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7章 俺の12年と、アイツの24年。

66 過去の彼女を知る者

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 まさか彼女がティオナだとは思いもしなかった。
 直前の説明で「ババア」と言われちゃあ、さっき会った元老院のハイドと並ぶような老婆を思い出すだろう?

「ば、ばば、ばばば……」

 口を開いた途端「ババア」と口走りそうになった俺の脇腹を、メルの小さな手がギュッとつねった。
 突き刺されたような激痛に、俺が「ひょええ」とおかしな声を上げて身体をよじらせると、ティオナは怪訝けげんな顔を向けてくる。

「何が言いたいの?」
「い、いえ。美しいな、と」

 こんな時ヒルドなら上手い言葉がほいほいと出てくるのだろうが、俺は無理矢理引き出した『美しい』という言葉を伝えるのがやっとだった。
 大体、ゼストが『ババア』と言ったところで、俺はこの二次元嫁の姿しか知らないのだから、見たままを伝えればいいだけなのに、本当の姿をかんぐってしまう。
 そんな俺の動揺が伝わってか、ティオナは「お世辞じゃないの?」とそっぽを向いてしまった。

「ゼストから何聞いたか知らないけどね。外見で人を判断するのは良くない事だと思うよ」

 正体がバレた途端、ティオナの口調がアニメに出て来る老婆系になってしまった。きっとこれが彼女の『通常』なのだろう。

「そ、そうですよね。すみません」
「いやいや。いい歳して、それは若すぎるだろ」

 素直に謝罪する俺の言葉を軽く否定して、ゼストはティオナの前に立って、改めて彼女を足元からじっくりと見上げていった。

 股間スレスレまで割れたスカートから覗くほっそりした生足、留め具のない合わせの薄い上衣、貧乳は置いといて、最期に辿り着いたアイドル顔。どれをとってもマイナス点はない筈なのに、ゼストは段階を踏むように顔を歪めていき、気味の悪いものでも見るかのような表情をブルブルと左右に震わせた。

「自分を真っ向からちゃんと見て、受け入れろよ」
「お前に私の美意識をどうこう言う権利はないからね」

 びしいっと突き付けるティオナの言葉にも、ゼストは余裕顔だ。

「それにしても、うまく化けられるものだね」

 王子顔でさらりと毒を吐くクラウもどうかと思うが。
 「私の魔法は完璧だからね」と頬に手を当ててうっとりするティオナを見て、俺はふと沸いた疑問を投げた。

「もしかして、チェリーがこの世界に来た時、ティオナ様はその姿だったんですか?」
「チェリー? あぁ、あの綺麗な男のことかい?」
「はい。チェリーがティオナ様のことを美人だって言ってたんで」

 「へぇ」と嬉しそうに眉を上げるティオナ。

「いや、この姿になったのは今日が初めてだよ」
「そうなんですか!」

 「きゃあ」とはしゃぐティオナに、ゼストがこっそり「うへぇ」と表情を歪めた。
 客商売という商売柄かもしれないが、チェリーはきっと本当に彼女をそう思ったんだろう。

「いいこと言うね、あの男。何か称号でも与えてやろうか」
「オイ! そんなのお世辞だっつうの。それに、アイツのこと男だって分かってたなら、リトの事止めろよ。おかしいだろ? アイツとこっちで会った俺が、どんだけ驚いたかわかってんのか?」
「そんなの知ったこっちゃないよ。色んな人がいていいじゃないか。ねぇ、クラウ様」

 急に会話を振られて、クラウは「そうだね」と答えた。そして、「そろそろ行こうか」と奥を指差してみんなを促す。
 会話が止んだところで、すかさずメルがティオナの前に出て頭を下げた。

「ティオナ様。今日はお目にかかれて光栄です」
「メルーシュ様でしょう? 私にそんなお言葉、もったいのうございます」

 同じく頭を下げるティオナに、メルは慌てて「そんな」と顔の前で何度も手を振った。
 小さく笑ったティオナが「わかりました」と頷いて、先を行くクラウの横へ駆け寄った。

 建物の外観からは分からなかったが、中央廟ちゅうおうびょうには地下があって、そこにティオナの居場所である『中枢ちゅうすう』とやらがあるらしい。
 薄暗く細い階段を歩きながら、俺は小声でゼストに声を掛けた。

「ティオナ様と仲が良いんですね」
「うちの爺さんが、メルの親衛隊だったからな。連れられて何度も来てるうちに話すようになったって言うか。ガキん時からだからな」

 魔王の親衛隊は世襲制せしゅうせいだという。
 「なぁ」とゼストが声を掛けると、メルが「昔のヒオルスは覚えていないけど」と申し訳なさそうに言う。ヒオルスってのがゼストのお爺さんの名前らしい。

「俺の爺さんのメル愛は凄いぜ」

 それを聞いて俺は「へぇえ」と想像を巡らせた。
 今の魔王は、メルではなくてクラウだ。過去にメルがクーデターに遭い、魔王の地位から退位した時、親衛隊とメルはどんな別れをしたのだろうか。

   ☆
 そして俺たちは中央廟の中枢へと足を踏み入れた。
 入口の扉が、『次元の間』にある門とよく似ていた。
 俺たちは地下に居る筈なのに、中央廟の入口がそうであったように、天井がドーム型に丸くくぼんでいて、ティオナの髪の色と似た青白い光がぼんやりと光っている。

「ここが……」

 教会にでも来たような神秘的な様子に、俺はちょっと感動して声を出してしまった。
 部屋の真ん中まで進んだティオナが、俺たちを振り返ってにっこりと笑う。

「貴方たちは過去が知りたくてここに来たんだろう? いいよ。それならクラウ様がこの世界に来た時のことを話そうか」

 どこからか吹いた風が彼女のスカートを足元からフワァっと左右に舞い上げる。突如あらわになった生足美脚に、俺は思わず見入ってしまった。

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