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10章 前時代を生きた記憶

105 猫耳とハイレグ

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 俺は別に彼女のことが好きなわけじゃないけれど、迎えに来たのが彼女で嬉しいと思ったし、俺が初めて城へ行った日のことを重ねて、彼女が来るんじゃないかと期待していた。

「マーテルさん!」

 にっこりと笑んだ彼女の表情に疲れが見える。
 今日は城を修復させるという一大イベントの日だ。セルティオの襲撃からまだ日が浅く、彼女はきっと疲労困憊ひろうこんぱいだろう。わざわざ送迎なんて雑用をしなくてもと思うが、「働きすぎてぶっ倒れるなよ」と心配するゼストに「城に居るよりマシよ」と苦笑した。

「ユースケ、貴方も馬鹿ね。こんな時にわざわざ戻って来ることなんてなかったのに」
「俺は、それでも向こうに一人でなんかいられません……」
「最初会った時から、貴方はそうね。クラウ様がそれで良いというなら、この結末をちゃんと見届けていくといいわ」

 マーテルはシーラを見つけて「なぁに、それ」と眉を上げた。
 じっと見つめた視線がじわりと歪んで「可愛い服ね」と目を細める。

「またゼストが仕入れてきたの?」
「そぉにゃんです。向こうにいるモンスターだそうですにゃん」

 「カーボみたいなものかしら」とシーラの猫手を真似するマーテルに、

「お前も着たいなら向こうから持ってきてやろうか?」

 と、ゼストが提案する。
 「ホント?」と笑顔を見せたマーテルは、思いのほか嬉しそうだ。
 シーラより顔一つ分背の高い彼女の猫コス姿を想像すると、どうしてもグラビアポーズになってしまう。胸はないが、申し分ないその外見に男なら一瞬で魅了されてしまうだろう。

 けれど、おかしい。
 今着ているハイレグだって十分に魅力的なはずなのに、最初公園で見た時の興奮が俺の中で半減している。この大胆な非日常的ハイ・レグ・カットこそが、俺の中で日常になりつつあるということだろうか。

「慣れちゃダメだ」

 現実を悟った俺は、慌ててその言葉を繰り返した。ボソボソと呪文詠唱でもするような俺に、ゼストが「いいんだよ」と笑う。

「飽きたら別なのを着せりゃあいいじゃねぇか。飽きるってことは、堪能したってことだぜ」
「まぁ、そうですね」
「マーテルさんも似合うと思うけど、僕はリトさんも似合うと思うよ。いっそのこと、親衛隊の制服をコレに変えちゃったらいいんじゃない?」

 ヒルドのセクハラな提案にも、まんざらでもない空気が流れる始末だ。
 本当に、親衛隊はお気楽だなと思う。こんなんだから、昨日ゼストに聞いた話が嘘のように思えてしまうのだ。

「じゃあ、そろそろ」

 俺は、急に真面目な表情でみんなを促したマーテルの声に、慌てて身支度を整えた。

 階段を駆け上って、荷物をまとめて鏡の前に立つ。
 自分をちゃんと見たのなんて久しぶりだ。
 剣を差した姿は、自画自賛するほど様になっているようには見えなかった。
 ちょっとこそばゆくて恥ずかしい。けど、「頑張れよ」と応援してみる。

 下に下りると、マーテルとヒルドは既にトード車へ乗り込んでいた。彼女が城から来るときに乗ってきたもので、俺がメルと山へ行った時と同じ屋根のない荷馬車型だ。

「そういえば魔法師って、人を魔法で移動させることはできないんですか?」

 前にジーマと戦った時、治癒師として駆けつけたリトさんは、何もない場所に突然現れたのだ。

「次元のはざまになら飛ばせるが、地上から地上だと本人しか動けねぇよ。色々面倒でな。この間の酒場みてぇに、元々魔法体質のメル一人ぐれぇならどうにかなるんだが」

 この世界に来てから、何度もトード車で移動をしている理由はそんな事らしい。
 そろそろ行かねばと思って「分かりました」と玄関へ向いた俺を、ゼストが「なぁ」と呼び止めた。

「はい?」
「昨日話しただろ? 範夫のりおが初めてこっちの世界に来た時、俺が驚いたって話。けど、俺は及川と城で会った時も心臓飛び出るかと思ったし、お前が追ってきたって聞いた時は寝込みそうになったんだからな」
「そんな大袈裟な。俺は美緒を追ってきただけです」
「いや、凄ぇことだよ。お前が実の兄であるクラウに会ったことも、及川を追ってここに来たことも、全部お前が起こした奇跡なんだからな? お前はお前の思うままに、これからも運命にあらがって及川と二人であっちの世界へ戻れ。いいな?」

「先生みたいなこと言うんですね」
「先生じゃねぇか」

 馬鹿だなぁと笑って、ゼストは先にトード車へ乗り込んだ。
 俺は後ろに居た猫姿のシーラに頭を下げて、店を後にする。

 トード車のむちを取るのは何故かヒルドになったらしい。疲労気味のマーテルからゼストが鞭を奪い取ったものの、傷口を考慮しての交代という事だ。
 ヒルドも「このくらい僕に任せてよ」と得意げだ。

「私でも構わないわよ?」
「お前は今日の主役だからな。ただでさえ寝てないんだろうから休んどけ。それに、お前の運転だと傷に響くんだよ」
「ちょっと何よ、その言い方」

 確かにマーテルの荒い運転では、傷口さえ開きかねない。
 そんな親衛隊二人の口論もすぐに止んで、ヒルドは見送るシーラに大きく手を振ってからトードに「行くよ」と鞭を振った。

 本人が言う通り、トード車は無難に何の問題もなく城の方向へ進んでいく。
 ヒルドがチラリとマーテルを振り返って、城の様子を伺った。

「僕が向こうの世界に飛んだ時はハイドが放った炎で城の半分が焼けていたけど、あれからもっとやられてる?」
「いいえ、そのままよ」
「焼けた、って。美緒は無事なのか?」

 半分燃えたなんてサラリというが、尋常じんじょうな話ではない。それなりの被害は覚悟しているが、実際目にしたら冷静でいられるだろうか。

「ミオには今朝会ったわ。怪我もしていなかったわよ」
「良かったぁ」

 俺は脱力するように安堵する。マーテルは「けど」と急に神妙な顔で呟いて、うつむいたまま深いため息を漏らした。

「私がミオをこっちの世界に連れて来た事うらんでる?」

 気にしていたのだろうか。俺は「いや」と即答した。

「マーテルさんが居なかったら、俺はきっとクラウが兄さんだってことも、美緒の背負ってきた涙の意味も知らないまま、爺さんになって死ぬところだった。だから感謝してる。ありがとな」

 向かいの椅子で「ごめんなさい」と頭を下げたマーテルは、まるで深い沼の底に沈み込んだ様な顔をしている。
 その表情の意味も分からないまま、俺は次第に見えてきた城の被害の全貌に呆然ぼうぜんと息を呑んだのだ。


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