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8章 刻一刻と迫る危機
70 その涙の理由を、俺は知らない。
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ついさっきまで美緒の怒りに怖気づいていた俺が、彼女の寂し気な顔に心配を募らせる。
この世界に来る前までの俺は、そこが自分の場所であるかのようにいつも彼女の隣を歩いていたのに、半歩遅れて進む自分の足がやたら重く感じた。
俯きがちに歩いていく美緒はヒルドの『太陽の爆発』の前を横切り、さっき俺が中央廟に行くために通った扉を外に出たところで壁沿いに折れ、ようやく足を止めた。
すぐ上にはどこかの部屋のバルコニーが見えたが、そこにも庭にも人影はなかった。
藍色の空に星が光り始めて、部屋からの灯で逆光になってしまう美緒の表情は、こんなに間近にいるのにはっきりとは分からない。
壁を背にした彼女と向かい合って起きた、一呼吸分の長い沈黙。
「昨日はごめんなさい」
彼女の口から出たその言葉に、俺は耳を疑った。
「……えっ」
「昨日、言いすぎちゃってごめんなさい。それを言いたくて……」
まさか、謝られるとは思わなかった。
それだけ言って再び下を向いてしまう美緒に、俺は返す言葉を失ってしまう。
俺は美緒の保管者だ。保管者が死ぬと、転生者は元の世界で元通りの生活を送ることが出来なくなってしまう。
だから、彼女は俺に帰って欲しいのだと思っていた。
「俺がここに居ちゃ不味いんだろ?」
しかし肝心なことは答えず、美緒はだんまりしてしまう。
そんな、太股が半分以上出るような真っ赤なチャイナドレスを着て悲しそうな顔をされたら、俺はどうしてやればいいんだ?
「俺と一緒に元の世界へ帰るって選択はナシなのか?」
俺の本音を伝えてみるが、美緒は俯いたまま首を横に振って、「もう少し待って欲しいの」と呟く。
「それは構わないけど。俺はその間、この世界に居てもいいのか? 不味いのか? 俺はお前の保管者だから、死んで欲しくないんだろ? それって向こうの世界にいずれ戻るって話だよな?」
「戻るよ! そのつもりで来たんだよ?」
俺の腰にある剣を一瞥して、美緒は「でも」と囁く。
俺を見上げた彼女の目は、今にも泣き出しそうに潤んでいる。
涙を見たら、慰めたくなるだろう?
衝動的に持ち上げた手を、しかし俺は自分の腹の前で握り締める。
「お前は何のためにこっちに来たんだ? 本気でクラウのハーレムに居る気なのか?」
「そんな風に言わないで! クラウ様は、瑛助さんなんだよ?」
美緒が声を強めた。
(クラウを庇うのか? 俺じゃなくて)
「どうして、そこで泣くんだよ――」
彼女の瞳から、抑えきれなくなった涙がポロポロと零れた。
「俺に話せない事なのか?」
その涙の理由を、俺は知らない。
美緒は黙ったまま唇を噛んで、手の甲で何度も何度も涙を拭った。
「けど、俺だってお前がこんな風に泣いてるの、見てらんないんだからな?」
イエスともノーとも言わないが、それが彼女の答えだと理解して、俺は美緒の腕を掴んで、自分の胸へと引き寄せた。
泣き顔を傍観できる程、俺は美緒と浅い関係じゃないと思っている。
こんなこと初めてだった。
だから、それ以上俺は何もできずに、声を上げて泣き出した美緒をぎゅっと抱き締めて受け止めていたんだ。
この世界に来る前までの俺は、そこが自分の場所であるかのようにいつも彼女の隣を歩いていたのに、半歩遅れて進む自分の足がやたら重く感じた。
俯きがちに歩いていく美緒はヒルドの『太陽の爆発』の前を横切り、さっき俺が中央廟に行くために通った扉を外に出たところで壁沿いに折れ、ようやく足を止めた。
すぐ上にはどこかの部屋のバルコニーが見えたが、そこにも庭にも人影はなかった。
藍色の空に星が光り始めて、部屋からの灯で逆光になってしまう美緒の表情は、こんなに間近にいるのにはっきりとは分からない。
壁を背にした彼女と向かい合って起きた、一呼吸分の長い沈黙。
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彼女の口から出たその言葉に、俺は耳を疑った。
「……えっ」
「昨日、言いすぎちゃってごめんなさい。それを言いたくて……」
まさか、謝られるとは思わなかった。
それだけ言って再び下を向いてしまう美緒に、俺は返す言葉を失ってしまう。
俺は美緒の保管者だ。保管者が死ぬと、転生者は元の世界で元通りの生活を送ることが出来なくなってしまう。
だから、彼女は俺に帰って欲しいのだと思っていた。
「俺がここに居ちゃ不味いんだろ?」
しかし肝心なことは答えず、美緒はだんまりしてしまう。
そんな、太股が半分以上出るような真っ赤なチャイナドレスを着て悲しそうな顔をされたら、俺はどうしてやればいいんだ?
「俺と一緒に元の世界へ帰るって選択はナシなのか?」
俺の本音を伝えてみるが、美緒は俯いたまま首を横に振って、「もう少し待って欲しいの」と呟く。
「それは構わないけど。俺はその間、この世界に居てもいいのか? 不味いのか? 俺はお前の保管者だから、死んで欲しくないんだろ? それって向こうの世界にいずれ戻るって話だよな?」
「戻るよ! そのつもりで来たんだよ?」
俺の腰にある剣を一瞥して、美緒は「でも」と囁く。
俺を見上げた彼女の目は、今にも泣き出しそうに潤んでいる。
涙を見たら、慰めたくなるだろう?
衝動的に持ち上げた手を、しかし俺は自分の腹の前で握り締める。
「お前は何のためにこっちに来たんだ? 本気でクラウのハーレムに居る気なのか?」
「そんな風に言わないで! クラウ様は、瑛助さんなんだよ?」
美緒が声を強めた。
(クラウを庇うのか? 俺じゃなくて)
「どうして、そこで泣くんだよ――」
彼女の瞳から、抑えきれなくなった涙がポロポロと零れた。
「俺に話せない事なのか?」
その涙の理由を、俺は知らない。
美緒は黙ったまま唇を噛んで、手の甲で何度も何度も涙を拭った。
「けど、俺だってお前がこんな風に泣いてるの、見てらんないんだからな?」
イエスともノーとも言わないが、それが彼女の答えだと理解して、俺は美緒の腕を掴んで、自分の胸へと引き寄せた。
泣き顔を傍観できる程、俺は美緒と浅い関係じゃないと思っている。
こんなこと初めてだった。
だから、それ以上俺は何もできずに、声を上げて泣き出した美緒をぎゅっと抱き締めて受け止めていたんだ。
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