3 / 171
1章 彼女が異世界に行ったのは、どうやらその胸に理由があるらしい。
3 彼女が居なくなっても、乳の話は別腹だ。
しおりを挟む
それで、俺はこの状況をどう解釈すればよいのだろうか。
少しずつ取り戻す冷静さと、突然沸き上がる衝動を交互に受けながら、俺は必死に頭をフル回転させた。
美緒とは小さい頃からずっと一緒だった。昨日本屋に行って、彼女の家の前で別れるまで、確かに美緒は存在していたのだ。あの小柄で巨乳で、いつも俺に投げかけてくれた笑顔は、本物だった筈だ。
じゃあ、彼女も異世界転生をしたのか――?
頭によぎるその言葉こそ、俺の妄想でしかない筈なのに。
存在すら抹消されてしまうなんて、どこぞのラノベで良くある異世界転生のパターンじゃないか。
だって山田の事は誰も忘れなかったし、本人も帰って来たのだ。よくよく聞くと、盲腸をこじらせた入院だったと噂好きの女子が騒いでいた。
じゃあ、テニス部の先輩は――?
「なぁ、木田」
着替えも手につかぬまま、俺は不安を押し殺して木田の所へ行った。
「テニス部の居なくなった先輩って、どうなったか分かるか?」
「居なくなった? ウチの部の先輩が?」
木田はやはり美緒の時と同じトーンで返事を返してくる。
「この間、言ってたじゃねぇかよ。巨乳の先輩が居なくなったって! 「おっぱいおっぱい」って泣いてたじゃねぇか!」
「はぁ?」
俺も木田も真剣だった。
女子が既に更衣室へ移動していたのは幸いだ。
取り乱して「おっぱい」を連呼した俺を、何だ何だとやってきた男子が取り囲む。
「ちょっ、お前ふざけんな! 俺、そんなこと言って泣いてねぇし。部の先輩だって居なくなってなんかいねぇよ!」
はっきりと言い放つ木田の顔は嘘をついているようには見えなかった。けれど、俺はその現実を受け入れる気にはなれなかった。
「何……言ってんだよ。俺は間違ったことなんか言ってねぇし……」
「お前、本当に変だぞ? 何かあったのか?」
何かあったのは俺じゃない--出しかけた言葉を俺は強く飲み込んだ。
「何で、忘れちまうんだよ……」
二年の先輩も、きっとこの世界に存在していたのだろう。それを、会ったこともない俺が何故か覚えている。
「とにかく、だ。いいか佑助。俺がおっぱいの事を忘れるわけがないだろう?」
木田の発言は一理あるどころかグサリと胸に刺さった。そうだ。本来ならそれは、絶対に忘れる事なんてないのだ。
あんなに泣く程のおっぱいとの別れを、忘れてしまうこの状況こそ異常と言える。
「お前たち、まだ着替え終わってねぇのか! 乳の話してる場合か!」
教室を覗きに来た平野にドヤされる。
「先生はどうなんですか?」と、クラスナンバーワンのエロ男と豪語しているタカシがヤジを飛ばすと、平野はニヤリと笑って教壇から俺たちを見下ろした。
「お前等、いっつも巨乳巨乳って言うけどな、実際あれが目の前にあったらどうすんだよ。あれを使いこなせなきゃ、女に一気に見下されるんだぞ? お前等じゃ、まだ修行が足りん。あれは上級者向けだ!」
「おぉー!!!」
もはや教師とは思えない発言に、男子たちの歓声が上がった。
平野の高い人気票をほぼ男子が占めていることは言うまでもない。
平野はチラリとドアが閉まっていることを確認し、少しだけ声を潜める。元々声がデカいから、きっと廊下まで筒抜けだろうとは思うが。
「乳ってのは、手に収まるよりちょっとデケぇくらいがいいんだよ。普乳だ、普乳!」
自分の胸の前で勇ましく握り締める平野の手は、熊のような図体と比例して、俺たちより大分デカくてゴツい。
「俺は、普乳普及協会の代表だからな!!」
「決まった」と唸る平野は、人差し指を高く掲げた勝利の決めポーズで俺たちを魅了した。
教室の盛り上がりは最高潮。
平野の目尻に光る涙に、俺は過去に何かあったなと予想する。
けど、そんなことは高1の男子高校生にはどうでもいいことだった。
「大人だ! 流石、保健体育教師!」
タカシが尊敬の眼差しで目を輝かせると、突然ガラリと前の扉が開いた。
一瞬で空気が凍り付く。
シンとした教室にゴホンと咳払いが響いて、その緩み切った空気をぶった切った。
「平野先生、ちょっと」
耳覚えのある声は、きっとこの状況で最悪の相手だ。入口に顔を覗かせた女教頭の泉は、分厚い眼鏡の奥から細い目を光らせて平野を廊下へと促した。
「は、はぃ」
意気消沈の平野が、素直に従って教室を出る。
俺たちはきっと悪くない……筈だ。
乳論で話はズレてしまったが、やっぱり美緒は異世界に行ってしまったのだろうか。
朝、彼女の家は確かにウチの二軒隣にあった。家族は存在しているという事だろうか。
そして、テニス部の先輩は?
