スラッシュ/キーダー(能力者)田母神京子の選択

栗栖蛍

文字の大きさ
上 下
14 / 647
Episode1 京子

13 初恋の王子様

しおりを挟む
 朝起きたら、涙が出ていた。
 これで何度目だろう、また夢に彼が出てきた。
 とうの昔に諦めた事なのに、夢の中の彼が何度も笑いかけて来て、忘れ掛けた想いが引き戻される。

 いつも同じシチュエーションは、何かの暗示なのだろうか。
 小学五年の時に行った林間学校──これはまぎれもなく自分の記憶だった。

 オリエンテーションで迷子になって、泣き出してしまった自分を探しに来てくれたのが彼だ。別に友達だった訳でもなく、それまで好きだと思ったこともない。
 ただ頭が良く運動神経も抜群ばつぐんの彼は、クラスの女子に人気があった。性格も温厚で、きっと迷子になったのが別の人でも、彼は同じ様に助けに行っただろう。

『見つけた』

 き分けた草の間に現れた彼のホッとした笑顔に、京子は更に声を上げて泣いてしまう。
 困り顔一つせず「帰ろう」と手を差し伸べてくれた彼。
 きっかけなんて他愛ない。自分はその手に恋をした。

彰人あきひとくんは……』

 繋いだ手の温もりに思わず何かを口にしたが、その言葉を思い出せないまま毎回そこで目が覚める。

 夢に見る記憶は、そんな切り取られたようなワンシーンだ。
 迷子になって彷徨さまようシーンに始まり、手を繋ぐところまで。
 自分が恋をする瞬間から目覚めるたびに、罪悪感を覚える。

 かたわらで眠る桃也とうやの寝顔に涙を拭うと、彼のまぶたが開いて目が合った。

「どうした? また王子の夢でも見たのか?」

 桃也の手がベッドサイドのライトに伸びる。まだ薄暗い部屋に照らし出された彼は、あきれ顔から笑顔をにじませた。いつもの桃也だ。
 彼とまだ付き合っていない頃、そんな夢の話をしたことがあった。

「王子じゃないよ。……けど、ごめん」
「謝るなよ。気にするなって言っただろ?」

 桃也はあくびを零しながらゆっくりと身体を起こし、京子の頭をそっとでた。

「他の男の夢見たくらいで、俺が怒るわけねぇだろ」

 「うん」とうなずくと、ふと自分の左手に違和感を感じた。
 薬指に見覚えの無い指輪がはめられている。小さな石の付いた、女の子らしい華奢きゃしゃなものだ。

「これって……」
「お前いつも俺の指見てうらめしそうにしてるだろ。けど、これは外せねぇから」
「――ごめん」
「いいよ。誕生日なんだから、もっと笑ってろ」

 京子は引き寄せられた胸に乾きかけた涙を押し付け、「ありがとう」と彼を抱きしめた。


   ☆
 公園での爆発騒ぎの翌日、アルガス三階の報告室から出てきた京子を綾斗あやとが迎えた。

「お疲れ様です、京子さん」
「待っててくれたの?」
「今来た所ですよ。大分長かったですね」
「オジサンさんたち、余計な事まで根掘ねほ葉掘はほり聞いてくるんだもん」

 疲労困憊こんぱいで、京子は廊下に並んだソファにくずれた。
 朝九時前にアルガスに着いた途端連行され、そこからずっと報告室に入っていた。時計はすでに十一時半を過ぎている。

 上層部の男三人を相手に一人で受け答えする形式から、『法廷』や『取調室』といった異名を持つこの場所は、京子にとってこの上なく苦手な場所だ。

 綾斗は報告室から出てきた彼等に会釈えしゃくし、京子の横に腰を下ろす。

「足は平気なんですか? 朝病院に行ったってセナさんに聞きましたよ」
「そう。アルガス御用達の整形外科があって、連れてって貰ったの」

 グルグル巻きにされた包帯の上に履いた靴下が、こんもりと膨れている。

「まだ痛いけど、どうにか歩けるよ。本当はタクシーで行くつもりだったのに、朝ご飯食べてたら突然セナさんが家に来て大変だったんだから」

 通勤時間真っ只中の七時台に、自慢の真っ赤なスポーツカーをマンションの入口に横付けしたセナは、道行く人の大注目を浴びていた。

「桃也くんに久しぶりに会った、って喜んでました」
「そんなことまで言ってたの……」

 「はあっ」と京子は溜息をつく。予測はしていたが、相変わらずのおしゃべり好きだ。

「知り合いだったんですね」
「そう。昔マサさんのアパートに桃也が住んでた時があって、たまにごはん作りに行ってたんだって」
「何だか成長を喜ぶ親みたいでしたよ。報告室では桃也さんのこと聞かれたんですか?」
「聞かれたよ、あの眉毛に! 誰と何でそこに居たんだ、とか。やんなっちゃう」

 報告室の三人は、京子の中で『ヒゲ』『眉毛』『メガネ』とあだ名が付けられている。事あるごとに呼ばれるせいで、顔を思い出しただけで気が滅入めいった。

「それで、答えたんですか?」
「まさか。詳しく言う義理なんてないし。恋人とご飯食べて、海見てたって言っただけ」
「災難でしたね。けど、京子さんの怪我がその程度で俺ホッとしました。他に巻き込まれた人もいなかったし。京子さんがいなかったら、もっと大惨事になってたと思います」

 フォローする綾斗の言葉に、京子はゆっくりと顔を起こす。

「違うよ、綾斗」

 昨日飛んできた光の熱の感覚を、はっきりと覚えている。

「いなかったら、じゃない。多分、いたから起きたんだよ」
「……京子さんが狙われたってことですか?」

 「うん」とうなずいて視線を落とす。桃也にもらった指輪が天井の明かりを受けて白く光り、その横で銀環も負けじとその存在を主張していた。

「綺麗な指輪ですね」

 綾斗は立ち上がり、京子の前に手を差し出した。
 彼の手首にもまた、銀環が光る。

「歩けますか? 大舎卿だいしゃきょうが戻っていますよ」

 京子は「ありがとう」とその手をつかんだ。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

処理中です...