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Episode1 京子
【ハロウィン特別編】策略的なお礼
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これはアルガスの本部に綾斗が来る少し前の話だ。
朱羽との買い物なんて久しぶりだった。彼女に会う時といえば仕事で事務所に行く時と、ランチや飲みに行く時くらいしかない。
更衣室に入った朱羽を待ちながら京子がスマホをいじっていると、程なくしてカーテンが開く。中に持ち込んだ服を確認していなかったせいで、その衝撃は大きかった。
「ちょっと、そんなの着る気?」
超ミニスカートの黒ビキニに羽を付けただけのような、露出度90パーセントの衣装で現れた彼女に、すぐ側にいたミイラコスプレの男子店員が「凄く似合いますよ!」と満面の笑みで絶賛してくる。
「駄目? 可愛いのにぃ」
朱羽はお尻の部分から伸びた黒い尻尾と羽を掴んで「これがいいと思わない?」と主張するが、京子は「ダメ」とバッサリ否定して彼女の身体にカーテンを巻きつけた。
一度向こうに行ったはずのミイラ店員が、鼻の下を伸ばして何度も振り返って来る。
商品のポップには【人気のサキュバス】と書いてあるが、これで街を歩くのはなかなかのものだと京子は顔を引きつらせた。
「朱羽、男の人苦手なんでしょ? そんなの着てたら商店街の人に襲われるよ?」
「私がそんなヘマするわけないじゃない。けど、京子がそう言うなら別のにするわ」
赤い角の付いたカチューシャをくるくると回しながら朱羽は残念そうに口を尖らせるが、意外にあっさりとその衣装を諦め、再びカーテンを閉めた。
今日はハロウィンの衣装が欲しいという彼女の希望で町に出てきた。
朱羽の事務所がある商店街で月末にハロウィンイベントをやるらしく、それ用にと言う話だ。
ハロウィンに向けたポップアップストアがあるという情報を聞きつけてこの店に来たが、オレンジと黒に統一されたまぁまぁ広い店内にはグッズや仮装の衣装がずらりと並んで、あれこれ目移りしてしまう程だった。
京子は側にあるパイプハンガーの衣装を物色しながら、着替え中の朱羽に声を掛ける。
「だいたい、子供たちにお菓子配る時の衣装だって言ってたよね? サキュバスなんて下着みたいの着てたら、親に訴えられるよ?」
「大袈裟よ。水着と同じでしょ?」
「そんなことないから。夏じゃないし、着ぐるみとかの方が良くない?」
「そんなのいつだって着れるじゃない。たまのイベントなんだから楽しまなきゃ。京子も彼がいるんだから、着てあげればいいのよ」
「何でそんな話になるの? 桃也はそういう感じじゃないよ」
考えただけで動揺してしまう。桃也の前であんな服を着るなんて想像もできない。
「そういう感じって、どういう感じよ。男の人は誰だって好きな女子のそういう格好見たいと思うけど?」
「私の事はもういいから。それより、商店街のイベントだなんてよく参加する気になったね。地区の会合とか嫌いだって言ってなかったっけ?」
必死になって話題を逸らす京子。
「だって、丸熊さんが是非にって言うんですもの」
丸熊は、朱羽が贔屓にしている商店街のお茶屋さんだ。
彼女に連れられて一度店に行ったことはあるが、その時に接客してくれた主人は店名通りに丸々と太った熊のような男だった。
「まさかあの人に乗り換えるつもり?」
「誰のこと言ってるのよ。丸熊さんは、ちゃんと奥さんがいるわよ? ただ、たっぷりサービスして貰ったから断り辛かったの」
「そういう事か。けど、それって朱羽のこと気に入ってくれてるってことでしょ? 美人てやっぱり羨ましいな」
「京子は彼がいるんだから、そういうこと言わないの」
「アンタは拗らせてるだけだからね?」
カーテン越しに嫌味を言うと、朱羽は「いいの」と返事して次の衣装で現れた。
「あっ、それならいいんじゃない? 布も多いし」
まともだと思って、京子はホッと胸に手を当てた。さっきのサキュバスと比べてだいぶ露出度が低い。
ロリータ服のような黒でフリフリのワンピースに、黒い羽と三角帽子が付いている。
さっきのミイラ店員がまたもやこっちを見ているが、何を着てもそうなるのかと溜息をついて、京子は朱羽に少しだけジェラシーをにじませた。
「本当にこれでいいと思う? 隠し過ぎじゃない? スカートも膝まであるし」
「露出したいの?」
「そういう訳じゃないけど」
「だったらそれでいいよ。十分可愛いよ?」
「分かった。だったらそうする」
半ば強引に決めさせると、朱羽は私服に戻ってそのままレジへ向かった。
カボチャ型のベンチで待つ京子の所に、彼女は何故か大小二つの袋を抱えて現れる。
「これは京子に」
朱羽は唐突に小さいほうの袋を「はい」と京子に突き出した。
「何これ」
やたら軽い袋に、嫌な予感がした。
「さっきのサキュバスよ。今日付き合ってくれたお礼にと思って」
「えっ、いらないって」
掴んだ袋の中を覗いて慌てて朱羽に突き返すが、彼女はそれを受け取らなかった。
「遠慮しなくていいわ。彼喜ぶわよ?」
「喜ぶ、って……こんな際どいの着れないよ。向こうだって引くと思う」
本気でこれを彼の前で着ろというのか。
さっきあっさりとサキュバスを諦めたのは、もしや最初から仕組んでいた彼女の策略だったのか。
15歳からマサに片思い中の朱羽がそんなコスプレラブラブライフを送っている訳がないことを、京子は百も承知している。それにさっき彼女がサキュバスになった姿が目に焼き付いて、同じものを着ようなんて自虐的に思えてしまう。
「やっぱ無理。だったらそっちの魔女にしてよ」
「これは私にって京子が選んでくれたんでしょ? だからそれは京子が着て。折角彼と一緒に住んでるんだし楽しみなさいよ。そろそろ年末だし、暗くなってるんじゃない? 桃也くんが嫌だって言ったら、私が部屋で一人で着るから」
「それって桃也に聞けってこと? ハードル高すぎるよ。私があんなの着て桃也が喜ぶと思う?」
どうやら心配されているらしい。
確かにそれで桃也が喜んでくれたら嬉しいとは思うけれど、一歩間違えば変態のレッテルを貼られてしまいそうな気がして、足踏みしてしまう。
けれど、朱羽は「思うわよ」とはっきり返事をくれた。
「京子は自分を過小評価しすぎなのよ」
「……じゃあ、嫌だって言ったら送り返すから」
全然納得できていないが、これ以上言っても無理な気がして京子は諦めモードで帰宅した。
☆
「ねぇ桃也?」
夕飯の支度をする彼に、京子は何気なく切り出す。炒め物を始めた彼が聞き流してくれればいいと思う。
「どうした?」
フライパンの上で肉の焼ける音が、彼の声をかき消す。
これはチャンスだと思って、京子は口籠り気味に会話を続けた。
「今日朱羽のハロウィン衣装を買いに行ったって言ったでしょ?」
「あぁ、商店街のイベントで着るやつだっけ」
「そう。それでね、お礼にって私の分も貰っちゃったんだけど……」
「へぇどんなやつ? 着ぐるみみたいのか? それとも血だらけのとか?」
炒める音は大きくなっているのに、ちゃんと返事が返って来る。
「ううん、そういうのだったら良かったんだけど……外で着れないようなやつなんだよ」
「はぁ?」
「だから、サキュバスっていうの? いや、けど無理矢理渡されたものだし、そんなに急に着ろって言われてもね。桃也は興味ないでしょ? 私もあれはちょっと布少なすぎると思うし、恥ずかしいから返しとくよ」
返事を聞くのが怖くなって、京子は早口になりながら一気に言葉を繋げた。
「おい、落ち着けよ」
ずっと背を向けていた桃也がフライパンから手を放し、パチリと火を止める。
喜ばれるのか、拒絶されるのか──。
「桃也……?」
「一人で話を完結させるなって言ってんだよ。着てほしくないなんて言ってないだろ?」
背中越しのセリフに耳を疑って、「えっ?」と聞き返す。
「返さなくていいからな」
照れ臭そうに言った彼の返事に、京子は素直に嬉しいと思った。
朱羽との買い物なんて久しぶりだった。彼女に会う時といえば仕事で事務所に行く時と、ランチや飲みに行く時くらいしかない。
更衣室に入った朱羽を待ちながら京子がスマホをいじっていると、程なくしてカーテンが開く。中に持ち込んだ服を確認していなかったせいで、その衝撃は大きかった。
「ちょっと、そんなの着る気?」
超ミニスカートの黒ビキニに羽を付けただけのような、露出度90パーセントの衣装で現れた彼女に、すぐ側にいたミイラコスプレの男子店員が「凄く似合いますよ!」と満面の笑みで絶賛してくる。
「駄目? 可愛いのにぃ」
朱羽はお尻の部分から伸びた黒い尻尾と羽を掴んで「これがいいと思わない?」と主張するが、京子は「ダメ」とバッサリ否定して彼女の身体にカーテンを巻きつけた。
一度向こうに行ったはずのミイラ店員が、鼻の下を伸ばして何度も振り返って来る。
商品のポップには【人気のサキュバス】と書いてあるが、これで街を歩くのはなかなかのものだと京子は顔を引きつらせた。
「朱羽、男の人苦手なんでしょ? そんなの着てたら商店街の人に襲われるよ?」
「私がそんなヘマするわけないじゃない。けど、京子がそう言うなら別のにするわ」
赤い角の付いたカチューシャをくるくると回しながら朱羽は残念そうに口を尖らせるが、意外にあっさりとその衣装を諦め、再びカーテンを閉めた。
今日はハロウィンの衣装が欲しいという彼女の希望で町に出てきた。
朱羽の事務所がある商店街で月末にハロウィンイベントをやるらしく、それ用にと言う話だ。
ハロウィンに向けたポップアップストアがあるという情報を聞きつけてこの店に来たが、オレンジと黒に統一されたまぁまぁ広い店内にはグッズや仮装の衣装がずらりと並んで、あれこれ目移りしてしまう程だった。
京子は側にあるパイプハンガーの衣装を物色しながら、着替え中の朱羽に声を掛ける。
「だいたい、子供たちにお菓子配る時の衣装だって言ってたよね? サキュバスなんて下着みたいの着てたら、親に訴えられるよ?」
「大袈裟よ。水着と同じでしょ?」
「そんなことないから。夏じゃないし、着ぐるみとかの方が良くない?」
「そんなのいつだって着れるじゃない。たまのイベントなんだから楽しまなきゃ。京子も彼がいるんだから、着てあげればいいのよ」
「何でそんな話になるの? 桃也はそういう感じじゃないよ」
考えただけで動揺してしまう。桃也の前であんな服を着るなんて想像もできない。
「そういう感じって、どういう感じよ。男の人は誰だって好きな女子のそういう格好見たいと思うけど?」
「私の事はもういいから。それより、商店街のイベントだなんてよく参加する気になったね。地区の会合とか嫌いだって言ってなかったっけ?」
必死になって話題を逸らす京子。
「だって、丸熊さんが是非にって言うんですもの」
丸熊は、朱羽が贔屓にしている商店街のお茶屋さんだ。
彼女に連れられて一度店に行ったことはあるが、その時に接客してくれた主人は店名通りに丸々と太った熊のような男だった。
「まさかあの人に乗り換えるつもり?」
「誰のこと言ってるのよ。丸熊さんは、ちゃんと奥さんがいるわよ? ただ、たっぷりサービスして貰ったから断り辛かったの」
「そういう事か。けど、それって朱羽のこと気に入ってくれてるってことでしょ? 美人てやっぱり羨ましいな」
「京子は彼がいるんだから、そういうこと言わないの」
「アンタは拗らせてるだけだからね?」
カーテン越しに嫌味を言うと、朱羽は「いいの」と返事して次の衣装で現れた。
「あっ、それならいいんじゃない? 布も多いし」
まともだと思って、京子はホッと胸に手を当てた。さっきのサキュバスと比べてだいぶ露出度が低い。
