1 / 658
Episode1 京子
1 15歳最後の夜に
しおりを挟む
5年前──
大晦日の帰省中、突如飛び込んできた招集命令に、田母神京子は慌てて新幹線に飛び乗った。
記録的な大雪が首都圏に舞い降りたその日、東京の中心で大きな爆発が起こったという。
客車の電光掲示板に流れるニュースも携帯電話もその緊急事態を伝えてはいるが、詳細は殆ど書かれていない。事件の管轄が、警察ではなくアルガスに移ったからだ。
「爆発って……」
その言葉を怖いと思うのは、まだ十五歳の京子だけでなく、他の乗客も同じだった。
『爆発』という見出しだけで、人々の不安を煽るのには十分だ。
騒然とした車内で、京子は左手首に結ばれている銀色の環をコートの袖口に隠す。
窓の外に見える雪は次第に勢いを増し、夜の街がいつもより明るく見えた。
爆発と雪のせいでダイヤが乱れ、東京駅は普段より混雑していた。
人の波を縫うように進み、指示された出口で迎えの車に乗り込む。目指すのは事件の起きた住宅街だ。
「急いで、お願い!」
その言葉も虚しく、車はすぐに渋滞にはまってしまう。脇道を選んだところで、今度は雪が邪魔をして思うように動けなかった。
赤色灯を回した何台もの緊急車両とすれ違い、ようやく運転手が車を停めると、フロントガラスの向こうに真っ白い風景が広がる。
状況がまるで読めない。
ここは東京のど真ん中の筈なのに、ぽっかりと空いたそこには建物も道路も何もなかった。
真っ平らの地面に降る雪が、白を深く積み重ねていく。
京子は呆然と車を降り、鼻を突く気配に両手を抑えた。
「人だ……」
雪とともに絶望が舞い降りる。
京子は袖口に隠れた銀環に触れ、そっと雪に手をついた。
生々しい能力者の気配を感じる──被害の元凶が人間だという事実を予想していなかったわけじゃない。ただここに来るまで、ずっとそうでなければいいと思っていた。
「私は、何もできなかった……」
怖いと思う反面、不謹慎ながらも心のどこかでワクワクしていたのも嘘じゃない。
京子がキーダーになって、初めて起きた事件だったからだ。生まれ持ったこの特別な異能力を、遺憾なく発揮できればと思っていた。
なのに事は既に終わっていて、京子ができることなど何も残ってはいなかった。
焼けた匂いが、キンと冷えた雪に薄れていく。
もうそこに人の姿は殆どなく、張り巡らされた規制線の向こうでは、待ち焦がれたキーダーの登場に報道陣が眩いばかりにフラッシュを光らせる。
☆
半径八十メートルの風景を一瞬で消し去った光は、二十五年前の隕石落下を彷彿とさせたが、原因は事件から五年経った今も不明のままだ。
死者四人、負傷者八名を出す大惨事となったこの事件は、インタビューを受けた青年が「白い雪が全てを隠そうとしているようだ」と呟いた事から、『大晦日の白雪』と呼ばれた。
大晦日の帰省中、突如飛び込んできた招集命令に、田母神京子は慌てて新幹線に飛び乗った。
記録的な大雪が首都圏に舞い降りたその日、東京の中心で大きな爆発が起こったという。
客車の電光掲示板に流れるニュースも携帯電話もその緊急事態を伝えてはいるが、詳細は殆ど書かれていない。事件の管轄が、警察ではなくアルガスに移ったからだ。
「爆発って……」
その言葉を怖いと思うのは、まだ十五歳の京子だけでなく、他の乗客も同じだった。
『爆発』という見出しだけで、人々の不安を煽るのには十分だ。
騒然とした車内で、京子は左手首に結ばれている銀色の環をコートの袖口に隠す。
窓の外に見える雪は次第に勢いを増し、夜の街がいつもより明るく見えた。
爆発と雪のせいでダイヤが乱れ、東京駅は普段より混雑していた。
人の波を縫うように進み、指示された出口で迎えの車に乗り込む。目指すのは事件の起きた住宅街だ。
「急いで、お願い!」
その言葉も虚しく、車はすぐに渋滞にはまってしまう。脇道を選んだところで、今度は雪が邪魔をして思うように動けなかった。
赤色灯を回した何台もの緊急車両とすれ違い、ようやく運転手が車を停めると、フロントガラスの向こうに真っ白い風景が広がる。
状況がまるで読めない。
ここは東京のど真ん中の筈なのに、ぽっかりと空いたそこには建物も道路も何もなかった。
真っ平らの地面に降る雪が、白を深く積み重ねていく。
京子は呆然と車を降り、鼻を突く気配に両手を抑えた。
「人だ……」
雪とともに絶望が舞い降りる。
京子は袖口に隠れた銀環に触れ、そっと雪に手をついた。
生々しい能力者の気配を感じる──被害の元凶が人間だという事実を予想していなかったわけじゃない。ただここに来るまで、ずっとそうでなければいいと思っていた。
「私は、何もできなかった……」
怖いと思う反面、不謹慎ながらも心のどこかでワクワクしていたのも嘘じゃない。
京子がキーダーになって、初めて起きた事件だったからだ。生まれ持ったこの特別な異能力を、遺憾なく発揮できればと思っていた。
なのに事は既に終わっていて、京子ができることなど何も残ってはいなかった。
焼けた匂いが、キンと冷えた雪に薄れていく。
もうそこに人の姿は殆どなく、張り巡らされた規制線の向こうでは、待ち焦がれたキーダーの登場に報道陣が眩いばかりにフラッシュを光らせる。
☆
半径八十メートルの風景を一瞬で消し去った光は、二十五年前の隕石落下を彷彿とさせたが、原因は事件から五年経った今も不明のままだ。
死者四人、負傷者八名を出す大惨事となったこの事件は、インタビューを受けた青年が「白い雪が全てを隠そうとしているようだ」と呟いた事から、『大晦日の白雪』と呼ばれた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる