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7章 俺の12年と、アイツの24年。
56 ここは天国なのかもしれない
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俺の兄・速水瑛助は、五歳の時に交通事故で死んだ――そうずっと思って生きてきて、今まで疑問にも思わなかった。
事故の詳細は分からないが、毎日泣いていた母親に聞くことなんてできなかった。
知った所で兄貴は帰って来ないのだと子供なりに悟って、俺は兄・瑛助の死を受け入れたのだ。
「じゃあ、あの墓にはじいちゃんとばあちゃんしか入ってないのか……」
俺は余るほどに広いベッドで大の字に寝転んで、高い天井をぼんやりと見つめていた。
そういえばクラウが俺の家を狭いと言っていたが、こんな場所に住んでいたんじゃ価値観も変わる筈だ。本来ならあっちがお前の家なんだぞ、と今更ながらに言ってやりたい。
あんなに城が遠い存在だと思っていたのに、マーテルと一緒なだけであっけなく門を潜ることが出来た俺は、見知った顔とすれ違う事もなく速攻この部屋に入れられたのだ。
「ちょっとここで休んでいて」とマーテルに言われてから、もう30分は経っているだろうか。
俺の部屋の四倍はあるし、トイレもあるし、中央に置かれた高価そうなガラスのテーブルには色とりどりの果物や菓子が置かれている。まるで、どこか高級ホテルのスイートルームのようだ。
しかもここは二階で、大きな窓の向こうには広いバルコニーが見える。そこから脱出を試みようものなら幾らでも出ていけそうだし、俺の腰にある剣も取られることなく残っている。
メルの家にマーテルがやってきて、トード車に乗せられた時は半分拉致された気分だったが、ちょっと気が抜けてしまった。
のんびりする状況じゃない筈なのに……。
12年前兄貴が死んで、当時0歳だった弟を含めた我が家は、しばらくの間どん底の暗さを味わったのだ。それを今更「実は異世界で生きていた」なんて言ったら、母親は気が狂ってしまうんじゃないだろうか。
それに、何だろうこのモヤモヤした気持ちは。
俺は、何かを忘れているような気がする――。
首を右へ左へと何度捻ったところで、その答えは出てこないが、頭のどこかに引っ掛かったモヤが、必死にそこにへばりついて離れてはくれない、
――何で、こんなことになっちまったんだ……。
トントンと叩かれた扉にクラウを過らせて、俺は慌てて飛び起きた。
ベッドから降りて「はい」と仁王立ちで相手を待ち構える。
けれど、「失礼します」は若い女の声だったのだ。
半分開いた扉から、ひょっこりとショートヘアの見知らぬ顔が現れて、俺はハッと息を飲み込んだ。
彼女の着ている服に、心臓を撃ち抜かれる俺。
(これは!)
可愛い女子が、何と俺がデザインしたチャイナドレスを着てやってきたのだ。
「ここは天国か?」
意図せず声に出してしまった俺に、彼女は「何それ、面白い」と目を細めて、そっと近付いてきた。
好意的な表情は、きっと敵じゃない。
彼女から漂う女子の匂いと、やたら丈が短く感じるチャイナ服から伸びる生足に惑わされそうになる。
ボブの美緒よりも短いショートヘア。ちょっとだけ目尻の上がった小悪魔美人に見上げられただけで、俺は兄貴の事とか、美緒に捨てられたこととか、とりあえず横に置いておきたくなってしまう。
「ヤシムさん、グッジョブ」と叫びたくなる気持ちだ。
彼女は、俺の思い描いていた通りのチャイナ女子だった。ウエストは細いのに、お尻が少し大きくて、きゅっと閉じられた襟の下には胸もパンパンに詰まっている。
彼女がこの服を着ているという事は、俺と同じ世界の人なんだろう。
無茶苦茶、可愛いじゃないか。
彼女を連れてきたのは、神レベルのスカウトマンだな。
(痩せてて、巨乳で、美人の三拍子――って、アレ?)
「もしかして……」
ふと思い当たったその答えに、俺はだらけた眉間の皺をきつく寄せた。
ジェラシー1000%の予感を悟ってしまったからだ。
「佳奈先輩ですか?」
俺は違うと言って欲しかったのに、現実というのは俺の味方になってくれやしない。
「当たり!」と両手を合わせて、弾けるような笑顔を見せたのは、俺の予想通り『テニス部の先輩』こと、2年の佳奈先輩だったのだ。
事故の詳細は分からないが、毎日泣いていた母親に聞くことなんてできなかった。
知った所で兄貴は帰って来ないのだと子供なりに悟って、俺は兄・瑛助の死を受け入れたのだ。
「じゃあ、あの墓にはじいちゃんとばあちゃんしか入ってないのか……」
俺は余るほどに広いベッドで大の字に寝転んで、高い天井をぼんやりと見つめていた。
そういえばクラウが俺の家を狭いと言っていたが、こんな場所に住んでいたんじゃ価値観も変わる筈だ。本来ならあっちがお前の家なんだぞ、と今更ながらに言ってやりたい。
あんなに城が遠い存在だと思っていたのに、マーテルと一緒なだけであっけなく門を潜ることが出来た俺は、見知った顔とすれ違う事もなく速攻この部屋に入れられたのだ。
「ちょっとここで休んでいて」とマーテルに言われてから、もう30分は経っているだろうか。
俺の部屋の四倍はあるし、トイレもあるし、中央に置かれた高価そうなガラスのテーブルには色とりどりの果物や菓子が置かれている。まるで、どこか高級ホテルのスイートルームのようだ。
しかもここは二階で、大きな窓の向こうには広いバルコニーが見える。そこから脱出を試みようものなら幾らでも出ていけそうだし、俺の腰にある剣も取られることなく残っている。
メルの家にマーテルがやってきて、トード車に乗せられた時は半分拉致された気分だったが、ちょっと気が抜けてしまった。
のんびりする状況じゃない筈なのに……。
12年前兄貴が死んで、当時0歳だった弟を含めた我が家は、しばらくの間どん底の暗さを味わったのだ。それを今更「実は異世界で生きていた」なんて言ったら、母親は気が狂ってしまうんじゃないだろうか。
それに、何だろうこのモヤモヤした気持ちは。
俺は、何かを忘れているような気がする――。
首を右へ左へと何度捻ったところで、その答えは出てこないが、頭のどこかに引っ掛かったモヤが、必死にそこにへばりついて離れてはくれない、
――何で、こんなことになっちまったんだ……。
トントンと叩かれた扉にクラウを過らせて、俺は慌てて飛び起きた。
ベッドから降りて「はい」と仁王立ちで相手を待ち構える。
けれど、「失礼します」は若い女の声だったのだ。
半分開いた扉から、ひょっこりとショートヘアの見知らぬ顔が現れて、俺はハッと息を飲み込んだ。
彼女の着ている服に、心臓を撃ち抜かれる俺。
(これは!)
可愛い女子が、何と俺がデザインしたチャイナドレスを着てやってきたのだ。
「ここは天国か?」
意図せず声に出してしまった俺に、彼女は「何それ、面白い」と目を細めて、そっと近付いてきた。
好意的な表情は、きっと敵じゃない。
彼女から漂う女子の匂いと、やたら丈が短く感じるチャイナ服から伸びる生足に惑わされそうになる。
ボブの美緒よりも短いショートヘア。ちょっとだけ目尻の上がった小悪魔美人に見上げられただけで、俺は兄貴の事とか、美緒に捨てられたこととか、とりあえず横に置いておきたくなってしまう。
「ヤシムさん、グッジョブ」と叫びたくなる気持ちだ。
彼女は、俺の思い描いていた通りのチャイナ女子だった。ウエストは細いのに、お尻が少し大きくて、きゅっと閉じられた襟の下には胸もパンパンに詰まっている。
彼女がこの服を着ているという事は、俺と同じ世界の人なんだろう。
無茶苦茶、可愛いじゃないか。
彼女を連れてきたのは、神レベルのスカウトマンだな。
(痩せてて、巨乳で、美人の三拍子――って、アレ?)
「もしかして……」
ふと思い当たったその答えに、俺はだらけた眉間の皺をきつく寄せた。
ジェラシー1000%の予感を悟ってしまったからだ。
「佳奈先輩ですか?」
俺は違うと言って欲しかったのに、現実というのは俺の味方になってくれやしない。
「当たり!」と両手を合わせて、弾けるような笑顔を見せたのは、俺の予想通り『テニス部の先輩』こと、2年の佳奈先輩だったのだ。
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