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3章 死を予感した時、人は本能を剥き出しにするものだ。

20 俺の見た悪夢と、彼女が夢に見た王子様

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 嫌な夢を見た。
 暗い闇を彷徨さまよっている俺は、今よりも大分幼い。
 父親らしき影と母親らしき影が俺の横をすり抜けて、どこか遠くへ行ってしまうのを必死に追いかけた。

「どうして……えいくん……」

 呟いたのは兄の名前。

「さよなら」

 兄らしき小さい影は、そう俺に手を振ってシュルリと闇に溶けていく。

「行かないで!」

 必死に追いかけようとした声が夢じゃないと気付いて、俺は「うわぁ」と短い悲鳴を上げて飛び起きた。

「何だよ、こんな夢……」

 内容は良く分からなかったが、死んだ兄貴が闇に飲み込まれていく様子は悪夢としか言いようがない。
 けれど今のこの状況を噛み締めて、俺は強張こわばった肩を緩めた。

「メル……」

 この部屋で目覚めるのは二度目だ。
 俺の横で寝息を立てる小さな少女と、牙を剥き出しにして天井を見つめるモンスターのぬいぐるみ。
 もうすっかり明るくなった空が見えて、俺はそっとベッドを抜け出し、窓を押し開けた。
 少し涼しい風が入り込んでくるが、夢のせいでモヤモヤした頭をリセットさせるにはちょうど良かった。『討伐旅』日和びよりの晴天だ。

 ガサリと布団のよじれる音がして、ベッドの上で目を半開きにさせるメルと目が合った。
 もしゃもしゃの髪と白のネグリジェ。無防備なその姿を可愛いと思った瞬間、

「クラウ様……?」

 寝ぼけたメルが俺をそう呼んだのだ。
 よりによってアイツと間違われるなんて心外だ。

   ☆
「ごめんなさい。クラウ様の夢を見ていたせいかしら。同じ匂いがした気がして」

 朝食が始まって、リンゴのような果物にかじりつくメルに、そんなことを言われた。
 思わず自分の腕を持ち上げて匂いを嗅いでみるが、アイツの匂いなんて分からないし、自分の匂いがどうだなんて自覚もない。

 俺が闇だらけの夢に寝汗をダラダラかいている横で、メルは王子顔の魔王様とイチャイチャする夢を見ていたらしい。

 メルは焼いたパンにジャムをぺたぺたと塗り付けて、俺の前に置かれた皿に乗せてくれた。
 カーボ汁が出てきた時はこの世界の食文化を懸念したが、それ以外のものは今の所申し分なく食べられている。

 食後、身支度をして玄関へ降りたところで、俺は『討伐旅の準備完了』のメルを見て、思わず「ええっ?」と眉を寄せた。

「その服で行くのか?」
「何かおかしい?」

 昨日新調したばかりの、紫色のワンピースを着ていたのだ。確かにラノベや漫画の世界では良くあることだし、ワンピースに剣を担ぐなんて絵になりそうだとは思うが、実際はゲームの世界で言う『布の服』でしかない。
 レベル1の防具にレベル100の剣の組み合わせだ。

「新しいし、気に入った服なんだろ? 戦ったら勿体ないんじゃねぇの? 返り血とか浴びたりしないのか?」

 そんな場面に遭遇したくないのが本音だが、戦う状況をイメージすると、どうしてもそうなってしまう。
 メルも「そうね」と否定はしなかった。

「けど、好きな服着てる方が楽しいって思えるし、着たい時に着ておかなきゃ勿体ないわよ。汚れたらまたヤシムさんに頼むわ。貴方だってその服が好きなんでしょ? 同じよ」
「あぁ、確かに。そっか、同じなのか」

 小さい彼女に納得させられてしまう。
 そうだ。俺もこれで異世界に行きたいと思って、わざわざ冬の制服を着てきたのだ。

 そしてもう一つ、俺は気になることがあった。
 玄関の窓から覗き込む二つの顔――まさか目的地までの数時間の道のりを、これで行くことになるとは。

 玄関に横付けされた、馬車もといトード車。
 昨日街で見かけた屋根が付いた箱型のものではなく、荷馬車のような簡素なものだった。
 そばかすだらけの少年が前の席で鞭を手にしている。
 俺は一応、メルに聞いてみた。

「この世界の移動はコレなのか? 魔法でびゅんとひとっ飛び出来たりしないのか?」
「移動方法は色々あるけど、私、魔法は使えないもの。この世界でも、魔法を使える人間は希少なのよ」

 だからお前は剣を背負っていたのか――納得した。
 俺は、二人分の荷物が詰め込まれたデカいリュックを背負い、トード車に乗り込んだ。

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