上 下
18 / 618
Episode1 京子

17 聞けなかった言葉

しおりを挟む
 普段より少し遅めの朝食をとり、玄関でもう一度キャリーバッグを開く。
 昨日遅くまでバタバタと支度した荷物は、制服と私服に外套がいとうまで加わって、やたら重くなってしまった。

「冬の出張はこれだから苦手。いきなりで送ることもできなかったし」
「しょうがねぇよ。ずっと制服でいるわけにもいかないんだろうし、割り切るしかないだろ? それより切符とスマホと充電器、あと財布もちゃんと入ってるか? 仕事の資料もだぞ?」
 
 桃也とうやは修学旅行に送り出す母親よろしく、入念にチェックする。以前切符を忘れて大騒ぎしたことがあり、彼の心配のたねとなっていた。

「うん。切符は入ってるし、他もちゃんと見たよ」

 ファスナーを閉めたキャリーバッグを立ち上げ、京子は玄関脇の立ち鏡で私服のコートを整えた。

「無事に帰って来いよ」
「もちろんだよ。桃也も風邪ひかないようにね。一週間で帰ってくるから」

 そう意気込むと、京子は桃也の顔を引き寄せるように彼の首へ手を回した。名残惜なごりおしくぎゅっと力を込めると、桃也が「待ってるからな」と頭をで、軽く唇にキスをする。

「ちょっと寂しいね」
「一週間なんてすぐだろ」
「何もない一週間は早いんだけどな。全部片付けるまで終わらないと思うと、帰れる日が凄く遠い気がする」

 昨日マサに追加でもらった資料が、キャリーバッグの底で重い音を立てた。
 簡単に終わるような出張でないことは、重々承知だ。

「けど、早く終わればその分早く帰ってこれるから。全力で仕事してくるね」
「あぁ。とりあえず飲み過ぎには気をつけろよ? 後輩と行くんなら、潰れて迷惑かけるなんて事ないようにな? 高校生なんだろ?」
「そんな心配いらないよ。当り前でしょ?」

 早速今晩陽菜ひなと飲みの予定がある。桃也の前で潰れた記憶はないのに、彼は何故醜態しゅうたいを知っているかのように話をするのだろうか。
 ただの注意喚起だと思いたい。
 
 京子は「気を付けるね」と返事して、あせった気持ちを誤魔化すようにもう一度桃也にしがみいた。
 彼の匂いと腕の感触にホッと息をついて、京子はふと先日公園で抱きしめられた時の事を思い出す。

「そういえば桃也、私に何か話があるって言ってたよね」

 話の途中で爆発騒ぎに巻き込まれ、すっかり忘れていた。
 京子にとってその内容があまり嬉しいものでないことは何となく予想している。聞かないまま出張に行ってしまえば良いのかもしれないが、一度気になると落ち着かない。

「あぁ、大したことじゃねぇよ。帰って来たら話す」
「大したことじゃないなら、今話してよ。ずっと考えちゃうよ」

 桃也は言いにくそうに唇を噛んで、「ごめんな」と京子の頭に手を乗せた。

「悪い……やっぱ嘘。大したことだから、帰ってからちゃんと話させて」
「……分かった。じゃ、帰って来たら教えてね」

 気になる気持ちを抑えて、「いってきます」と家を出る。

 不安そうな灰色の空に、京子は大きく深呼吸した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

デリバリー・デイジー

SoftCareer
キャラ文芸
ワケ有りデリヘル嬢デイジーさんの奮闘記。 これを読むと君もデリヘルに行きたくなるかも。いや、行くんじゃなくて呼ぶんだったわ……あっ、本作品はR-15ですが、デリヘル嬢は18歳にならないと呼んじゃだめだからね。 ※もちろん、内容は百%フィクションですよ!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...