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13章 魔王

150 気配

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 ワイズマンが山の向こうへ消えていくのとすれ違いに、リトが慰霊碑いれいひの方角から駆け足でやって来た。
 俺たちがここへ来た時に倒れていた親衛隊の二人は、地面に仰向けに転がったままだ。
 きっとワイズマンは、リトが治癒師だと知っていて逃がしたんだと思う。
 クラウまでが倒れた今、満を持しての登場だ。

「マーロイ!」

 親衛隊の制服を着た彼女の後ろには白衣姿の男性が一人いて、メルが彼をそう呼んだ。
 リトと揃いのスイス国旗の腕章を付けている。

「マーロイって、前の親衛隊の?」

 即座に反応したヒルドに、ヒオルスが「リトの父親です」と説明する。
 リトと同じ眼鏡を掛けていて、ひょろりと背の高い彼はヒオルス同様メルーシュ親衛隊の一人だ。前に名前は聞いたことがある気がするが、会うのは初めてな気がする。

「ごめんなさい、父上の支度が遅れてっ」
「こんな形で戦に加わるとは思っていませんでしたからね」

 「ああっ、クラウ様までっ!」と主の姿に慌てるリト。
 物腰が柔らかく黒髪のマーロイは、ヒオルスよりもだいぶ若く見えた。

「マーロイ、リト、みんなを治してあげて」
「お久しぶりです、メルーシュ様。その姿に戻られたのですね」

 頭を下げるマーロイに、メルは「訳アリでね」と苦笑した。

「ワイズマンはいませんね」

 温泉の方を確認したリトは、黒焦くろこげの木々を見上げて「みんな無事でよかった」と呟いた。
 倒れた三人の側にしゃがみ込んで、二人は処置を始める。白んだ光がてのひらに現れ、患部を覆っていった。

 「貴女も無事で良かったわ」とメルが気遣うと、リトは「私は運がいいんですよ」と笑う。

「明け方に、ここでワイズマンに取り込まれたクラウ様を見つけたんです。けど、あっという間にやられてしまって。それでも私はまだ動くことができたから、二人に息があるのを確認して、父上の所に一旦戻ったんです」
「致命傷ではありませんでしたが、娘も怪我していましたからね。ここへ来るのが遅れたのはその為です。リトをあんな目に遭わせて、私はワイズマンを許しませんよ」

 リトが逃れられたのは、ワイズマンの計画ではなかったのだろうか。
 マーロイが怒りを込めて、拳を握り締めた。
 言われて初めて、俺はリトの胸元に包帯が覗いていることに気付く。リトは「大したことないですよ」と平気な顔を見せるが、マーロイの様子だと実際は相当な傷だったのかもしれない。

「油断できないわね」
「その通りです」

 「厳重に注意を」と口調を強めるヒオルスに、メルは「そうね」とうなずいた。

「昨日はアイツの炊いたチャーチ香のせいで、私とヒオルスはカーボの群れに襲われて大変だったのよ。その後に山道を進もうとしたんだけど、かつてのワイズマンは獣師けものしだったってヒオルスに聞いて、奴らが獰猛どうもうな夜は避けたの。けど……」

 ふと思い立ったように言葉を飲み込んで、辺りを見回したメル。
 「どうしました?」と尋ねるヒオルスが、その意味に気付いて眉をひそめた。もちろん俺には訳が分からなかったが、ふと足元に倒れた三人が動き出したことに気付いて「良かった」と歓声を上げた。

「完治まではいきませんが、とりあえず一安心という所ですね」

 マーロイが額の汗を拭いながらそう報告をする。
 「ふぅ」と息を吐いたリトは、両手をクラウの胸に当てながらメルたちと一緒に辺りを見張った。

 「痛ッてぇ」と頭を押さえながら、まずゼストが起き上がる。
 震わせたまぶたを大きく広げたマーテルは、マーロイに気付いて頭を下げるようにあごを引いた。

「マーロイ様がいらしていたんですか。ありがとうございます」
「その為に僕たちが居るんだから気にしないで。マーテル、君はますますハーネットに似てきたね」

 ハーネットは彼女の祖母の名前だ。メルーシュ親衛隊の三人目で、先のクーデターの混乱で命を落とし、そこにある慰霊碑の下に眠っているらしい。
 マーテルは「はい」と頬を赤らめて、「リトもありがとう」と加えた。そして、ゼストと顔を見合わせる。

「ざわついている……」

 焼けた木々のもっと奥。魔法師たちがそれぞれ違う方角に目を光らせる意味を悟って、俺はそっと美緒の側に寄った。

「さっきのドラゴンの声が元凶かな」

 リトと駆け寄ったヒルドに支えられて、最後に起き上がったのはクラウだった。
 魔法師たちの様子でモンスター達が迫っていることを、俺も理解したつもりだ。
 けれど、魔王の声にみんなの緊張が緩んだ。

「クラウ」

 涙をにじませたメルの声。大人になった彼女の姿に、クラウはふわりと笑顔をこぼす。
 モンスターの声が頭上でキキィと鳴いたけれど、その戦いは俺たちにとって単なる前哨戦ぜんしょうせんでしかなかったのだ。



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