何度か来たことあるみたいだけど、私はずっと避けてたんだ。罪悪感なんて感じることないってみんな言ってくれるけど怖かった。今はもうこんな関係だけど、心の整理はまだできていない気がする」
「この間見た限りじゃ、桃也さんは京子さんをそんな風には思っていないと思いますよ」
「私も、そう思うよ」
心の奥に閊えた不安は、一方通行でしかない。
「だったらそんな顔しないで下さい。すぐにはできないかもしれないけど、ちゃんと犯人を突き止めたら、もっと楽になれるはずですから」
じっと覗き込んできた綾斗の視線から逃れるように、京子は「そうだね」と顎を引いた。
「俺たちがこうしてる間だって、どこで何が起きるかなんて分からないんですよ? 自分のやれることをこなしていく事が大事なんだと思います。キーダーは神じゃないんですからね」
「綾斗……何だか私が後輩みたい」
「そんなことないですよ。俺、京子さんの事頼りにしてますからね?」
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