ロリータ服のような黒でフリフリのワンピースに、黒い羽と三角帽子が付いている。
さっきのミイラ店員がまたもやこっちを見ているが、何を着てもそうなるのかと溜息をついて、京子は朱羽に少しだけジェラシーをにじませた。
「本当にこれでいいと思う? 隠し過ぎじゃない? スカートも膝まであるし」
「露出したいの?」
「そういう訳じゃないけど」
「だったらそれでいいよ。十分可愛いよ?」
「分かった。だったらそうする」
半ば強引に決めさせると、朱羽は私服に戻ってそのままレジへ向かった。
カボチャ型のベンチで待つ京子の所に、彼女は何故か大小二つの袋を抱えて現れる。
「これは京子に」
朱羽は唐突に小さいほうの袋を「はい」と京子に突き出した。
「何これ」
やたら軽い袋に、嫌な予感がした。
「さっきのサキュバスよ。今日付き合ってくれたお礼にと思って」
「えっ、いらないって」
掴んだ袋の中を覗いて慌てて朱羽に突き返すが、彼女はそれを受け取らなかった。
「遠慮しなくていいわ。彼喜ぶわよ?」
「喜ぶ、って……こんな際どいの着れないよ。向こうだって引くと思う」
本気でこれを彼の前で着ろというのか。
さっきあっさりとサキュバスを諦めたのは、もしや最初から仕組んでいた彼女の策略だったのか。
15歳からマサに片思い中の朱羽がそんなコスプレラブラブライフを送っている訳がないことを、京子は百も承知している。それにさっき彼女がサキュバスになった姿が目に焼き付いて、同じものを着ようなんて自虐的に思えてしまう。
「やっぱ無理。だったらそっちの魔女にしてよ」
「これは私にって京子が選んでくれたんでしょ? だからそれは京子が着て。折角彼と一緒に住んでるんだし楽しみなさいよ。そろそろ年末だし、暗くなってるんじゃない? 桃也くんが嫌だって言ったら、私が部屋で一人で着るから」
「それって桃也に聞けってこと? ハードル高すぎるよ。私があんなの着て桃也が喜ぶと思う?」
どうやら心配されているらしい。
確かにそれで桃也が喜んでくれたら嬉しいとは思うけれど、一歩間違えば変態のレッテルを貼られてしまいそうな気がして、足踏みしてしまう。
けれど、朱羽は「思うわよ」とはっきり返事をくれた。
「京子は自分を過小評価しすぎなのよ」
「……じゃあ、嫌だって言ったら送り返すから」
全然納得できていないが、これ以上言っても無理な気がして京子は諦めモードで帰宅した。
☆
「ねぇ桃也?」
夕飯の支度をする彼に、京子は何気なく切り出す。炒め物を始めた彼が聞き流してくれればいいと思う。
「どうした?」
フライパンの上で肉の焼ける音が、彼の声をかき消す。
これはチャンスだと思って、京子は口籠り気味に会話を続けた。
「今日朱羽のハロウィン衣装を買いに行ったって言ったでしょ?」
「あぁ、商店街のイベントで着るやつだっけ」
「そう。それでね、お礼にって私の分も貰っちゃったんだけど……」
「へぇどんなやつ? 着ぐるみみたいのか? それとも血だらけのとか?」
炒める音は大きくなっているのに、ちゃんと返事が返って来る。
「ううん、そういうのだったら良かったんだけど……外で着れないようなやつなんだよ」
「はぁ?」
「だから、サキュバスっていうの? いや、けど無理矢理渡されたものだし、そんなに急に着ろって言われてもね。桃也は興味ないでしょ? 私もあれはちょっと布少なすぎると思うし、恥ずかしいから返しとくよ」
返事を聞くのが怖くなって、京子は早口になりながら一気に言葉を繋げた。
「おい、落ち着けよ」
ずっと背を向けていた桃也がフライパンから手を放し、パチリと火を止める。
喜ばれるのか、拒絶されるのか──。
「桃也……?」
「一人で話を完結させるなって言ってんだよ。着てほしくないなんて言ってないだろ?」
背中越しのセリフに耳を疑って、「えっ?」と聞き返す。
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