上 下
36 / 171
4章 謎多き男たちと平凡な俺の、ふかーい関係。

36 夜の蝶と昼の桜

しおりを挟む
 パタパタとそよぐ風に気付いて俺がそっと目を開くと、数十センチ上にチェリーの顔があった。

「うっ……」

 彼の側で目覚めるのは何度目だろう。全然慣れる気はしないが、叫ぶほどの驚愕ではなくなっている。
 この距離感と頭を支える肉感は、もしや膝枕だろうかと懸念して、俺はそっとまぶたを塞いだ。

 記憶を高速で逆再生して、個室から半裸で出てきたチェリーに辿り着いたところで、俺はハッと目を開く。
 とりあえず彼の胸にはタオルが巻かれていて、ホッと息を吐いた。

「良かった……ありがとうございます」
「気分はどう? まさか本当に鼻血出すなんてね」

 俺が起き上がろうとすると、チェリーがそっと背中を支えてくれた。平らな岩場に座る彼の横には、オレの鼻血で赤く染まった紙が幾つも丸めてあった。

「ユースケー!!」
 
 風呂の中でゼストとはしゃぐメルが俺に気付いて、大きく手を振って来る。

 ところが、メルはまだ上半身をさらけ出したままだったーー。

「だ、ダメだ、メルー!! っと、うわぁぁあ!!」

 慌てて伸ばした手が宙を掻いて、俺は体制を崩した。上半身ごとグラリと前に傾き、重力のまま湯船へと豪快にダイブしたのだ。

   ☆
 元居た向こうの世界の男なら、誰もが羨むだろうシチュエーションを、俺は自ら蹴ってチェリーとメルに頭を下げた。
 外国のトップレスビーチのようなものだと割り切ってその状況を楽しめばいいに、メルを見ていると自分が犯罪者のような気分になってきて、「お願いします」と胸にタオルを巻いて貰った。

 これでも大分エロいのだが。
 タオル一枚で罪の意識は大分軽減され、俺はようやくゆったりと湯船につかることが出来た。

「アナタって、見かけによらずクソ真面目なのね」

 今にもずり落ちそうな、細く畳まれたタオルを片手で押さえたチェリーが、俺の傍らにそっと座った。
 谷間どころか、ばいんばいんと揺れる胸に、俺は再び沸き上がった動揺を押さえつけるのに必死だ。

「チェリーは男だ、チェリーは男だ、男だ、男だ……」

 声に出して念仏のようにブツブツ繰り返すと、メルが「のぼせたの?」とちゃぷちゃぷお湯を弾かせながら俺を覗き込んでくる。
 頭の上で一つにまとめた髪のせいで、いつもと雰囲気が違って見える。
 そして俺が変な気をおこしたら、という訳ではないが、岩場の上ではメルの剣が出番を待ち構えていた。

「別に、こっちの奴等は気にしないんだから、思う存分見とけばいいんだぜ?」
「俺には無理です」

 こっちの世界のゼストは気にならないのだろうか。
 俺は完全たる敗北宣言を告げて、青い空を仰ぐ。

 ゼストは「そうか」と口角を上げると、「泳ごうぜ」とメルを誘って二人で向こうに行ってしまった。

 (あれ?)

 とすると、俺とチェリーが残されたわけで。
 ゆっくり下げた視線が、彼の笑顔とぶつかった。

「うっふーん」

 古風に胸を寄せて色気アピールしてくるチェリーは、俺をどうしたいんだ?

 少し暑くなったのか、彼は腰を上げて岩場に腰掛けた。パンツの黒色が俺の視線の高さに来て、俺はごくりと息を飲む。

 見なくていいのに。
 むしろ見たくはない筈なのに、色々確認しようという好奇心からか、目が股間に吸い寄せられてしまう。

 そして胸を視界に入れないと男の下半身にしか見えないことに気付いた。慌てて顔を上げると、今度は豊満な下乳したちちに魅了されてしまう。

「目に毒なんですけど」
「別に減るもんじゃないし、見てもいいのよ? 女は異性に見られて綺麗になるんだから」

 いや、異性じゃなくて同性ですが。

 俺はうっすらと硫黄が香る乳白色の温泉で顔を洗い、彼の横に移動した。沈黙に耐えられそうにないから、とりあえず会話する戦法だ。

「さっきゼストと話してて、向こうの世界の入口は一か所しかないって聞いたんですけど。チェリーさんも川島台かわしまだいなんですか?」

 川島台は、俺が住んでいた町の名前だ。飛びぬけた特徴もない一般的な地方都市の中にある。

「私は隣の吉水町よしみずちょうに住んでるんだけど、ユースケは一高いちこうなんでしょ? ゼストが教師なんて驚いたけど生徒だって聞いてるわ」

 俺の家の側にある大きな川を越えると、そこは吉水町だから、彼はやっぱり近くにいたらしい。
 何故かちょっとだけ前屈みになったチェリーが、開けておいた俺との距離を拳一つ分くらいまでに詰めて来る。

「川島台には、働いているお店があるのよ」
「お店って夜のですか?」
「それもあるけど。私が夜の蝶になるのは、友達にヘルプされた時だけよ。普段は昼間に『桜』ってカフェをやっているわ」
「えっ。カフェ?」

 その業種は、彼には縁遠そうだと思った。
 夜の蝶なら納得できるのに、カフェだなんて対極過ぎる。

「へ、へぇ。じゃあ、もし一緒に戻れたら、遊びに行きます」
「どうなるか分からないけど。その時は好きなもの食べさせてあげるわ」
「ありがとうございます!」

 俺は頭を下げて、遠くではしゃぐゼストとメルに目をやった。
 楽しく二人でお湯を掛け合う姿は、親子のようにさえ見える。

 俺はなんであそこじゃなくて、チェリーと二人でここにいるんだ?

 鼻血を出したことなんかすっかり忘れて、俺はぼんやりと二人を眺めていた。
 あそこに混ざりたいとは思うが、チェリーの引く見えない糸に縛られたまま俺は逃走を諦めて、彼に別の質問を投げる。

「クラウって、チェリーさんから見たらいい男なんですか?」
「それ、聞くのが野暮ってもんよ。そうじゃなかったら、こんなとこまで来てないわ。顔も、声も……」

 確かに外見はモデル並みだし、魔法も使えて強そうだし、王様だし……あぁ、確かに俺が勝てるところはないんだけど。だからって異世界に行くのを同意しちまうなんて、女たちは何を考えているんだろうか。
 
「けど」

 チェリーは一人で存分にクラウの魅力を語ると、急に俺を振り向いて眉をしかめた。

 この世界に来て、俺がこれを言われたのは二度目。

「ユースケって、ちょっとクラウ様に似てるわね」

 俺はそんな事を言われたところで、「そうですか?」と返すことしかできない。
 クラウはそのマスクでマダムの足をも止めさせる男だ。
 そんなに似てるなら、俺だってもっと華やかな高校生活を送れていると思う。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)

@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」 このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。 「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。 男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。 「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。 青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。 ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。 「カクヨム」さんが先行投稿になります。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う

月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!

処理中です...