「木田、俺もう帰るわ。平野に言っといてもらっていいか?」
もうこんな気持ちで授業を受ける気にはなれなかった。
「わかった。ゆっくり休めよ?」
そのほうがいいぞ、と木田は何度も頷いて「じゃあ」と先に教室を出た。
この状況を打破できるものが何なのかは俺には全く見当もつかなかった。
まだ混乱したままの頭を整理したくて、まずは彼女の家に行ってみようと思う。
学校をこっそりと抜け出そうとした矢先、俺は昇降口でもう一度美緒の下駄箱を確認した。
水泳の授業がある女子は、もうプールへ行っていて上履きだけが残されている。
美緒の下駄箱に入っていたのは、別の女子の名前が書かれた上履きだった。
「美緒……」
愕然として崩れそうになる脚に力を込める。
あいつはどこに行ったんだ――?
その答えを求めて、俺は炎天下の空の下、校門を走り出たのだ。
少しずつ取り戻す冷静さと、突然沸き上がる衝動を交互に受けながら、俺は必死に頭をフル回転させた。
美緒とは小さい頃からずっと一緒だった。昨日本屋に行って、彼女の家の前で別れるまで、確かに美緒は存在していたのだ。あの小柄で巨乳で、いつも俺に投げかけてくれた笑顔は、本物だった筈だ。
じゃあ、彼女も異世界転生をしたのか――?
頭によぎるその言葉こそ、俺の妄想でしかない筈なのに。
存在すら抹消されてしまうなんて、どこぞのラノベで良くある異世界転生のパターンじゃないか。
だって山田の事は誰も忘れなかったし、本人も帰って来たのだ。よくよく聞くと、盲腸をこじらせた入院だったと噂好きの女子が騒いでいた。
じゃあ、テニス部の先輩は――?
