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Episode1 京子
20 ちょっと飲みすぎているような気がする
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『後で後悔するかも』
そんな二人のやりとりも耳に入らない様子で、京子は大ジョッキに入った一杯目のレモンサワーをあっという間に飲み干した。空のジョッキをテーブルに置いた音が、ドンと響く。
「京子さん、一気飲みなんかして平気なんですか?」
「平気平気。いつも通りだから気にしないで」
京子は呑気な笑顔で返事して、通りかかった店員に「同じものを」とジョッキを預けた。
綾斗は一抹の不安を覚えるが、京子の勢いは加速していく。
「そうそう陽菜、私この間、彰人くんに会ったんだよ!」
「連絡できたの? まだ電話番号教えてなかったよね?」
驚く陽菜を前に、京子はお通しのいかにんじんを食べながら、ふるふると首を振った。
「連絡なんてしてないよ。陽菜と電話した後に、偶然……凄いと思わない?」
「そりゃ凄いけど。そんなことあるの? 東京でしょ?」
「私もまさかとは思ったんだよ。たまたま行った場所だったし……」
追加で来たレモンサワーも半分をグイグイと流し込み、京子はぽっと赤く頬を染めて声を弾ませる。
「それで、アイツ何か言ってた?」
言われて京子は首を捻る。そう言えば何を話しただろうか。
動揺していて会話など殆ど覚えていない。
興味深げな綾斗の視線を気にしつつ記憶を辿って話をすると、陽菜が思い切り顔を歪めた。
「泣いた、って。それは京子が酷いよ」
「泣きたくて泣いたわけじゃないもん。突然だったし、何話していいかわかんなくて……」
「まぁ突然来られちゃ驚くのは分かるけどさ。彼氏さんと鉢合わせなんて災難だったね」
「災難ってのとは違うんだけど」
「それだけアイツの事が好きだったってことじゃない?」
「過去の話だからね?」
『過去』を強調する京子に「うんうん」と相槌を打って、陽菜は鶏皮の串を差し出した。
「これ食べて元気になって。彼氏さんと仲良くするんだよ?」
「してるもん」
京子はスネた顔で串を受け取ると、再びジョッキを空にした。
陽菜はサラダを運んできた定員に三人分の飲み物を頼んで、グラスに残っていたビールを飲み干す。
「私は彰人とアンタがくっついたらいいと思ってたんだけどな」
「昔の事だけど」と微笑む陽菜。
「そういえばこの間彰人のパパに会ったけど、京子のこと気にしてたよ?」
「彰人くんのお父さん?」
「そう。たまたま家の前でね。相変わらずのダンディっぷりで「京子ちゃんは元気?」って」
「私、会ったことあるかな?」
彰人の父親はどんな人だっただろうか。彼の母親の顔は浮かんでくるが、父親に関してはそのダンディなイメージすら出てこない。
京子は腕を組み、大袈裟に首を傾けた。酔いのせいか仕草がどんどん大きくなっていく。
「京子は地元じゃちょっと有名人だし、私と仲良い事知ってて聞いてきたのかもしれないね」
「顔が出てこないもんなぁ」
「父親なんてのは、学校行事とかもあんまり関係ないしね。結構似てると思うけど、私は彰人よりパパの方が好みだな」
帰省の連絡をした時、『おじさんは連れて来るな』と言った口が、そんなことを言っている。
テンションの上がる女子二人に圧倒されながら静かに枝豆をつまんでいた綾斗が、小さな瞳をぱちくりと開いて、感心するように大きく頷いた。
「京子さんにもそんな人がいるんですね」
「だから昔の事だって。今は桃也がいるもん」
京子は目を潤ませ、目の前の馬刺しを掻き込んだ。陽菜が「もったいない」と止めるが、既に半分が京子の胃の中へ入ってしまっている。
