139 / 171
13章 魔王
139 閉鎖
しおりを挟む
ゴンドラの乗り口に着くと、辺りはすっかり夜の色に染まっていた。
トード車を下りた俺たちは横並びになって、その山の頂上を見上げる。
「本当に、ここなのか?」
怖いくらいの闇と、ゾッとするような静けさ。
ワイズマンが化したドラゴンがそこに居るとは到底思えないほどに、シンと静まり返っている。ましてやクラウや親衛隊が戦っている気配もなかった。
静寂に、風がうるさいくらいの音を立てて過ぎていく。
「ここにいるんだよね? それより……」
「ゴンドラが動いていないわね」
言葉を飲み込んだヒルドに、チェリーが続く。俺もここに来てから、それがずっと気になっていた。
乗り場には一本のガス灯が灯っているだけで、幾つもあるゴンドラの箱は暗がりにぶら下がったまま制止しているのだ。側にある詰め所の明かりも消えている。
乗り場への侵入を防ぐように張られた一本のロープには木札がぶら下がっているが、俺たち異世界組にはその文字を読むことはできない。ヒルドが「あぁ」と悲痛な声を漏らしつつ、殴り書きされた異世界語を読み上げた。
「閉鎖、だって」
ドラゴンが居るというなら当たり前の措置だが、その言葉を聞いただけでどっと疲れが滲んだ。
「この坂を上るのか?」
初めてメルと来た時もそうだった。延々とトード車に揺られていただけだったが、上に行くには数時間を要する。
「行くしかないよね」と諦めがちにヒルドが呟き、再びトード車に身体を向けると、
「お前ら、誰だ!」
低い男の声が暗闇から俺たちを怒鳴りつけた。
あまりにも唐突で、俺は「うわぁ」と叫んでしまう。
そして、詰所の陰から走り寄ってきた男とガス灯の明かりの下で顔を合わせ、お互いに「あぁ」と驚愕し合った。
ゴンドラを上った先にある、グラニカ自然公園のオーナーだ。
前にそこの温泉に来た時、巨大カーボ討伐の賛辞を長々と聞かされたから、顔ははっきり覚えている。
「ユースケ様。先日はありがとうございました。ユースケ様がクラウ様の弟君だとは、私も驚きましたよ」
深く頭を下げるオーナーは、あの時チェリーにも会っているが、どうやら俺しか記憶にないらしい。それもその筈、巨乳美女だったチェリーは、もうイケメン美男子に変わってしまったのだから。
「ゴンドラは動かないんですか?」
「上に行くおつもりですか? ワイズマンが現れて、クラウ様や親衛隊の皆さんが入ったと聞いて、全てのお客様と従業員を下山させて入口を封鎖したんです」
オーナーは不安げな顔で頂上を振り返る。
「メルも行ってるんです。だから、俺たちも行かせてくれませんか?」
「動かすことはできますが……」
そう渋って、オーナーは美緒を見つめて首を傾げた。
「その胸は、異世界人の証でしょう?」
「ええっ」
オーナーの凝視に、美緒は胸を素早く両手で遮った。
この国の女は貧乳だ。巨乳はオーナーにとって性的な関心の対象ではなく、あくまで目印でしかないようだ。
「魔法が使えるわけでもないのでしょう? 向こうから来た人間は、戦闘経験も皆無だと聞きます。危険ですぞ? 手ぶらで行くなんて、死にに行くようなものです」
「それでも、行かせて下さい」
胸を押さえていた掌を握りしめて、美緒は頭を下げて懇願した。
「彼女だけ置いて行っても構いませんよ?」
「それは嫌です!」
きっぱりと断る美緒に、オーナーは戸惑いながら俺たち男三人に「良いんですか?」と念を押した。
俺もここに美緒を一人で置いていく気にはどうしてもなれなかったし、第一そうするくらいなら城に置いてきた。
「お願いします、上へ行かせてください」
「そうですか」と大きなため息を吐き出して、オーナーは詰所の小屋へ戻った。パッと窓にオレンジ色の明かりが灯るが、擦りガラスのせいで中は見えない。
ほどなくして、空腹の腹にモーター音が響いた。
ゴンドラの支柱に沿って下から順に明かりが灯っていく。
ゆっくりと動き出したゴンドラに「良かった」と安堵すると、オーナーが一本の短剣を手に戻ってきた。
「じゃあ、これを持っていきなさい。私のだけれど、護身用に持っていたほうがいいだろう」
細い皮のベルトとともに短剣を渡されて、美緒はさっそくそれを腰に巻き付けた。セーラー服と武器が揃っただけでヒロイン感が上がることに、本人が一番嬉しそうな顔をしている。
「帰りはみなさん揃って下りてきてくださいね」
そう言ってオーナーは、小さな鍵をくれた。この間メルと泊ったコテージのものらしい。
俺たちは何度も彼に礼を伝えて、早々にゴンドラへ乗り込み頂上を目指した。
ずっと手を振ってくれたオーナーの姿が小さくなっていく。
窓越しに見える頂上は暗く、やはり戦闘をしているような影も見えない。
機械音が響く狭いゴンドラの中では、誰も何かを話そうとはしなかった。
俺の膝のすぐ脇に美緒の手があって、俺は自分の手をその上に重ねた。
もしかしたら、俺が一番怖がっているのかもしれない。
それが伝わってしまったのか、美緒がピクリと反応する。
少し汗ばんだ彼女の手を握りしめてそっと顔を起こすと、ちょっと不安げで照れくさそうな笑顔が返ってきた。
トード車を下りた俺たちは横並びになって、その山の頂上を見上げる。
「本当に、ここなのか?」
怖いくらいの闇と、ゾッとするような静けさ。
ワイズマンが化したドラゴンがそこに居るとは到底思えないほどに、シンと静まり返っている。ましてやクラウや親衛隊が戦っている気配もなかった。
静寂に、風がうるさいくらいの音を立てて過ぎていく。
「ここにいるんだよね? それより……」
「ゴンドラが動いていないわね」
言葉を飲み込んだヒルドに、チェリーが続く。俺もここに来てから、それがずっと気になっていた。
