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最終章 別れ

164 青と黒

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 その青い髪はティオナに似ていると思った。

 ワイズマンが一度取り込んだ姿を真似た、偽の魔王クラウザー。髪と瞳の色を除けば、身長も筋肉の付き方や着ているものまで完璧に再現されている。
 表情の作り方こそ違うけれど、黙って口をつぐんでいたら俺でも見間違えてしまいそうなほどそっくりだ。

 「そういうことか」と納得する黒髪のクラウを指差して、ヒルドが「こっちが本物だよね」と目をしばたいた。

「あぁ。だよな?」

 勘ぐりながら本人に尋ねると、「そうだよ」と返ってくる。
 青髪のクラウは俺たちをぐるりと見渡してから、自分の胸に掌を当て、黒髪のクラウへその詳細を述べた。

「いくら私でも、この身体で何時間も居られるわけではありません。ですから、私が元の身体に戻るまで貴方が息をしていられたら、貴方を魔王と認めましょう」

 クラウの声と渋いワイズマンの声が重なって聞こえてくる。
 「面白いね」と言う黒髪のクラウの声が、一瞬どっちが言ったものか分からなかった。
 「ややこしいな」とヒルドは不満を漏らすが、青と黒の魔王は実に楽しそうだった。

「ところで、そこの二人のどちらか、私に武器を貸してもらえませんか?」

 唐突にワイズマンが、俺たちに声を掛けてきた。

「流石に武器まで真似ることはできませんからね」

 黒髪の魔王の腰には聖剣があるが、ワイズマンの腰にはベルトがあるだけで中身は空だった。
 俺は自分の腰にある剣を抜こうと手を掛けるが、改まって一度押し戻した。正直、クラウを倒すための剣を差しだしたくはない。

「クラウ……」
「僕のことは気にしなくていいよ。むしろ、僕の決着をつけるために貸してあげて」

 クラウは楽観的に笑う。
 ただ生憎あいにく、俺の所持している武器は美緒から借りた公園オーナーの短剣だ。いくらワイズマンでも、魔王の聖剣相手に戦うには不十分過ぎるだろう。

「ユースケの剣は上に置いてきちゃったからね。その短剣じゃ戦いにくいでしょ? 貸すのはちょっと勿体ないけど、僕のを使うといいよ」

 ヒルドが自慢気に自分の剣を抜いてワイズマンへ差し出した。

「ゼストが打ったものだからね。最初は見た目がつまらなかったけど、僕が丹精込めて仕上げたんだ。きっと満足すると思うよ」

 もはや使用目的より、自分の剣の見た目をアピールしだすヒルド。
 神々しいくらいにギラギラと輝くヒルドの剣にワイズマンは一瞬表情を硬直させると、あっさりと俺の短剣を受け取った。

 「ええっ、そっち?」と残念がるヒルド。
 俺だってこの状況なら少しでも強そうなヒルドの剣を選んでいたはずだ。
 ワイズマンにとっての選択が能力よりも見た目重視なのかどうかは分からないが、青髪の彼はオーナーの短剣を表裏と見つめ、満足そうに微笑んだ。

「さぁ、戦いましょうか」

 クラウの声でワイズマンが促した。

「二人は下がって。手を出さないように」

 黒髪のクラウに言われて、俺たちはそそくさと木の陰へ後退した。
 二人が剣を構える姿に、俺たちの方が緊張してしまう。

 これできっと戦いは終わる――そう思った時、俺はふと自分が大事なことを忘れていることに気付いた。

 「あっ……」と我に返って息を詰まらせた。

 今この状況で、それは関係のないことかもしれないけれど。
 それは全てに決着がついて向こうの世界に戻った時、俺はこの世界の記憶を全て忘れてしまうという仕様のことだった。
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