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13章 魔王

158 頬の感触

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 遠くに聞こえた足音は、俺の方へ向けて次第に大きくなってきた。
 ここから逃げ出すことなんてとっくに諦めている。
 足音の主が俺の運命を好転させてくれるだろうと、期待を込めて目をこじ開けた。

「ユースケ!」

 足音の方へ顔を向けると同時に、彼の声が俺を呼んだ。
 すぐそこにチェリーがいて、その後ろに美緒とヒルドが続く。待ち望んた再会に、俺は緊張を緩ませた。

 彼らは俺が転げ落ちた崖の上からではなく、真横からやって来た。
 どうやら俺が落ちたこの場所は、どこかへ繋がる道だったらしい。よく見ると、人が歩けるように斜面が平らに削り取られている。

「佑くん!」

 目を赤く腫らした美緒が、歓声を上げて俺に抱き着いた。
 ふわりと落ちてきた彼女の重さと感触に安堵しつつも、背中へ伸ばそうとした手に力が入らず抱き締めることができなかった。美緒の肩に少しだけ頬を預けて「ごめんな」と伝えると、彼女は小さく首を振った。

 「無事で良かったわ」とチェリーは俺が落ちた坂を見上げる。

「最悪の事態まで想像したのよ? それできっとこの道に通じてると思って。この辺りの地理は少しだけ詳しいのよ。思ったより元気そうだけど、怪我はないの?」

 俺の身体を見渡して、チェリーは眉をひそめた。これだけの急な坂を転げ落ちてかすり傷すらなければ、疑うのは当然だ。
 彼は温泉に入るためにこの高い山を足で上るような人だから、地理に詳しいのも頷ける。

 「ミーシャが……」と小さな声でそれだけを伝えると、「ミーシャ?」と辺りに目をくれたヒルドがワイズマンを見つけて、盛大に悲鳴を上げた。

「うわぁぁあ! ドラゴン!」

 ワイズマンはテンションの高いヒルドに面倒そうな表情をかもして、向こうを向いてしまった。攻撃を仕掛けてくる素振りはないが、いつでも戦える余裕を見せているだけかもしれない。

「ミーシャって元老院の子?」
「はい」
「ここにはもう居ないの?」
「はい」
「ワイズマンが居るのに? 貴方を置いて?」
「はい」

 早口なチェリーの質問に対し、俺は機械人形のように返事するばかりだ。
 「ちょっと」とチェリーを苛立たせても、言葉を続ける気力が沸かない。

「ゆうくん?」

 美緒が身体を離して、俺の顔を覗き込んだ。

「どうしたの、佑くん」
「いや……」

 恐怖に腰が抜けてしまったとは言い辛かった。みんなが来たのに立ち上がることもできず、ぼんやり漂わせた瞳をワイズマンから必死に遠ざけた。

「怖いの?」

 チェリーにそう聞かれて、俺は恐怖に怯えた顔を硬直させる。
 もちろん図星だ。
 けど逆に、今ここに来た三人がワイズマンを前に平然としていられることが不思議でたまらなかった。
 どこかのラノベの主人公みたいに無双することができたなら、俺だって戦うことが楽しくて仕方ないと思えるだろう。しかし俺が踏み込んだ異世界は、努力なしに勝ち上がることなんてできない世界だ。

 どうしたんだと伺ってくる三人の視線を避けてうつむくと、美緒が「佑くん」と目を潤ませる。
 「大丈夫だよ」と強がってみたものの、それが作り笑いだというのはバレバレだ。
 みんなと目を合わせられずにいると、俺の左頬が突然鋭い痛みに悲鳴を上げた。

「うがあっ、がっ!」

 しっとりした細い指の感触。
 驚いて顔を起こすと、美緒が俺の頬を思い切りつねり上げていたのだ。


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