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8章 刻一刻と迫る危機

75 ヤツが死んだら、俺は。

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 混乱した人の流れを逆らって自分の部屋へ戻ると、ちょうど身支度を整えたメルとヒルドが中から飛び出してきた。

「ユースケ、良かった。ここに居たのか」
「こんな時間に何があったんだ?」
「僕にも訳が分からないんだよ」

 酔ったまま爆睡していたヒルドは、まだ酔いが抜けていないようだった。
 辛そうに歪めた顔に「大丈夫か?」と声を掛けると、いつもの元気さを無理矢理引き出して「当たり前だろう」と笑う。

「ユースケはミオたちと逃げた方がいいんじゃないかしら」

 不安気なメルの声を掻き消すように、ピーと高い音が長く響き渡る。
 彼女の心配を受け止めつつも、俺は「いいや」と首を振った。
 
「メル、俺も行かせてくれ。お前こそ、みんなと逃げてもいいんだぞ?」

 どう考えても俺の方が役に立たないことは分かっているのに、そんなことを言ってしまう。
 ハイドのメルを見る視線が物語っていたように、この城には緋色の魔女を好意的に思っていない人間が他にもいるかもしれない。だから、彼女をここであの姿に戻すわけにはいかないと、俺は直感的に感じてしまう。

「襲撃ってことは、人かモンスターと戦わなきゃいけないってことだよね」
「そうよ。だから、私が戦わないわけにはいかないわ」
「だったらユースケの意見は一理あると思うよ。メルは本気で戦うと前王の姿に戻っちゃうかもしれないでしょ? メルの強さは心強いけど、大人しくしてた方がいいんじゃないかな」

 発動条件が『本気で戦う』かどうかは不明だが、ヒルドのお陰でメルは少し考える素振そぶりを見せた。

「それに、ユースケも無茶しないで。自分の力を過大評価しちゃダメだからね」

 こんな時に、やっぱりヒルドは大人だと思えるが、まさかコイツにこんなことを言われるとは思っていなかった。

 廊下の喧騒けんそうが遠退いていき、奥からゼストが「お前たち」とせわしく声を張り上げて駆け寄って来た。
 ゼストは俺たちの様子を見るなり、

「戦う気か? お前等には無理だぞ」

 意気揚々と戦場へ行こうとする俺たちを見透かして、あっさりと否定する。

「ゼスト、何があったの? 誰かが狙われているの?」
「分からん。けど、城に無数のセルティオが入り込んできた。メルには楽勝かもしれねぇが、ここでは大人しくしてくれるか?」
「ええっ? セルティオだって?」

 俺には全く予想もできないが、相変わらずのヒルドの様子で相手がヤバい奴だってことは分かる。

「セルティオ、って。どうして? 城にはモンスターが入れないようにしてる筈でしょ?」
「そうだ、入れない筈なんだよ。だから色々怪しくてな」

 顎に手を添えて首を傾げるゼストに、メルが焦燥焦燥を浮かべて再び部屋へ入り込んだ。
 俺たちは慌ててその後を追う。おもむろに開かれた格子戸の扉からバルコニーへ出て、俺は言葉を失った。

 ここは魔法の世界なのだと再確認させられる。

 庭のほぼ真ん中で、メラメラと半球体にせり上がった緋色の炎が、俺の目の高さまで大きく膨れ上がる。それが一瞬黒く姿を変え、轟音とともに散っていくのが見えた。
 突き上げる衝撃がここまで伝わってきて、俺は慌てて手すりを掴む。

 あの場所に居たらひとたまりもない。
 その後もあちこちで起こる赤や青の光の攻撃に死の予感を感じて、俺は震え出す足を踏ん張らせた。

「城の剣師や魔法使いが、総出で戦ってる。モンスターが暴れているとはいえ、奴らが意味なく群れることはないからな。黒幕が居るはずだ。その狙いがメルか、クラウか、他の誰かか読めない以上、メルを一人にするわけにはいかん」

 俺は見たままにハイドがそうかと予感したが、確証など何もなく口にすることはできない。

「美緒は大丈夫ですよね?」
「女子はクラウと一緒だ。リトやマーテルと一緒に中央廟ちゅうおうびょうに向かってる」
「庭を通って?」

 中央廟は、まさに今戦闘が起きている庭の向こうにある。

「あいつらが付いてりゃ大丈夫。それに、この城が無事かどうかはわからんが、あそこの地下ならお前の世界で言うシェルターみたいなものだからな」

 美緒の無事も気になるが、俺はふと、俺の保管者がクラウであることを思い出した。
 保管者が死ぬと、元の世界で消えてしまった転生者の存在を戻すことが出来なくなってしまうのだ。
 だから、美緒が俺を心配するように、俺もクラウに死なれたら困る。
 急に不安になってきて、答えを求めるようにゼストを見やると、彼は急にメルの前に膝を折って、

「これが正しいのかどうかは分からないんだけどな」

 そう切り出したのだ。

「メルはこの城に抜け道を通って来たんだろ? それを使ってユースケとヒルドを連れて避難して欲しい」

 城へ来た俺を追って、メルとヒルドが使ったという『抜け道』。
 それはゼストも知らない前王メルーシュの記憶が示した道だった。

「ゼストは一緒に行かないの?」
「一緒について行きたいところだが、敵に対して絶対的に戦師せんしの数が足りん。俺は俺の仕事をさせてくれないか?」

 メルはすぐに返事をしなかったが、俺はヒルドと声を合わせ、「行こう」と彼女を促した。
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