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10章 前時代を生きた記憶

104 彼女が迎えにやってきた

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 翌朝、俺はその泣き声で目が覚めた。

「うっ、うっ……」

 寝室はベッドもソファも空になっていて、俺は何事かと朝日の差し込む階段を駆け下りた。

 可愛い女子が泣きじゃくっている声かと言えば、そうじゃない。
 誰の泣き声か予想したところでヒルド以外に思い当たらず、次第に大きくなる声に確信をもって店へ通じる扉を押し開けた。

「可愛いよ、シーラ」

 心を締め付けられるような悲しい展開さえ予想したが、そんなんじゃなかった。
 目を疑うような絶景が飛び込んできて、俺までもが「うわぁぁお」と大声を上げてしまう。

 ここは鍛冶屋かじやだったはずだ。壁際に並んだ武器はそのままなのに、店を間違えてしまったのかと数度瞬いて、俺は目の前の女性に目をらした。

 背格好や髪の色はシーラに間違いない。
 けれどトレードマークだと思っていたおさげ髪ではなく、フワフワ金髪のロングヘアに猫耳がぴょこんと生えている。服はフワフワと起毛の付いた、茶色い超ミニのワンピース。そして同布の手袋と靴下に長いしっぽがお尻からぶら下がっているのだ。

 平常心を保てそうにないので、下着事情は考えないでおく!
 それでも十分に俺の心臓を鷲掴わしづかみにしてくる、猫のコスプレ服だ。猫なんて居ないこの国で、コレを自分の店の従業員に着せるだなんて。

 ヒルドが涙するほどの可愛さで、シーラが、

「ユースケにゃん、おはようにゃん、なのですにゃん!」

 と、猫手ポーズで俺に挨拶してくる。感極まりないとは、この事だろう。

「にゃん、って。シーラさん……」
「ゼスト様が、「にゃん」って言うと、ユースケさんたちが喜ぶだろうから、ってにゃん」
「ふふん、いいだろう? グッとくるだろう?」

 ニヤニヤと勝ち誇った顔のゼストに、俺は敗北を込めて大きく頭を前に振った。
 親衛隊のハイレグといい、ゼストのセクハラはどんどんエスカレートしているが、本人たちがそれほど嫌がっていないので、それはそれで良いかなと都合よく考えてしまう。

「何て格好させてるんですか」
「好きだろ?」
「……好きですけど」
「じゃあ、いいじゃねぇか。仕事なんてのは楽しい方がいいんだよ。それに、スクール水着ってわけにゃいかねぇだろ?」
「当たり前ですっ! こんな格好で店番させて、心配じゃないんですか?」
「シーラが? あっはは」

 突然笑いだすゼストに、シーラが「ひっどおいですにゃん」とくちびるとがらせる。
 こんな可愛い子が、こんな短いスカートで生足を出して、耳としっぽをつけて一人で店番をしていたら、絶対に悪い大人が現れるはずだ。
 しかし、ゼストは両手を横にひらひらと大ぶりに動かして、「ないない」と否定した。

「こう見えてもシーラは魔法師だ。しかも希少な獣師けものし。モンスター使いって言うと分かるか? ハイド様と一緒だ」
「ええっ。あの人もそうなんですか」

 だからハイドはセルティオの大軍を操ることができたのか。それが周知の事なら、あの騒ぎを起こしたのが彼だという事は、みんなが予想できたという事だ。

「メルーシュの時もそうだったが、厄介な奴らだぜ」

 メルーシュが暴走した戦いで、クラウは100匹のジーマを一人で倒したらしい。

「けどそれって、メルが仕掛けたって聞いたような」
「魔王の力はオールマイティよ」

 そりゃあ、その力で戦争をしたくなる国民の気持ちも分からなくはないなと思ってしまう。
 「スゲェだろ」と自分の事のように胸を張ったゼストが、急な痛みに胸を押さえた。
 いつものタキシード姿だが、シャツのボタンは開けたままだ。隙間から覗く包帯が痛々しい。

「大丈夫なんですか?」
「いや、まだ痛ぇよ。けど傷は塞がってるし、最初の日に比べたら大分マシだ」
「別に無理してその格好じゃなくても」
「今日はこの方がいい」

 そう言ってゼストは、片手に持っていた黒いマントを羽織った。

「シーラ、持ってきてくれるか?」
「はぁいにゃん、ゼスト様にゃん」

 少々「にゃん」の使い方が間違っている気もするが、可愛いから問題はない。
 弾んだ足取りで奥へ行ったシーラは、2本の異なる剣を両手に抱えて戻ってきた。

「ユースケさんにゃん、どうぞにゃん」
「ありがとう」

 昨日、シーラが探してくれていた俺の剣のようだ。
 その片方を渡されて俺が「こんな感じ?」と両手に構えると、ヒルドが「うわぁ、かっこいいね」と素直に褒めてくれた。
 最初に見立ててもらった剣とは見た目が大分違って、両手で握りしめても余るくらいにつかの長さに余裕があった。前のよりも大分軽く感じるのに、見た目は重厚だ。

「今店にある剣の中じゃあ良い方だぜ。馬の耳に念仏じゃなくて……何だっけか」
「まさか豚に真珠って言いたいんですか?」
「それだ!」

 聞き慣れない単語に、ヒルドが「ぶた?」と首を傾げる。

「向こうの世界のモンスターだよ」

 こっちは動物が全部『モンスター』でくくられている。
 そして酷い言われようだ。

「宝の持ち腐れってことだな」
「その言葉は通じるんですか」

 柄の部分が長いせいで、腰に差すと何度も腕に当たった。「慣れますにゃんよ」と言ってくれたシーラの言葉を信じるしかなく、「ありがとう」と笑顔を返す。
 シーラは次にもう一本の剣を「どうぞにゃん、ですにゃん」とヒルドに渡した。

「僕に?」
「この間打ってやるって約束しただろ?」

 「あぁ」と手を打つヒルド。確かにこの間ジーマ退治の後に、二人はそんな会話を交わしていた。

「けど今はちょっと時間がねぇから、昔作ったやつをやるよ」
「えっ、売れ残りなの?」
「やっぱやらねぇ」

 ストレートなヒルドの発言に、ゼストが眉をびくりと震わせた。
 ヒルドはそんなこと気にせず、いつもの調子で続ける。

「いやいや、いただくよ。君の打ったものなら間違いはないんだろうから。けど、大分センスがないね。ユースケのよりシンプルじゃないか」

 そりゃあヒルドの腰にぶら下がった剣に敵うデザインなんて滅多にないだろう。それでも初心者用に比べたら天と地の差だという事は素人しろうとの俺にもわかる。
 ゼストはヒルドの態度に怒りをチラチラとにじませながら、両腕を組んだ。

「刃は良くできたと思うんだが、柄がいまいち気に入らなくてな。どうせその趣味悪いやつ付けるんなら、ちょうどいいと思ってよ」
「鍛冶師の良し悪しは柄のデザインで決まるわけじゃないから、仕方ないね」

 悪意のない笑顔でそんなことを言って、ヒルドは腰の剣を差し替えた。元々そこにあったギラギラと光るそれを、シーラの前に突き出す。
 悪趣味に散りばめられた宝石は、一つ一つ丁寧にヒルドが『デコ』ったものだ。

「じゃあ、こっちはしばらくここで預かっておいてくれる? 落ち着いたら取りに来るから。僕の使う剣は、どれも僕が丹精込めた芸術品だからね。この新しいのも、いずれ僕好みの剣にするよ」

 何だか恋人のように語るヒルドの声を遮るように、店の扉が慌ただしく開く。
 どうやら早々と約束の『迎え』が来たらしい。
 思いもよらぬ彼女の登場に、俺は「ああっ」と喜んでしまった。
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