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12章 ゆりかごに眠る意思

125 枷(かせ)

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 城に着いてすぐ、俺はクラウの部屋を目指した。
 今日はクラウにとって一世一代ともいえる大切な日だ。三日前はお互いが気絶してしまい何も話すことはできなかったが、その儀式の前に何か言葉を掛けてやれたらと思う。

 いつも城門の前で構えていた二人の兵士は、開け放たれた門扉の両端に分かれて客を迎え入れている。
 来客はそこからまっすぐに庭へと誘導されていたが、俺は城門の兵に城への入場を申し出た。
 ハイドの件もあって断られる覚悟はしていたが、すぐに他の兵が呼ばれて俺たちを城の入り口まで案内してくれた。

「中に入ってもいいんですか?」

 あまりにも呆気なく事が進んでしまい俺が思わず本音を漏らすと、熟年の女兵が快い笑顔をくれた。

「ユースケ様をお通ししないワケないじゃないですか。そちらのお二方ふたかたも、お部屋だってあるのですから、遠慮せずお入りください」
「ありがとうございます!」

 扉が開いて中を覗くと、ホールには大輪の花が飾られている。
 聖剣や美緒みおのことがあって俺はこの建国祭に暗いイメージばかり持っていたが、そう解釈しているのは少数派なのかもしれない。
 「拍子抜けしちゃうわね」と言ったチェリーは俺と同じ考えのようだが、ヒルドは「まぁ、お祭りだしね」と当てがった指で自分の唇を弾いた。

 「では」と俺たちが中に入るのを待って、ゆっくりと扉が閉められる。バタンと響いた音に続いて、「あら?」と聞き覚えのある少女の声が鳴った。
 「あっ」と声を弾ませるヒルド。広いホールの奥にある階段を下りてきたリトが、「こんにちは」と挨拶して俺たちの所にやってきた。

 黒タイツのハイレグ姿。乱れた黒髪を背中へ払って、眼鏡のレンズ越しに笑顔を見せた。
 一昨日、荒れた庭を復活させたという治癒師の彼女だが、思ったより元気そうだ。

「ブースケさん、城に来たばかりですか? もしかしてクラウ様のトコロに行くんですかぁ?」

 そしてまた俺の呼び方がに戻っていた。

「そのつもりだけど。クラウは目が覚めたのか?」

 モヤッとした気持ちを抑えてうなずくと、リトは俺たち三人を見て「そぉですか」と細いあごをキュッと押さえて小さくうなった。

「何か不都合でもあるのか? アイツの具合が悪いとか?」
「あっ、いえ。もうすっかり元気です。昨日の朝に目覚めて、昼間にはゼストと剣の稽古をしていましたから」
「昨日、って。二日も眠ってたってことか」
「睡眠は大事ですよ!」

 それにしたって寝すぎな気がするが、リトの心配はそこではないらしい。

「ただ、今は儀式の前の大切な時間です。弟君のブースケさん一人でお願いしてもよろしいですか? ヒルドさん、チェリーさん」

 俺以外の名前はきっちり覚えているのも相変わらずだ。
 ヒルドが「そっかぁ」とチェリーと顔を見合わせて、「分かったよ」と同意した。

「うるさくしたら悪いもんね。僕たちはここで待ってるよ」

 「ありがとうございます」と頭を下げて、リトは一階の廊下の奥へと小走りに消えていった。
 クラウの部屋は二階だ。

「じゃあ、行ってくる」

 俺は二人に見送られて、正面の階段を上った。

   ☆
 ドアノブの上に彫られたグラニカの紋を確認して扉をノックする。
 扉越しのくぐもった声で「はい」と返ってきたのは、またもやティオナの声だった。
 この間意識を失わされたことを思い出して、全身が彼女を警戒する。
 こっちの返事を待たずに開いた扉から、青髪の彼女が俺を見上げた。

「元気そうだね」
「お陰で良く眠れました」

 皮肉を込めてそう返すと、ティオナは「ふん」と笑って俺を中に招き入れた。
 彼女は三日前に会った時と同じ、腰の肌が菱形ひしがたに露出した、破廉恥はれんちなワンショルダーのワンピースを着ている。

「私はもう帰るところだからね」

 彼女の横を通り過ぎて中へ進むと、ベッドのふちに腰かけたクラウと、寄り添うメルの姿があった。

「ユースケ」

 ホッとした表情で目を細めるクラウは、いつものラフなシャツ姿ではなく、襟元の詰まった濃グレーの上下を着ていた。背中にはいつもの黒マント。それは祭の正装なのだろう。
 聖剣を抜いて民衆の前で舞うというクラウ。その聖剣が抜けるかどうかは分からないが、とりあえず今は目覚めた状態の兄の姿に安堵あんどするばかりだ。

 対してメルは久しぶりのカーボの青いワンピースに大剣を背負って「ユースケ」と笑顔を見せてくれた。

「では、私はこれで」

 早々に立ち去ろうとするティオナを、俺は「ちょっと待って」と呼び止める。
 「何だい?」とゆったり振り返るティオナ。これは、俺がずっと気になっていたことだ。

「ティオナ様、貴女は俺の敵なんですか? 味方なんですか?」

 彼女は『次元のはざま』を護る番人だ。俺に協力的な言葉を掛けながらも、彼女がハイドとも繋がっていることは、隠す素振そぶりもなく本人から聞いている。
 ティオナは右手を自分の腰に添えて、にんやりと口角を上げた。

「私は中立だって言っただろう? 私は私さ。さぁ、ユースケ。かせを外してやる。あとは後悔しないように生きな」

 --『当日が来たら、お前の枷を外してやる。そうしたらもう見届けろなんて言わない、好きなようにすればいいさ』

 彼女の言葉の謎を、俺はいまだに解くことができなかった。

「枷、って。俺は、どうすれば……」

 ティオナはクラウに向けて深く頭を下げると、その答えをくれぬまま静かに部屋を後にした。
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