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13章 魔王

154 空を覆う闇の色

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 あれだけのモンスターがふもとへ向かっていったというのに、奴らの気配が薄くなった実感は沸かない。クラウはモンスターの大移動でこっちが手薄になっているかもと言ったが、そんなことは全くなかった。

 ヒルドとチェリー、そして俺と美緒という魔法が使えないパーティで、どれだけ戦うことができるのだろうか。
 剣を握りしめたやる気満々の美緒を、俺はなるべく戦闘に加えたくなかった。カーボレベルの敵が一匹ずつなら男だけでもどうにか戦えるはずだ。
 ボス級のモンスターにだけは遭遇しませんようにと祈りながら、俺たちはグラニカ自然公園の敷地を超えて山道の奥の奥へと進んでいった。

 ワイズマンの手掛かりはなく、進んでいくしか術はない。
 カーボを倒して、セルティオを仕留めた。魔法しか効かないジーマにも遭遇したけれど、チェリーが力ずくで胴体を真っ二つにしてくれたお陰で戦闘不能状態にすることができた。
 初めて遭遇した敵も含めてそれなりの数のモンスターと戦ったが、それぞれが俺の願った通り単体だったのは奇跡かもしれない。

 この世界で生まれて兵学校にも行っていたヒルドが俺よりも戦闘に慣れているのは認める。けれど、俺と同じ向こうの世界から来たチェリーは、俺どころかヒルドよりもモンスターと対等に戦っていた。
 俺はこの世界に来て何度かモンスターと戦う事があったけれど、どれも運で乗り切っている感が否めない。きちんと訓練を受けようとしたこともなく、暇があればゼストと剣を交えていたチェリーが積み上げた経験値に、心構えも実力も雲泥うんでいの差がついてしまったようだ。

「凄いね、チェリー。これもお願い!」

 ヒルドがモンスターにダメージを与えつつ、チェリーの前へと誘導する。その途中で俺が少しだけ剣を加えて、最後にチェリーでとどめを刺すというパターンが数をこなすうちに出来上がっていた。

 けれど、運が良い状況がひるがえるのは一瞬だ。
 バタバタバタと羽音がして、一羽二羽と姿を現した敵があっという間に空を黒色に塞いでしまう。
 ジーマではなくシーモスだ。
 木々の立ち並ぶ山道さんどうを囲む高い木々の葉を突き抜けて、何十何百という数が一斉に俺たちを敵だと定める。

 「うわぁ」という悲鳴も、鼓膜を塞ぐような羽の爆音に掻き消えてしまう。
 単体ならば大したことはないけれど、その数に驚愕したヒルドは「これは無理だよ」とゼストに渡された照明弾を早々と取り出した。
 しかしチェリーがそれを止める。

「まだ戦えるでしょう? ジーマじゃないのよ?」
「こんなにいるのに? これは僕らの危機と言って過言じゃないよ」

 慌てふためきながら空に構えた筒を、チェリーが力づくで奪ってヒルドの胸に突き返した。

「まだ別れてそんなに時間は経っていないでしょう? 下はもっと過酷なはずよ。私たちがこれくらいで助けを求めてどうするのよ」
「このぐらい、って」
「貴方は剣師なんでしょ? 自分で言ったんじゃないの? 絵の描ける剣師だって」
「そ、そりゃ言ったよ。本当のことだからね」

 チェリーにたしなめられて、ヒルドは「もぅ」と照明弾をふところにしまった。
 ヒルドの中の意識が少しだけ燻ぶられて、構え治した剣がシーモスに向く。

「僕が死にそうになったら、ちゃんとリトさんの所に届けてよ」
「もちろん」

 薄く笑みを浮かべてチェリーが剣を振り上げると、間合いを測っていたシーモスたちが一斉に鳴いて襲い掛かってきた。

 これが現実の戦いだと実感させられる。
 覚悟を決める余裕は与えられず、アニメのような前振りも激しいBGMが鳴り出すこともなく、淡々と敵を倒していくのが今俺たちに与えられた使命だ。

 「うわぁあああ」と闇雲に突進するヒルドと、一体ずつ確実に切り落としていくチェリー。
 そんな二人の後ろで、俺は鋭く突き付けてくるシーモスの口ばしから逃れることが精一杯だった。
 美緒は少し離れた位置で待機している。そこに攻撃が及んでいないのは幸いだ。

「この野郎!」

 ブン、と俺は剣を振り回す。数が多いせいでまぐれ当たりすることもあるが、それだけで敵の数は減らなかった。
 肉を切る感触も血生臭さも、気付くとすっかり慣れてしまった。

「これ全部倒したら、盛大にパーティができるわね」

 チェリーはそんなことを言う余裕さえ見せる。
 シーモスの肉が美味いことは俺も知っている。けれど今俺を口ばしで刺し殺そうとしている敵は、きっと俺のことも食料に見えているのだろう。

「ヒルド?」

 ふとその姿がないことに気付いてチェリーが辺りを探すと、ヒルドは俺たちから大分離れた位置でシーモスに囲まれていた。
 接近戦を仕掛けるシーモスの群れに間合いを空けて、どんどん距離を広げてしまったようだ。

「ヒルド、もっと回って!」

 チェリーが張り上げた声も、羽音の中で一心不乱に剣を振るヒルドの耳には届いていない。
 そんな二人のやりとりに目をやった俺の右肩を、一匹のシーモスの口ばしがかすめた。
 「ぐわぁ」と短く叫んで患部を左手で押さえると、てのひらにねっとりと血の感触がにじむ。

 俺の負傷が美緒を戦闘に引きずり込むことを懸念して、俺は必死に痛みをこらえたが、片手で剣を振る腕が一打ごとに悲鳴を上げた。

 本当にこの戦いは終わるのだろうか。
 一体ずつ倒していったところで、減るどころか仲間を呼び寄せて増えているような気さえする。

 魔法師がいたら視界の敵を一発で消すことができるのだろうか。
 これは俺たちの危機だと思えるのに、戦い続けるチェリーに遠慮して照明弾の紐を引くことを躊躇ためらってしまう。

 そんな油断が致命的だった。
 シーモスが勢いよく俺の右腕に体当たりしてきて、剣が弧を描いて地面に落下してしまったのだ。しゃがみ込んでそれを拾う余裕はない。

 「佑くん!」と美緒が悲鳴を上げた。
 駆け寄る姿が目に飛び込んで、俺は「ダメだ!」と大声で叫ぶ。

 俺は限界だった。
 照明弾を取り出して、片手で紐を握りしめる。ふと思いついた作戦は、自分でも良いアイデアだと思う。 
 雷ではないけれど、これが照明弾だというなら威嚇いかくできるかもしれない。
 これがダメならきっと死ぬ。

「うわぁぁああ!」

 俺はわらにもすがる思いで、筒の先端をシーモスの群れへ向けて紐を引っ張った。
 ヒュウ! とロケット花火よろしく、キンと高い音が羽音を突き抜ける。
 
 ドン、と俺に衝撃をよこして、白い閃光が黒い闇を切り裂くように真横へ駆け抜けていった。
 ギャアと鳴いたシーモスたちは、一斉に羽を大きく羽ばたかせて空へと舞い上がる。

「やった」

 攻撃がやんでシーモスたちを仰ぐ。
 勝利を確信した俺は、ホッと気が抜けてしまったらしい。肩に負った怪我のせいか、ふと眩暈めまいが起きて、ふらついた身体が数歩後退する。立て直そうと最後の一歩を踏み込んだところで、急に低くなった地面に足を取られた。

 自分の生を実感した数秒後のことだ。
 仰向けにかしいだ身体を支え切れず、俺は再び全身で死を予感した。

「佑くん!」

 遠くに聞こえた美緒の叫び。
 斜面に打ち付けられた背中。痛みも感じられない程一瞬で俺の意識は途切れてしまった。
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