上 下
77 / 171
8章 刻一刻と迫る危機

77 僕たちは戦友だ

しおりを挟む
「コイツはどんな奴なんだ?」

 セルティオの正面で剣を構えるメルの後ろで、俺はやや遅れ気味に剣を抜いたヒルドにそっと尋ねた。
 彼が怯えているのは、このモンスターの強さを知っているからだろう。
 俺は視線をセルティオに向けたまま『こっちにくるな』と必死に念を送り、り足でヒルドに近寄った。

 セルティオには手がないから、攻撃といえば体当たりくらいしか予測できなかった。
 俺の倍はあるだろう横幅に、2メートルほどの背。動くたびにボヨヨンとたわむ肉厚の身体に跳ね飛ばされたら、俺の身体がボールのように飛んで行ってしまいそうだ。
 それ以外に考えられると言えば魔法だが、ヒルドはキラキラの剣を何度も握り直しながら、「魔法は使わないよ」と説明した。

「コイツは口から毒性の強い粘液ねんえきを吐き出すから、当たらないように気を付けて」

 何だって面倒な特性だ。
 それは、つばを吐きかけるような攻撃ってことだろうか。
 感情のない赤色の丸い瞳。今までに俺が見てきた獰猛どうもうな野獣たちとは様子が違う。
 モンスターというより、妖怪だ。

 魔法の効かないセルティオ一体に、剣師三人という構図は俺たちにとって優位なのかどうかも分からないが、最初に攻撃を仕掛けたのは既に戦闘モードにあったメルだった。
 彼女にはもう俺たちの声なんて耳に入っていないのかもしれない。これは彼女にとって、あまり良くない状況だと思う。

 それでも俺は「いけぇ」とエールを飛ばした。
 ヒルドもまた表情を変え、白い巨体を挟むようにセルティオの向こう側へ走った。

 メルの剣がセルティオの左足を斜めに切りつける。これで動きを止められるかと、俺は「よっしゃ」と歓声を上げるが、深く付けた筈の赤い傷跡は、白い肌ににじんであっという間に消えてしまう。
 次にセルティオがターゲットをヒルドに変えて、くるりと身体をひねらせた。

「来るか、お前……僕をやろうってのか?」

 ヒルドの引きつった顔に、セルティオはにやりと口角を上げる。
 笑っているのだろうか。
 メルがヤツの背中をもう一度切り付けるが、やはり与えるダメージは少ない。

「何か方法はないのか?」
「この子は魔法が苦手なの。けど、今はそれができないから」

 ついさっきまで彼女の暴走を阻止せねばと思っていたのに、緋色ひいろの魔女がいてくれればいいのにと思ってしまう。
 そうしたら、バルコニーから見たような魔法で圧勝できるのかもしれない。

 けど、それは駄目だという理性はまだ俺に残っている。

 唇のないセルティオの口が細く開いた。
 その毒液とやらを吐き出すのかと息を飲んだ俺は、ヤツの黒い口内から現れた舌に驚愕きょうがくする。
 血で染めたような真っ赤な舌が、ベロリと粘膜を巻き付けて、ヒルド目掛けて飛び出たのだ。

「ヒィィイイ」

 涙交じりのヒルドの悲鳴。
 舌はその身体とは見合わない程に長く、意識を持つように右へ左へと旋回せんかいしてターゲットを襲った。
 それはセルティオの背よりも長い。下に落ちれば地面に余裕で付く長さだ。
 何度も叫び声を上げながら、ヒルドがすんでのところで舌をかわしていく。

 メルがその間に素早く入り込んで、高く飛び上がる。彼女の剣の切っ先が、セルティオの目を突き刺した。
 10cm程めり込んだ所でカツンと硬いものに当たる音がして、メルはすぐに剣を引き抜く。瞳からあふれた鮮血が幾数もの線を引くように白い身体を染め落ちていった。

 セルティオは「グオゥ」とうなり、舌を一旦いったん口へと戻す。
 潰れた目のダメージで、巨体が動くたびにフラフラと揺れた。
 今度こそいけるか? と俺は思ったが、やはりそう上手い流れにはならない。

 「こっちよ」と呼んだメルに攻撃相手をシフトさせたセルティオが、彼女へぐるりと巨体を回す。それがグラリとかしいで、側に居たヒルドにぶつかった。

 「うわぁ」とボールのように弾き飛ばされたヒルドが数メートル先の地面に叩き付けられて、俺は急いで駆け寄った。

「大丈夫か、ヒルド」
「痛ぁい」

 悲痛の表情で左腕を押さえるヒルド。
 俺たちの背後では、メルがセルティオを相手に苦戦中だ。メルの剣で致命的なダメージを与えられないところを見ると、俺が戦った所で邪魔にしかならない気がした。
 山での失態を思い出して、じっとしているのが俺にとっての最善策だと思うのに、何かしなければという気持ちも湧いてしまう。

「ユースケはヒルドの側に居てあげて」

 メルが肩越しに俺へそう言った。
 それなのに、俺は今まで抜けなかった剣を軽々と引くことが出来た。

「駄目だよ、ユースケ!」

 痛みに顔をゆがませながら、ヒルドはのっそりと起き上がる。「あぁ、こんなに汚れちゃったじゃないか」とブツブツ言う余裕はあるようだ。
 俺はセルティオを見据えて、

「なぁヒルド、俺たちは剣師なんだろう? だったら一緒に戦わねぇか?」

 何の根拠もない自信がどこから湧いてきたかなんて自分でも分からない。
 ヒルドは少しだけ驚いた表情を見せてから、「何それ、当たり前じゃない」と吹き出すように笑い声をあげた。

「でも、嬉しいよ。僕たちは戦友だからね」


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)

@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」 このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。 「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。 男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。 「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。 青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。 ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。 「カクヨム」さんが先行投稿になります。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う

月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!

処理中です...