一人テンションの高い京子を置いて、陽菜は綾斗にメニューを勧めた。綾斗は物珍しそうに目を通し、軟骨の唐揚げと鮭のおにぎりを頼む。
「京子はね、何年も片思いしたまま上京しちゃったの。中三のバレンタインにチョコ渡したんだけど、返事は貰えなくて。曖昧に終わらせた恋愛は、後引くんだよねぇ」
「引いてるんですか?」
「引いてないってば! 陽菜もそんなことまで勝手に教えないでくれる?」
「その相手の人は京子さんのことどう思っていたんですかね」
興味津々な綾斗の質問に、京子はごくりと息を呑んだ。
――「最後なんだから」
陽菜に囃されて前日に買ったチョコレートを通学途中の彼に渡し、猛ダッシュで逃げてきた。
ホワイトデーを待たずに地元を離れたせいか、それとも彼の答えなのか、何もないまま六年が過ぎている。
今更返事を聞く気にもなれないけれど、陽菜は「それがね」と苦笑する。
「私アイツに聞いてみた事あるんだけど、はぐらかされちゃったの」
「へぇ。ってことは、嫌いでもなかったってことですか」
「どうなんだろう。アイツちょっと変わってるんだよ。イケメンだし、勉強もスポーツもトップクラスだったから、好きだった女子は京子だけじゃないんだよ。それなのに、いまだに誰か特定の人と付き合ったって話は聞いたことないんだよなぁ」
「それって京子さんに未練感じてるんじゃ」
「だったりしてね」
「変な話で盛り上がらないで!」
京子は吠えるように綾斗を睨んだ。空にしたジョッキの数はもう分からなくなっているが、いつの間にか注文した日本酒の二合徳利が既に軽くなっている。
「京子さん、そろそろヤバイんじゃないですか?」
「あはは」と陽気に笑ってお猪口をすする京子を警戒し、綾斗は陽菜に目で助けを求めるが、彼女もまたコロコロと笑うばかりだ。
すると突然京子が「あっ」と声を上げ、足元に置いていた二つの紙袋のうち、黄色い方を「お土産だよぉ」と陽菜に渡した。
「ありがとう。東京ばな奈だ。美味しいよね、これ」
忠雄から奪い返したものだ。
何も知らずに喜ぶ陽菜を横目に、綾斗は一人素面で鮭のおにぎりにかぶりついた。
そんな二人のやりとりも耳に入らない様子で、京子は大ジョッキに入った一杯目のレモンサワーをあっという間に飲み干した。空のジョッキをテーブルに置いた音が、ドンと響く。
「京子さん、一気飲みなんかして平気なんですか?」
「平気平気。いつも通りだから気にしないで」
京子は呑気な笑顔で返事して、通りかかった店員に「同じものを」とジョッキを預けた。
綾斗は一抹の不安を覚えるが、京子の勢いは加速していく。
「そうそう陽菜、私この間、彰人くんに会ったんだよ!」
「連絡できたの? まだ電話番号教えてなかったよね?」
驚く陽菜を前に、京子はお通しのいかにんじんを食べながら、ふるふると首を振った。
「連絡なんてしてないよ。陽菜と電話した後に、偶然……凄いと思わない?」
「そりゃ凄いけど。そんなことあるの? 東京でしょ?」
「私もまさかとは思ったんだよ。たまたま行った場所だったし……」
追加で来たレモンサワーも半分をグイグイと流し込み、京子はぽっと赤く頬を染めて声を弾ませる。
「それで、アイツ何か言ってた?」
言われて京子は首を捻る。そう言えば何を話しただろうか。
動揺していて会話など殆ど覚えていない。
興味深げな綾斗の視線を気にしつつ記憶を辿って話をすると、陽菜が思い切り顔を歪めた。
「泣いた、って。それは京子が酷いよ」
「泣きたくて泣いたわけじゃないもん。突然だったし、何話していいかわかんなくて……」
「まぁ突然来られちゃ驚くのは分かるけどさ。彼氏さんと鉢合わせなんて災難だったね」
「災難ってのとは違うんだけど」
「それだけアイツの事が好きだったってことじゃない?」
「過去の話だからね?」
『過去』を強調する京子に「うんうん」と相槌を打って、陽菜は鶏皮の串を差し出した。
「これ食べて元気になって。彼氏さんと仲良くするんだよ?」
「してるもん」
京子はスネた顔で串を受け取ると、再びジョッキを空にした。
陽菜はサラダを運んできた定員に三人分の飲み物を頼んで、グラスに残っていたビールを飲み干す。
「私は彰人とアンタがくっついたらいいと思ってたんだけどな」
「昔の事だけど」と微笑む陽菜。
「そういえばこの間彰人のパパに会ったけど、京子のこと気にしてたよ?」
「彰人くんのお父さん?」
「そう。たまたま家の前でね。相変わらずのダンディっぷりで「京子ちゃんは元気?」って」
「私、会ったことあるかな?」
彰人の父親はどんな人だっただろうか。彼の母親の顔は浮かんでくるが、父親に関してはそのダンディなイメージすら出てこない。
京子は腕を組み、大袈裟に首を傾けた。酔いのせいか仕草がどんどん大きくなっていく。
「京子は地元じゃちょっと有名人だし、私と仲良い事知ってて聞いてきたのかもしれないね」
「顔が出てこないもんなぁ」
「父親なんてのは、学校行事とかもあんまり関係ないしね。結構似てると思うけど、私は彰人よりパパの方が好みだな」
帰省の連絡をした時、『おじさんは連れて来るな』と言った口が、そんなことを言っている。
テンションの上がる女子二人に圧倒されながら静かに枝豆をつまんでいた綾斗が、小さな瞳をぱちくりと開いて、感心するように大きく頷いた。
「京子さんにもそんな人がいるんですね」
「だから昔の事だって。今は桃也がいるもん」
京子は目を潤ませ、目の前の馬刺しを掻き込んだ。陽菜が「もったいない」と止めるが、既に半分が京子の胃の中へ入ってしまっている。
一人テンションの高い京子を置いて、陽菜は綾斗にメニューを勧めた。綾斗は物珍しそうに目を通し、軟骨の唐揚げと鮭のおにぎりを頼む。
「京子はね、何年も片思いしたまま上京しちゃったの。中三のバレンタインにチョコ渡したんだけど、返事は貰えなくて。曖昧に終わらせた恋愛は、後引くんだよねぇ」
「引いてるんですか?」
「引いてないってば! 陽菜もそんなことまで勝手に教えないでくれる?」
「その相手の人は京子さんのことどう思っていたんですかね」
興味津々な綾斗の質問に、京子はごくりと息を呑んだ。
――「最後なんだから」
陽菜に囃されて前日に買ったチョコレートを通学途中の彼に渡し、猛ダッシュで逃げてきた。
ホワイトデーを待たずに地元を離れたせいか、それとも彼の答えなのか、何もないまま六年が過ぎている。
今更返事を聞く気にもなれないけれど、陽菜は「それがね」と苦笑する。
「私アイツに聞いてみた事あるんだけど、はぐらかされちゃったの」
「へぇ。ってことは、嫌いでもなかったってことですか」
「どうなんだろう。アイツちょっと変わってるんだよ。イケメンだし、勉強もスポーツもトップクラスだったから、好きだった女子は京子だけじゃないんだよ。それなのに、いまだに誰か特定の人と付き合ったって話は聞いたことないんだよなぁ」
「それって京子さんに未練感じてるんじゃ」
「だったりしてね」
「変な話で盛り上がらないで!」
京子は吠えるように綾斗を睨んだ。空にしたジョッキの数はもう分からなくなっているが、いつの間にか注文した日本酒の二合徳利が既に軽くなっている。
「京子さん、そろそろヤバイんじゃないですか?」
「あはは」と陽気に笑ってお猪口をすする京子を警戒し、綾斗は陽菜に目で助けを求めるが、彼女もまたコロコロと笑うばかりだ。
すると突然京子が「あっ」と声を上げ、足元に置いていた二つの紙袋のうち、黄色い方を「お土産だよぉ」と陽菜に渡した。
「ありがとう。東京ばな奈だ。美味しいよね、これ」
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