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13章 魔王
155 後悔
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熾烈を極める戦いから抜け出ることができた俺は、自分の不注意で崖下へと転落した。
向こうの世界で普通の高校生活をしていたなら、なかなか遭わないだろう災難に二度も遭遇したのだから、俺は本当に異世界に居るんだなと実感してしまう。
一度目はこの世界に来てすぐのことだ。
場所もこのグラニカ自然公園。緋色の魔女に刺されるという悪夢から生還した俺は、再び彼女に追い詰められて崖を転げ落ちたのだ。
あの時は偶然通りかかったチェリーに助けられたけれど、今回はどうだろう。
崖とはいえ土で覆われた急傾斜だったことで、俺はどうにか生を繋ぎとめることができたようだ。
俺はおそらくまだ生きている。けど、目を開けばまたモンスターと戦わなければならないのなら、もう少しこうしていたいと思ってしまう。
白濁とした闇に身を任せてぼんやりと漂っていると、もう戻らなくてもいいのかなと思えてしまう。
心地良い――。
そう思えるのに、目を覚まさないわけにはいかなかった。
この快楽を邪魔するように、アイツが俺を呼んでいたからだ。
「俺は生きてるんだよな……?」
そっと口を動かすと、声の音とともに白い空間に光が差し込んだ。
「佑くん!」
木の枠で切り抜いたような青い空が目に飛び込んでくる。
彼女の声は遠いけれど、美緒の声だとはっきり分かった。
べったりと貼りつく汗に、血の匂いが漂う。これは俺の血だろうか。
不揃いに並ぶ木々の間を、俺が滑り降りてきた痕が残っている。
俺が最初にコケた坂のてっぺんは、重なって生えた木や草に覆われて見えない。
剣も手放してしまった俺は身体の自由も奪われて丸腰の状態だったが、幸運にもそこにモンスターの気配は感じられなかった。
仰向けに倒れたままの身体が鉛のように重く感じて、手足が言う事を聞いてはくれない。
絞り出すように「美緒」と返した声は、たくさんの息を含んで、その場にくぐもってしまう。
「佑くん!」
それが泣き叫ぶ音に変わって、「ユースケ」とチェリーの声も後に続いた。
俺はここに居る。まだ生きているのに、それを伝えることができないもどかしさに怒りが込み上げた。
照明弾が残っていれば打ち上げることができたのに、シーモスを追い払うために使ってしまった。その事に後悔はないけれど、助けを求める術は他に思いつかなかった。
だから、他の誰かに照明弾を上げて欲しいと願う。
そう祈った俺に答えて、誰かがそれを実行した。
音を一点に絞り上げるようなキュウンという爆音が、高い空へ突き抜けていく。
「美緒、チェリー」
眩しさに目を閉じると、涙が滲んだ。きっと二人が上げてくれるんだと安堵しながら光が止むのを待った。
けれど。
俺は全身で別の音を感じ取ってしまう。
ズズズ、と酷く重いものが左から右へと土を這う音だ。
崖から転落した俺が目覚めて、そこにモンスターが居ないと喜んだのはただの楽観視でしかなかった。
俺のいるすぐ下の斜面。木々の覆うあっちからこっちまでという長い距離に音を鳴らす相手が何であるか。
答えははっきりと頭に浮かんでいるのに、俺は必死に他の可能性を探してしまう。
もし眠っていたのなら、良かれと思った照明弾の音が奴を目覚めさせてしまったのかもしれない。
最初に出した答えを覆すものなど何もなかった。
音の方へ視線を凝らすと、首を回すことができた。痛みの感覚が戻ってきて、俺はバチリと合った青色の視線に、ついさっき安堵した気持ちをえぐられる気分だった。
全身を包み込んだ畏怖に、俺は今目覚めたことを後悔している。
向こうの世界で普通の高校生活をしていたなら、なかなか遭わないだろう災難に二度も遭遇したのだから、俺は本当に異世界に居るんだなと実感してしまう。
一度目はこの世界に来てすぐのことだ。
場所もこのグラニカ自然公園。緋色の魔女に刺されるという悪夢から生還した俺は、再び彼女に追い詰められて崖を転げ落ちたのだ。
あの時は偶然通りかかったチェリーに助けられたけれど、今回はどうだろう。
崖とはいえ土で覆われた急傾斜だったことで、俺はどうにか生を繋ぎとめることができたようだ。
俺はおそらくまだ生きている。けど、目を開けばまたモンスターと戦わなければならないのなら、もう少しこうしていたいと思ってしまう。
白濁とした闇に身を任せてぼんやりと漂っていると、もう戻らなくてもいいのかなと思えてしまう。
心地良い――。
そう思えるのに、目を覚まさないわけにはいかなかった。
この快楽を邪魔するように、アイツが俺を呼んでいたからだ。
「俺は生きてるんだよな……?」
そっと口を動かすと、声の音とともに白い空間に光が差し込んだ。
「佑くん!」
木の枠で切り抜いたような青い空が目に飛び込んでくる。
彼女の声は遠いけれど、美緒の声だとはっきり分かった。
べったりと貼りつく汗に、血の匂いが漂う。これは俺の血だろうか。
不揃いに並ぶ木々の間を、俺が滑り降りてきた痕が残っている。
俺が最初にコケた坂のてっぺんは、重なって生えた木や草に覆われて見えない。
剣も手放してしまった俺は身体の自由も奪われて丸腰の状態だったが、幸運にもそこにモンスターの気配は感じられなかった。
仰向けに倒れたままの身体が鉛のように重く感じて、手足が言う事を聞いてはくれない。
絞り出すように「美緒」と返した声は、たくさんの息を含んで、その場にくぐもってしまう。
「佑くん!」
それが泣き叫ぶ音に変わって、「ユースケ」とチェリーの声も後に続いた。
俺はここに居る。まだ生きているのに、それを伝えることができないもどかしさに怒りが込み上げた。
照明弾が残っていれば打ち上げることができたのに、シーモスを追い払うために使ってしまった。その事に後悔はないけれど、助けを求める術は他に思いつかなかった。
だから、他の誰かに照明弾を上げて欲しいと願う。
そう祈った俺に答えて、誰かがそれを実行した。
音を一点に絞り上げるようなキュウンという爆音が、高い空へ突き抜けていく。
「美緒、チェリー」
眩しさに目を閉じると、涙が滲んだ。きっと二人が上げてくれるんだと安堵しながら光が止むのを待った。
けれど。
俺は全身で別の音を感じ取ってしまう。
ズズズ、と酷く重いものが左から右へと土を這う音だ。
崖から転落した俺が目覚めて、そこにモンスターが居ないと喜んだのはただの楽観視でしかなかった。
俺のいるすぐ下の斜面。木々の覆うあっちからこっちまでという長い距離に音を鳴らす相手が何であるか。
答えははっきりと頭に浮かんでいるのに、俺は必死に他の可能性を探してしまう。
もし眠っていたのなら、良かれと思った照明弾の音が奴を目覚めさせてしまったのかもしれない。
最初に出した答えを覆すものなど何もなかった。
音の方へ視線を凝らすと、首を回すことができた。痛みの感覚が戻ってきて、俺はバチリと合った青色の視線に、ついさっき安堵した気持ちをえぐられる気分だった。
全身を包み込んだ畏怖に、俺は今目覚めたことを後悔している。
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