「なぁ、木田」
着替えも手につかぬまま、俺は不安を押し殺して木田の所へ行った。
「テニス部の居なくなった先輩って、どうなったか分かるか?」
「居なくなった? ウチの部の先輩が?」
木田はやはり美緒の時と同じトーンで返事を返してくる。
「この間、言ってたじゃねぇかよ。巨乳の先輩が居なくなったって! 「おっぱいおっぱい」って泣いてたじゃねぇか!」
「はぁ?」
俺も木田も真剣だった。
女子が既に更衣室へ移動していたのは幸いだ。
取り乱して「おっぱい」を連呼した俺を、何だ何だとやってきた男子が取り囲む。
「ちょっ、お前ふざけんな! 俺、そんなこと言って泣いてねぇし。部の先輩だって居なくなってなんかいねぇよ!」
はっきりと言い放つ木田の顔は嘘をついているようには見えなかった。けれど、俺はその現実を受け入れる気にはなれなかった。
「何……言ってんだよ。俺は間違ったことなんか言ってねぇし……」
「お前、本当に変だぞ? 何かあったのか?」
何かあったのは俺じゃない--出しかけた言葉を俺は強く飲み込んだ。
「何で、忘れちまうんだよ……」
二年の先輩も、きっとこの世界に存在していたのだろう。それを、会ったこともない俺が何故か覚えている。
「とにかく、だ。いいか佑助。俺がおっぱいの事を忘れるわけがないだろう?」
木田の発言は一理あるどころかグサリと胸に刺さった。そうだ。本来ならそれは、絶対に忘れる事なんてないのだ。
あんなに泣く程のおっぱいとの別れを、忘れてしまうこの状況こそ異常と言える。
「お前たち、まだ着替え終わってねぇのか! 乳の話してる場合か!」
教室を覗きに来た平野にドヤされる。
「先生はどうなんですか?」と、クラスナンバーワンのエロ男と豪語しているタカシがヤジを飛ばすと、平野はニヤリと笑って教壇から俺たちを見下ろした。
「お前等、いっつも巨乳巨乳って言うけどな、実際あれが目の前にあったらどうすんだよ。あれを使いこなせなきゃ、女に一気に見下されるんだぞ? お前等じゃ、まだ修行が足りん。あれは上級者向けだ!」
「おぉー!!!」
もはや教師とは思えない発言に、男子たちの歓声が上がった。
平野の高い人気票をほぼ男子が占めていることは言うまでもない。
平野はチラリとドアが閉まっていることを確認し、少しだけ声を潜める。元々声がデカいから、きっと廊下まで筒抜けだろうとは思うが。
「乳ってのは、手に収まるよりちょっとデケぇくらいがいいんだよ。普乳だ、普乳!」
自分の胸の前で勇ましく握り締める平野の手は、熊のような図体と比例して、俺たちより大分デカくてゴツい。
「俺は、普乳普及協会の代表だからな!!」
「決まった」と唸る平野は、人差し指を高く掲げた勝利の決めポーズで俺たちを魅了した。
教室の盛り上がりは最高潮。
平野の目尻に光る涙に、俺は過去に何かあったなと予想する。
けど、そんなことは高1の男子高校生にはどうでもいいことだった。
「大人だ! 流石、保健体育教師!」
タカシが尊敬の眼差しで目を輝かせると、突然ガラリと前の扉が開いた。
一瞬で空気が凍り付く。
シンとした教室にゴホンと咳払いが響いて、その緩み切った空気をぶった切った。
「平野先生、ちょっと」
耳覚えのある声は、きっとこの状況で最悪の相手だ。入口に顔を覗かせた女教頭の泉は、分厚い眼鏡の奥から細い目を光らせて平野を廊下へと促した。
「は、はぃ」
意気消沈の平野が、素直に従って教室を出る。
俺たちはきっと悪くない……筈だ。
乳論で話はズレてしまったが、やっぱり美緒は異世界に行ってしまったのだろうか。
朝、彼女の家は確かにウチの二軒隣にあった。家族は存在しているという事だろうか。
そして、テニス部の先輩は?
「木田、俺もう帰るわ。平野に言っといてもらっていいか?」
もうこんな気持ちで授業を受ける気にはなれなかった。
「わかった。ゆっくり休めよ?」
そのほうがいいぞ、と木田は何度も頷いて「じゃあ」と先に教室を出た。
この状況を打破できるものが何なのかは俺には全く見当もつかなかった。
まだ混乱したままの頭を整理したくて、まずは彼女の家に行ってみようと思う。
学校をこっそりと抜け出そうとした矢先、俺は昇降口でもう一度美緒の下駄箱を確認した。
水泳の授業がある女子は、もうプールへ行っていて上履きだけが残されている。
美緒の下駄箱に入っていたのは、別の女子の名前が書かれた上履きだった。
「美緒……」
愕然として崩れそうになる脚に力を込める。
あいつはどこに行ったんだ――?
その答えを求めて、俺は炎天下の空の下、校門を走り出たのだ。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)
@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」
このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。
「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。
男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。
「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。
青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。
ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。
「カクヨム」さんが先行投稿になります。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う
月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる