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1章 彼女が異世界に行ったのは、どうやらその胸に理由があるらしい。

9 俺が異世界に行く条件はというと

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「美緒を返せよ」
「駄目だよ。味わってないからね」

 そうやってクラウはまた俺の妄想と怒りをき立てるようなことを平然と口にする。
 暑さも相まって冷静に相手をしている余裕がなくなってきて、俺は意気消沈いきしょうちん気味に溜息をついた。

「味わうって何だよ……もう。わかった、教えてやるよ。俺は速水佑助はやみゆうすけ。美緒の幼馴染だ。俺は小さい頃から、ずっとアイツと一緒だったんだぞ? 何で勝手にうばっていくんだよ」

 投げやりに自己紹介して、俺はとぼとぼと、おばちゃんたちの消えた公園の入口に歩いて行き、横の自動販売機で缶のコーラを二本買った。クラウの横へ戻り、口を開けた一本を渡す。

 クラウは最初不思議な顔をしたが、俺が先に飲んでみせると「ありがとう」と言って口を付けた。コーラなんて異世界人には初めてかもしれないが、「飲めるか?」と尋ねると「あぁ」とモデル級の笑顔が返ってくる。

「で、俺はどうやったらそっちの世界に行って美緒に会えるんだ? 女じゃないと行けないって訳じゃないんだろう?」

 とにかく俺は美緒と話がしたかった。こうなった経緯けいいをアイツの口から聞きたい。

「性別は関係ないけどね。そうか……どうしようかな」
「どうしようかな、って。アンタ魔王なんだろ? どうにかならないのかよ。アイツの事、味わうだとかお休みの挨拶をしただとか変なこと言いやがって。アイツを危険な目にわせたりしてないだろうな? そっちにはさっきみたいな魔物がウヨウヨいるのか?」

 モンスターの徘徊だなんて、向こうはまさにファンタジー系の異世界のようだ。
 精一杯の思いを込めてにらみつけると、クラウは「そんなことないよ」と空の手を振って見せる。

「カーボは怖くないよ。向こうの女の子たちには可愛いって評判だしね。それに町の中には滅多に入ってこないから、不要な心配しなくていいよ」
「可愛いとは言っても、さっきみたいになったら殺さなきゃならないヤツなんだろ?」

 少なくとも、こっちでいう犬や猫とは違う。

「町の外にはもっと強いのが居るのか?」
「そりゃね。この世界にだって強い猛獣はいるでしょ? 同じだよ。ミオは城の中に居るし、ちゃんと素敵な部屋は与えてある。従者もつけて不自由ない生活をさせるつもりだ。僕の所に来てくれたからには、その位もてなさないとね。庭にも花が咲き乱れているし、食べ物だって何でもあるよ」
「えっ……そうなのか?」

 ハーレム女子への待遇に、少しうらやましくなってしまう。

「け、けど、本当に大丈夫なんだろうな?」
「もちろん。それでユースケはどうしたい? 彼女に会いたいって目的だけじゃ、連れて行くのはちょっと難しいんだよ」

 クラウはコーラをごくごくと飲み干して、改まった顔で俺をのぞき込んだ。

「ここで僕が向こうへ君を連れて行っても、忙しくて面倒は見てあげられないからね」
「行った後のことは、自分で考えるよ。まずは向こうに行ける事が第一だと思ってるから」
「それは無謀むぼうって言うんだよ。向こうには向こうのルールってものがいくつもあるんだよ? それを無視するのは良くない」

「ルール?」
「例えば、街中で魔法を使ってはいけない、とか」

 俺は魔法なんて使えないから大丈夫だ。

「夜の11時過ぎに無許可で外を歩いてはいけない、とか」

 それは心得ておこう。

「夜中に何か起こるのか?」
「街の外に居るモンスターが、基本夜型だからね。もし何かあった時に、兵だけで対処できるように一般人にはそういう決まりを作ってる。さっきのカーボも本来夜型なんだけど、突然太陽を浴びて興奮したから攻撃的だったんだと思うよ」

物騒ぶっそうだな」
滅多めったにないことだから大丈夫だよ」

 それって、たまにはあるって事じゃないか。

「その他にも色々あるのさ。それでもユースケは向こうに行きたいと思う?」
「当たり前だ。アイツを説得して連れ戻す」

 俺は至って真面目に答えたのだが、クラウはこの期に及んで苦笑をらした。

「そんなに君に魅力みりょくがあるとは思えないけど。もし彼女が帰る気になったなら、僕との契約を解除しても構わないよ」
「ほんとだな!?」

 俺に魅力がないだなんて、ハッキリ言われると少し傷つく。
 超ムカつくけれど、今コイツの機嫌を曲げるわけにはいかない。

 (向こうに行くまでは我慢だぞ、俺)

「うん。この飲み物も美味しかったし、特別に許可してあげようか?」
「ありがとうございます!!」

 まさかコーラが決め手になるなんて!!
 俺は自分とクラウのコーラの缶を、横のくずかごに連続で放り投げて、クラウの手を両手でガシリと握り締めた。
 これは感謝の握手だ。

「俺も異世界に行けるんだな?」

「ただし、君には仕事をしてもらう。メルの討伐隊とうばつたいが人員を募集してるんだけど、全然集まらなくてね。君にはそこで働いてもらうよ。それが条件だけどいいかな?」
「討伐隊?」

 それは意味のまま、何かを倒しに行く部隊って事だろうか。 

「生きて帰れるんだろうな?」
「そんなに難しく考えなくてもいいよ。これは、君が向こうへ行く口実みたいなものだから」

 クラウの微笑みの裏を読んで修羅場の戦場を思い浮かべた俺は、少しだけ異世界行きを躊躇ちゅうちょした。
 けれど、

「メルは強いし、抜群ばつぐんに可愛いから。君も気に入るんじゃないかな?」
「行きます! やらせてください!」

 まさかのメル情報に、俺は間髪かんぱつ入れずに返事した。
 だって俺は、ラノベ世界を夢見る、15歳男子高校生なのだから。

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