乗り場には一本のガス灯が灯っているだけで、幾つもあるゴンドラの箱は暗がりにぶら下がったまま制止しているのだ。側にある詰め所の明かりも消えている。
乗り場への侵入を防ぐように張られた一本のロープには木札がぶら下がっているが、俺たち異世界組にはその文字を読むことはできない。ヒルドが「あぁ」と悲痛な声を漏らしつつ、殴り書きされた異世界語を読み上げた。
「閉鎖、だって」
ドラゴンが居るというなら当たり前の措置だが、その言葉を聞いただけでどっと疲れが滲んだ。
「この坂を上るのか?」
初めてメルと来た時もそうだった。延々とトード車に揺られていただけだったが、上に行くには数時間を要する。
「行くしかないよね」と諦めがちにヒルドが呟き、再びトード車に身体を向けると、
「お前ら、誰だ!」
低い男の声が暗闇から俺たちを怒鳴りつけた。
あまりにも唐突で、俺は「うわぁ」と叫んでしまう。
そして、詰所の陰から走り寄ってきた男とガス灯の明かりの下で顔を合わせ、お互いに「あぁ」と驚愕し合った。
ゴンドラを上った先にある、グラニカ自然公園のオーナーだ。
前にそこの温泉に来た時、巨大カーボ討伐の賛辞を長々と聞かされたから、顔ははっきり覚えている。
「ユースケ様。先日はありがとうございました。ユースケ様がクラウ様の弟君だとは、私も驚きましたよ」
深く頭を下げるオーナーは、あの時チェリーにも会っているが、どうやら俺しか記憶にないらしい。それもその筈、巨乳美女だったチェリーは、もうイケメン美男子に変わってしまったのだから。
「ゴンドラは動かないんですか?」
「上に行くおつもりですか? ワイズマンが現れて、クラウ様や親衛隊の皆さんが入ったと聞いて、全てのお客様と従業員を下山させて入口を封鎖したんです」
オーナーは不安げな顔で頂上を振り返る。
「メルも行ってるんです。だから、俺たちも行かせてくれませんか?」
「動かすことはできますが……」
そう渋って、オーナーは美緒を見つめて首を傾げた。
「その胸は、異世界人の証でしょう?」
「ええっ」
オーナーの凝視に、美緒は胸を素早く両手で遮った。
この国の女は貧乳だ。巨乳はオーナーにとって性的な関心の対象ではなく、あくまで目印でしかないようだ。
「魔法が使えるわけでもないのでしょう? 向こうから来た人間は、戦闘経験も皆無だと聞きます。危険ですぞ? 手ぶらで行くなんて、死にに行くようなものです」
「それでも、行かせて下さい」
胸を押さえていた掌を握りしめて、美緒は頭を下げて懇願した。
「彼女だけ置いて行っても構いませんよ?」
「それは嫌です!」
きっぱりと断る美緒に、オーナーは戸惑いながら俺たち男三人に「良いんですか?」と念を押した。
俺もここに美緒を一人で置いていく気にはどうしてもなれなかったし、第一そうするくらいなら城に置いてきた。
「お願いします、上へ行かせてください」
「そうですか」と大きなため息を吐き出して、オーナーは詰所の小屋へ戻った。パッと窓にオレンジ色の明かりが灯るが、擦りガラスのせいで中は見えない。
ほどなくして、空腹の腹にモーター音が響いた。
ゴンドラの支柱に沿って下から順に明かりが灯っていく。
ゆっくりと動き出したゴンドラに「良かった」と安堵すると、オーナーが一本の短剣を手に戻ってきた。
「じゃあ、これを持っていきなさい。私のだけれど、護身用に持っていたほうがいいだろう」
細い皮のベルトとともに短剣を渡されて、美緒はさっそくそれを腰に巻き付けた。セーラー服と武器が揃っただけでヒロイン感が上がることに、本人が一番嬉しそうな顔をしている。
「帰りはみなさん揃って下りてきてくださいね」
そう言ってオーナーは、小さな鍵をくれた。この間メルと泊ったコテージのものらしい。
俺たちは何度も彼に礼を伝えて、早々にゴンドラへ乗り込み頂上を目指した。
ずっと手を振ってくれたオーナーの姿が小さくなっていく。
窓越しに見える頂上は暗く、やはり戦闘をしているような影も見えない。
機械音が響く狭いゴンドラの中では、誰も何かを話そうとはしなかった。
俺の膝のすぐ脇に美緒の手があって、俺は自分の手をその上に重ねた。
もしかしたら、俺が一番怖がっているのかもしれない。
それが伝わってしまったのか、美緒がピクリと反応する。
少し汗ばんだ彼女の手を握りしめてそっと顔を起こすと、ちょっと不安げで照れくさそうな笑顔が返ってきた。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)
@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」
このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。
「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。
男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。
「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。
青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。
ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。
「カクヨム」さんが先行投稿になります。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う
月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる