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7章 俺の12年と、アイツの24年。
59 持ちかけられた選択への返事は
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俺の兄貴・速水瑛助は俺の二歳年上で、生きていたら17歳の高校三年生だ。
けれど、それは元居た俺の世界での話。この異世界では時間が二倍の速さで過ぎていく。
目の前にいる魔王クラウザーは、どうみても20代半ば――つまり単純に計算すると、
「29歳なのか?」
「そうだよ」と即答されて、俺は「そうか」と困惑してしまう。
予想よりだいぶ上だった。何よりも25歳のゼストやヒルドより4つも年上だという事に驚く。どう見ても逆だ。
「歳なんて、気にすることじゃないよ」
速水瑛助が死んでから向こうで過ぎた時間は12年。俺が生きたその12年と並行して、瑛助はクラウとして倍の24年をこの異世界で送ったことになる。
異世界に来るという事は、ただの旅行気分ではいられないらしい。
ひしひしとそのリスクを実感しつつ、俺はさっき告げられた事実について、再度頭を整理しなければならなかった。
クラウが俺の『保管者』だということ。
・向こうの世界の人間がこの異世界に転移すると、向こうでの存在が抹消される。
・こっちの世界へ転移した人間は『転生者』と呼ばれる。
・転生者が元の世界に居た事実は、唯一『保管者』の記憶に保管される。
そう、その仕様だ。
俺は美緒の保管者だから、異世界に行ってしまったアイツを忘れなかった。
そして、もう一つ重要なポイントがある。
転生者が元の世界に戻る前に保管者が死んでしまった場合、保管されたものは全て消失し、元の世界での居場所を失ってしまうのだ。
つまり、俺が戻る前にクラウが死んでしまった場合、元の世界の俺は生まれていなかったことになってしまう。
「クラウ。この世界は平和なのか? お前、命狙われたりしてないよな?」
王様ってのは時に命を狙われるものだと、俺は色んな本や映画で学習している。
「大丈夫。この国はそんなに物騒じゃないよ」
笑いながらクラウは答えるが、10年前に魔王を狙ったクーデターが起きて、この国が戦場になったことを俺は知っている。
どうして俺の保管者はどうでもいいような奴じゃないんだ?
よりによって、一番命を狙われそうな奴だ。
こんなことなら、俺の弟とかで良かったのに。
美緒が俺に帰って欲しいと言ったように、俺がこの世界に居る間、クラウに死なれては困るのだ。
「気になるなら、あっちの世界に帰してあげようか?」
クラウが突如口にした言葉は、甘い誘いのように聞こえた。
美緒に言われた通り、向こうに戻って彼女を待ち続けた方がいいのかと思ってしまう。
「戻りたい気持ちはあるけど、今はやめとく。美緒がいつお前に愛想尽かして帰って来るか分からねぇし、一人寂しく待ってるのも嫌だからな。日数が伸びる程、俺とアイツの年齢が広がるんだろ? アイツだけ年取るなんて勘弁してくれ」
「そっか。確かに、そういう事だよね」
「俺はメゲずに美緒を説得する。だからお前も死ぬなよ? 毒なんて盛られるんじゃないからな?」
毒殺も過言ではないと思ってしまう。ここは、魔法や剣が日常的にある世界だ。
「分かったよ、ユースケ」
「あと――」
俺は頭を整理しながらフェンスに両手を掛けてもう一つの疑問をぶつけた。
「俺みたいに向こうから来た奴は『転生者』って呼ばれてるんだろ? 転生するって言葉は、向こうじゃ死んで異世界に行くことを言うんだよ。俺はまだ生きてるよな?」
「へぇ。それって僕のことだね」
あっけらかんと答えるクラウ。
「そういうことだと……思う」
交通事故で死んだ主人公が、実は異世界で生きているというクラウのパターンは、まさに『異世界転生』の法則に乗っかっている。
「大丈夫。ユースケや女の子たちは、今は存在ごと消されてるけど、ちゃんと戻れるから心配しないで。ただ、僕はもう向こうの世界で君の兄として生きることはできないんだ。僕はゼストたちと違って、向こうへの滞在時間にも制限がかかってる」
クラウは「僕とユースケは違うってことだよ」と笑った。
転移と転生。
この曖昧な言葉のせいで、俺は今朝からモヤモヤとしていた。
「後悔はしてないのか? こっちで魔王になったこと」
初めて会った日、クラウはこんなことを言っていた。
――「僕は生まれながらの魔王じゃないんだ。ただ、昔タブーを犯してしまって、それが逆に先代に気に入られて、今の地位を与えられたんだ。死ぬ思いで得た力だからね……」
俺がのほほんと向こうで毎日を過ごしている時、コイツとメルの間に何があったんだろう。
その話もいずれ聞けたらと思う。
「僕はあっちの世界から来たことを覚えているし、そのせいで色んな人間の色んな顔を知ることが出来た。ここは僕にとって本来の居場所じゃないのかもしれないけど、戻ろうって気持ちはないんだ。大変な時もあるけれど、僕はこの世界が好きだからね」
クラウは空を仰いだ顔を俺に向けて、寂しそうに笑った。
「けど、僕が何者かを教えて欲しい」
「長くなるぜ」
そう言って俺は、部屋の中を指差した。
「じゃあ、昼の食事を持ってこさせようか」
けれど、それは元居た俺の世界での話。この異世界では時間が二倍の速さで過ぎていく。
目の前にいる魔王クラウザーは、どうみても20代半ば――つまり単純に計算すると、
「29歳なのか?」
「そうだよ」と即答されて、俺は「そうか」と困惑してしまう。
予想よりだいぶ上だった。何よりも25歳のゼストやヒルドより4つも年上だという事に驚く。どう見ても逆だ。
「歳なんて、気にすることじゃないよ」
速水瑛助が死んでから向こうで過ぎた時間は12年。俺が生きたその12年と並行して、瑛助はクラウとして倍の24年をこの異世界で送ったことになる。
異世界に来るという事は、ただの旅行気分ではいられないらしい。
ひしひしとそのリスクを実感しつつ、俺はさっき告げられた事実について、再度頭を整理しなければならなかった。
クラウが俺の『保管者』だということ。
・向こうの世界の人間がこの異世界に転移すると、向こうでの存在が抹消される。
・こっちの世界へ転移した人間は『転生者』と呼ばれる。
・転生者が元の世界に居た事実は、唯一『保管者』の記憶に保管される。
そう、その仕様だ。
俺は美緒の保管者だから、異世界に行ってしまったアイツを忘れなかった。
そして、もう一つ重要なポイントがある。
転生者が元の世界に戻る前に保管者が死んでしまった場合、保管されたものは全て消失し、元の世界での居場所を失ってしまうのだ。
つまり、俺が戻る前にクラウが死んでしまった場合、元の世界の俺は生まれていなかったことになってしまう。
「クラウ。この世界は平和なのか? お前、命狙われたりしてないよな?」
王様ってのは時に命を狙われるものだと、俺は色んな本や映画で学習している。
「大丈夫。この国はそんなに物騒じゃないよ」
笑いながらクラウは答えるが、10年前に魔王を狙ったクーデターが起きて、この国が戦場になったことを俺は知っている。
どうして俺の保管者はどうでもいいような奴じゃないんだ?
よりによって、一番命を狙われそうな奴だ。
こんなことなら、俺の弟とかで良かったのに。
美緒が俺に帰って欲しいと言ったように、俺がこの世界に居る間、クラウに死なれては困るのだ。
「気になるなら、あっちの世界に帰してあげようか?」
クラウが突如口にした言葉は、甘い誘いのように聞こえた。
美緒に言われた通り、向こうに戻って彼女を待ち続けた方がいいのかと思ってしまう。
「戻りたい気持ちはあるけど、今はやめとく。美緒がいつお前に愛想尽かして帰って来るか分からねぇし、一人寂しく待ってるのも嫌だからな。日数が伸びる程、俺とアイツの年齢が広がるんだろ? アイツだけ年取るなんて勘弁してくれ」
「そっか。確かに、そういう事だよね」
「俺はメゲずに美緒を説得する。だからお前も死ぬなよ? 毒なんて盛られるんじゃないからな?」
毒殺も過言ではないと思ってしまう。ここは、魔法や剣が日常的にある世界だ。
「分かったよ、ユースケ」
「あと――」
俺は頭を整理しながらフェンスに両手を掛けてもう一つの疑問をぶつけた。
「俺みたいに向こうから来た奴は『転生者』って呼ばれてるんだろ? 転生するって言葉は、向こうじゃ死んで異世界に行くことを言うんだよ。俺はまだ生きてるよな?」
「へぇ。それって僕のことだね」
あっけらかんと答えるクラウ。
「そういうことだと……思う」
交通事故で死んだ主人公が、実は異世界で生きているというクラウのパターンは、まさに『異世界転生』の法則に乗っかっている。
「大丈夫。ユースケや女の子たちは、今は存在ごと消されてるけど、ちゃんと戻れるから心配しないで。ただ、僕はもう向こうの世界で君の兄として生きることはできないんだ。僕はゼストたちと違って、向こうへの滞在時間にも制限がかかってる」
クラウは「僕とユースケは違うってことだよ」と笑った。
転移と転生。
この曖昧な言葉のせいで、俺は今朝からモヤモヤとしていた。
「後悔はしてないのか? こっちで魔王になったこと」
初めて会った日、クラウはこんなことを言っていた。
――「僕は生まれながらの魔王じゃないんだ。ただ、昔タブーを犯してしまって、それが逆に先代に気に入られて、今の地位を与えられたんだ。死ぬ思いで得た力だからね……」
俺がのほほんと向こうで毎日を過ごしている時、コイツとメルの間に何があったんだろう。
その話もいずれ聞けたらと思う。
「僕はあっちの世界から来たことを覚えているし、そのせいで色んな人間の色んな顔を知ることが出来た。ここは僕にとって本来の居場所じゃないのかもしれないけど、戻ろうって気持ちはないんだ。大変な時もあるけれど、僕はこの世界が好きだからね」
クラウは空を仰いだ顔を俺に向けて、寂しそうに笑った。
「けど、僕が何者かを教えて欲しい」
「長くなるぜ」
そう言って俺は、部屋の中を指差した。
「じゃあ、昼の食事を持ってこさせようか」
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