159 / 171
13章 魔王
159 離脱
しおりを挟む
「痛ぇ、いでっ!! ちょ、美緒、やめ……」
ついさっき俺と再会して喜んでいた顔が、怒りを込めた鋭い形相に変わっている。
彼女の手を振り払う事もできず痛みに耐えながら訴えると、美緒はその指に力を込めた。
「くはぁっ!」
痛みを拳に逃がそうとすると、手中にびっしょりと汗が沸いた。
「痛ぇ」と再び悲鳴をあげた俺に、後ろでヒルドが「痛そう」と目を細めながら口を横に開いた。
俺はワイズマンに怯える余裕も吹っ飛んで、目の前の美緒と向き合った。
「何すんだよ」
「しっかりしてよ、佑くん!」
鬱々とした俺に活を入れる美緒。
ブチィ! っと頬を挟み込んで一気に離れた彼女の手が、今度はバチィン! とビンタで返ってくる。
これは、可愛い女子の平手打ちじゃない。強打といっても過言ではない。
勢いで倒れ込みそうになるのを堪えて、少しだけ美緒を睨んで見せる。
俺は何故こんな目に遭っているのか。
「痛ぇよ」
「佑くんは私を守ってくれるんでしょ? 私に守らせるつもり?」
もう彼女は今にも泣きそうな顔で声を張り上げる。
「佑くんが死んじゃったら私が戻れなくなるんだよ?」
さっきモンスターと戦ったばかりで、今はワイズマンを目の前にしているというのに、どうして美緒はそんなに強くいられるんだろう。
目の前で彼女が涙を流しているのに、俺はぼんやりとそんなことを考えてしまう。
彼女のビンタ一つで正気に戻れたのかどうかは俺自身定かではない。
ちゃんと立って、戦って。彼女を守らなきゃいけないことくらい言われなくても分かっている。
けれど強靭な敵を前に、俺が剣を振ったところでどうにもならないことを知らされた気がした。
それでも、逃げ帰る以外に俺がこの戦場でやれることがまだあるのだろうか。
「お前と話がしたい」
ワイズマンが低い声を響かせる。ヤツの言葉の矛先が自分だという事を理解して、俺はそっと立ち上がった。
「チェリー」と彼を呼んで、俺は頭を下げる。
「美緒を頼んでもいいですか?」
「え?」
眉を上げるチェリーに向けて、俺は美緒の背中をポンと押した。
「佑くん?」
「美緒を城へ連れて行ってもらってもいいですか?」
やっぱりここは危険だと思った。
やる気だけではどうしようにもないことを知らされた俺が選ぶ道は、もうこれしか思い浮かばない。
「本当なら俺が下山してチェリーを残した方が戦力的にはいいんだろうけど、貴方になら美緒を任せることができると思うから。わがまま言ってもいいですか?」
地理が強くて俺の何倍も強いチェリーになら、と思える。
チェリーは最初困惑していたが、やがて「分かったわ」と顔を強張らせた美緒の手を握った。
美緒は「ちょっと待って」と一度チェリーを離れ、俺の所にやってくる。
「佑くん、これ持ってて」
そう言って美緒は、腰に提げていた短剣を抜いて俺に差し出した。ゴンドラの麓で、公園のオーナーに渡さたものだ。
前に崖から落ちた時もそうだったが、俺の剣は上に置き去りになっている。
「ありがとう」と素直に受け取って、俺はその短剣を空の鞘と並べてベルトに差した。
城に戻れと言った俺に、美緒は嫌だとは言わなかった。ただ、「絶対に帰って来て」と口調を強めてチェリーの元へ走る。
「絶対だ」
俺がはっきりとそう伝えるとチェリーが美緒の手を再び握って、「全く」と空の手を腰に当てた。
「偉っそうに。私だって任せてって胸を張れるほど強くないけど、美緒を守るためなら覚悟を決めるわ。貴方は一人で残るの?」
「いえ、やっぱり怖いからヒルドには残ってもらおうと」
急に名前を呼ばれて、ヒルドが「僕?」と目を輝かせた。
「戦友……なんだろ? 俺たちは」
「う、うん、うん。そうだよ、僕たちは戦友だ!」
「お任せあれ」と胸を張る彼は、俺にとって心強い相棒だ。
「構いませんよね」
ワイズマンを振り向くと、ヤツは「あぁ」と返事した。
「佑くん」
不安がる彼女に俺はようやく立ち上がって「またな」と伝える。
この言葉はもはや彼女と別れる時の常套句になっていた。
次に会う時は、全てが終わった後だと思える。
「離脱するわ」
そう残して美緒の手を引いたチェリーに、俺は深く深く頭を下げた。
ついさっき俺と再会して喜んでいた顔が、怒りを込めた鋭い形相に変わっている。
彼女の手を振り払う事もできず痛みに耐えながら訴えると、美緒はその指に力を込めた。
「くはぁっ!」
痛みを拳に逃がそうとすると、手中にびっしょりと汗が沸いた。
「痛ぇ」と再び悲鳴をあげた俺に、後ろでヒルドが「痛そう」と目を細めながら口を横に開いた。
俺はワイズマンに怯える余裕も吹っ飛んで、目の前の美緒と向き合った。
「何すんだよ」
「しっかりしてよ、佑くん!」
鬱々とした俺に活を入れる美緒。
ブチィ! っと頬を挟み込んで一気に離れた彼女の手が、今度はバチィン! とビンタで返ってくる。
これは、可愛い女子の平手打ちじゃない。強打といっても過言ではない。
勢いで倒れ込みそうになるのを堪えて、少しだけ美緒を睨んで見せる。
俺は何故こんな目に遭っているのか。
「痛ぇよ」
「佑くんは私を守ってくれるんでしょ? 私に守らせるつもり?」
もう彼女は今にも泣きそうな顔で声を張り上げる。
「佑くんが死んじゃったら私が戻れなくなるんだよ?」
さっきモンスターと戦ったばかりで、今はワイズマンを目の前にしているというのに、どうして美緒はそんなに強くいられるんだろう。
目の前で彼女が涙を流しているのに、俺はぼんやりとそんなことを考えてしまう。
彼女のビンタ一つで正気に戻れたのかどうかは俺自身定かではない。
ちゃんと立って、戦って。彼女を守らなきゃいけないことくらい言われなくても分かっている。
けれど強靭な敵を前に、俺が剣を振ったところでどうにもならないことを知らされた気がした。
それでも、逃げ帰る以外に俺がこの戦場でやれることがまだあるのだろうか。
「お前と話がしたい」
ワイズマンが低い声を響かせる。ヤツの言葉の矛先が自分だという事を理解して、俺はそっと立ち上がった。
「チェリー」と彼を呼んで、俺は頭を下げる。
「美緒を頼んでもいいですか?」
「え?」
眉を上げるチェリーに向けて、俺は美緒の背中をポンと押した。
「佑くん?」
「美緒を城へ連れて行ってもらってもいいですか?」
やっぱりここは危険だと思った。
やる気だけではどうしようにもないことを知らされた俺が選ぶ道は、もうこれしか思い浮かばない。
「本当なら俺が下山してチェリーを残した方が戦力的にはいいんだろうけど、貴方になら美緒を任せることができると思うから。わがまま言ってもいいですか?」
地理が強くて俺の何倍も強いチェリーになら、と思える。
チェリーは最初困惑していたが、やがて「分かったわ」と顔を強張らせた美緒の手を握った。
美緒は「ちょっと待って」と一度チェリーを離れ、俺の所にやってくる。
「佑くん、これ持ってて」
そう言って美緒は、腰に提げていた短剣を抜いて俺に差し出した。ゴンドラの麓で、公園のオーナーに渡さたものだ。
前に崖から落ちた時もそうだったが、俺の剣は上に置き去りになっている。
「ありがとう」と素直に受け取って、俺はその短剣を空の鞘と並べてベルトに差した。
城に戻れと言った俺に、美緒は嫌だとは言わなかった。ただ、「絶対に帰って来て」と口調を強めてチェリーの元へ走る。
「絶対だ」
俺がはっきりとそう伝えるとチェリーが美緒の手を再び握って、「全く」と空の手を腰に当てた。
「偉っそうに。私だって任せてって胸を張れるほど強くないけど、美緒を守るためなら覚悟を決めるわ。貴方は一人で残るの?」
「いえ、やっぱり怖いからヒルドには残ってもらおうと」
急に名前を呼ばれて、ヒルドが「僕?」と目を輝かせた。
「戦友……なんだろ? 俺たちは」
「う、うん、うん。そうだよ、僕たちは戦友だ!」
「お任せあれ」と胸を張る彼は、俺にとって心強い相棒だ。
「構いませんよね」
ワイズマンを振り向くと、ヤツは「あぁ」と返事した。
「佑くん」
不安がる彼女に俺はようやく立ち上がって「またな」と伝える。
この言葉はもはや彼女と別れる時の常套句になっていた。
次に会う時は、全てが終わった後だと思える。
「離脱するわ」
そう残して美緒の手を引いたチェリーに、俺は深く深く頭を下げた。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)
@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」
このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。
「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。
男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。
「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。
青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。
ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。
「カクヨム」さんが先行投稿になります。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う
月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる