187 / 190
最終章 決着
173 血の雨、そして晴れ
しおりを挟む
ハロンとの間合いを詰めようとダッシュした足が雨に緩んだ土にとられて、体勢を崩した。
すぐに立て直したものの、四割減の勢いで跳び上がった身体は湾曲したハロンの爪に弾かれて地面に叩き付けられる。
少し前からやたらと騒がしいギャラリーのせいだ。
咲が大声を張り上げて、何やら言いたいことを一方的に言い切って、みさぎと共に距離を離した。そうしたら今度は智たちまで合流して、ワイワイと盛り上がっている。
キンと高い咲の声は、湊にとって耳障り以外の何物でもなかった。
「声がデカいんだよ」
ハロンとの真剣勝負だというのに、気が散って仕方がない。ハロンに隙を見せてしまったのはあいつ等のせいだ──と、湊は搔きむしるように泥を掴んだ。
再び立ち上がり舌に絡んだ泥水を吐き出し、水を吸って重くなったコートを脱いで遠くへ放り投げる。身体は十分に温まっていた。
ハロンは威嚇するようにダンと足を地面に叩き付ける。溶けかけの雪を含んだ水しぶきが辺りに跳ね上がった。
「湊、山なんて壊したっていいんだからな!」
再び咲の声が届いた。
さっきといい、今といい、彼女の言葉はもう腹いっぱいだ。
『湊! お前は必殺技を打てるんじゃないのか?』
まさか彼女の口からそれを聞くとは思わなかった。湊の思っている技と同じかどうかは分からないが、彼女が側を離れたことに意味があるのならそうなのかもしれない。
湊は今それを打とうとしている。
父から初めてその技を見せられた時、ラルはただカッコいいと思った。自分もいつか出来るようになりたいと期待したが、今の自分の成功率は良く見積もって七割だ。
棒切れの竿に張り付いた旗が風に重くなびいて、咲たちの位置を示す。
咲のお陰で広さは確保できていた。いつも面倒だ、やかましいと思う彼女を、湊は「流石兄貴だよ」と笑う。
「アンタがいて良かったよ」
勿論、その声が彼に届くことはないけれど。
技を打てば、もう自分は立っていられないだろう。
それでも今は、成功率の微妙な一発に賭けるしかない。このままダメージを与え続けても、空に逃げられてしまえばヤツは回復してしまうのだ。
「倒せなくてもいい、みさぎに繋げろ」
剣を構えると、チュウ助が「チュウ」と鳴いた。
「チュウ助、お前は何かできるのか? さっきみたいなのがあると心強いんだけど」
黒いハロンの位置を示すように飛んだチュウ助は、暗闇でその位置を示してくれた。
あれが偶然か何なのかはわからないが、「チュ、チュ」と鳴いたチュウ助は、再び湊を離れた。今度はハロンの顔の高さまで上昇して、その周りをグルグルと回る。
やかましく鳴くチュウ助を追っ払うように、ハロンは手と羽をバタつかせた。
でっぷりとした見た目には想像できない機敏さとサイズ差で、チュウ助は難なく攻撃をかわしている。
「お前、やっぱりすごいな」
チュウ助のお陰で余裕さえ生まれた。
湊は剣に滲む青暗い光に力を込めて、文言を唱えた。勿論、湊に魔法は使えない。
これを習った時、父親も『こういうのもいいだろう?』と笑っていた。
これは単に魔法使いの真似をしたかった、父親の悪戯心が生んだ技だ。
それを忠実に再現したいと思うのは、自分が彼の息子だったからだと思う。
「湊! もう後悔するな。思いっきり行けよ!」
また咲の声。他のみんなも声援をくれているのは分かるのに、何故か彼女の言葉だけ聞き取れる。
「あぁ、思いきりだ」
湊は右足を引いて、ハロンの足元へ向けて走り出した。
腰から頭上へ振り上げた剣先を、ヤツの真下に叩き付ける。立ち膝になった身体が泥に沈んだ。
予測を誤ったハロンの手がフワリと宙を掻く。
魔法使いが感じ取るという気の流れなんてのは全く理解できないが、力ずくで自然の意思とやらを自分に振り向かせるのがこの技だ。
敵の防御力を著しく低下させて一振りの剣に全てを賭けて斬る──ある意味心理戦に近い。
緩んだ地面に剣を垂直に突き刺さして、湊は祈るようにその反応を待った。
「駄目なのか……?」
長く感じる、数秒の沈黙。
何も起きず失敗かと思った次の瞬間、チュウ助が「チュウ」と鳴いてハロンを離れた。
数秒遅れた衝撃が地面を唸らせる。短く震えた足元が、次にゴゴッと音を立てて砕けた。
剣と同じ青黒い光が半径数十メートルの地面に亀裂を走らせ、小川ごと真下へ陥没を起こす。低くなった地面に決壊した川の水が流れ込んだ。
湊は地面から剣を抜き、体勢を崩したハロンにしがみ付いて羽を狙う。
地面へ剣を刺したところから、敵を斬るまでの一連の流れが、父やダルニーに教えられた必殺技だ。前のハロン戦で剣が折れた恐怖を垣間見たが、一華が手を加えた武器は技の衝撃に十分耐え切ることができた。
足元のおぼつかないハロンの注意が疎かになったのを狙って、湊は背中の羽の根元へ跳び付いた。力任せに剣を叩きつけ、二枚の羽を連続で切り落とす。
先に羽が地面へ落ちて、湊が着地を決める。
その頭上を血の雨が降り注ぎ、月が雲間から姿を現そうとしていた。
すぐに立て直したものの、四割減の勢いで跳び上がった身体は湾曲したハロンの爪に弾かれて地面に叩き付けられる。
少し前からやたらと騒がしいギャラリーのせいだ。
咲が大声を張り上げて、何やら言いたいことを一方的に言い切って、みさぎと共に距離を離した。そうしたら今度は智たちまで合流して、ワイワイと盛り上がっている。
キンと高い咲の声は、湊にとって耳障り以外の何物でもなかった。
「声がデカいんだよ」
ハロンとの真剣勝負だというのに、気が散って仕方がない。ハロンに隙を見せてしまったのはあいつ等のせいだ──と、湊は搔きむしるように泥を掴んだ。
再び立ち上がり舌に絡んだ泥水を吐き出し、水を吸って重くなったコートを脱いで遠くへ放り投げる。身体は十分に温まっていた。
ハロンは威嚇するようにダンと足を地面に叩き付ける。溶けかけの雪を含んだ水しぶきが辺りに跳ね上がった。
「湊、山なんて壊したっていいんだからな!」
再び咲の声が届いた。
さっきといい、今といい、彼女の言葉はもう腹いっぱいだ。
『湊! お前は必殺技を打てるんじゃないのか?』
まさか彼女の口からそれを聞くとは思わなかった。湊の思っている技と同じかどうかは分からないが、彼女が側を離れたことに意味があるのならそうなのかもしれない。
湊は今それを打とうとしている。
父から初めてその技を見せられた時、ラルはただカッコいいと思った。自分もいつか出来るようになりたいと期待したが、今の自分の成功率は良く見積もって七割だ。
棒切れの竿に張り付いた旗が風に重くなびいて、咲たちの位置を示す。
咲のお陰で広さは確保できていた。いつも面倒だ、やかましいと思う彼女を、湊は「流石兄貴だよ」と笑う。
「アンタがいて良かったよ」
勿論、その声が彼に届くことはないけれど。
技を打てば、もう自分は立っていられないだろう。
それでも今は、成功率の微妙な一発に賭けるしかない。このままダメージを与え続けても、空に逃げられてしまえばヤツは回復してしまうのだ。
「倒せなくてもいい、みさぎに繋げろ」
剣を構えると、チュウ助が「チュウ」と鳴いた。
「チュウ助、お前は何かできるのか? さっきみたいなのがあると心強いんだけど」
黒いハロンの位置を示すように飛んだチュウ助は、暗闇でその位置を示してくれた。
あれが偶然か何なのかはわからないが、「チュ、チュ」と鳴いたチュウ助は、再び湊を離れた。今度はハロンの顔の高さまで上昇して、その周りをグルグルと回る。
やかましく鳴くチュウ助を追っ払うように、ハロンは手と羽をバタつかせた。
でっぷりとした見た目には想像できない機敏さとサイズ差で、チュウ助は難なく攻撃をかわしている。
「お前、やっぱりすごいな」
チュウ助のお陰で余裕さえ生まれた。
湊は剣に滲む青暗い光に力を込めて、文言を唱えた。勿論、湊に魔法は使えない。
これを習った時、父親も『こういうのもいいだろう?』と笑っていた。
これは単に魔法使いの真似をしたかった、父親の悪戯心が生んだ技だ。
それを忠実に再現したいと思うのは、自分が彼の息子だったからだと思う。
「湊! もう後悔するな。思いっきり行けよ!」
また咲の声。他のみんなも声援をくれているのは分かるのに、何故か彼女の言葉だけ聞き取れる。
「あぁ、思いきりだ」
湊は右足を引いて、ハロンの足元へ向けて走り出した。
腰から頭上へ振り上げた剣先を、ヤツの真下に叩き付ける。立ち膝になった身体が泥に沈んだ。
予測を誤ったハロンの手がフワリと宙を掻く。
魔法使いが感じ取るという気の流れなんてのは全く理解できないが、力ずくで自然の意思とやらを自分に振り向かせるのがこの技だ。
敵の防御力を著しく低下させて一振りの剣に全てを賭けて斬る──ある意味心理戦に近い。
緩んだ地面に剣を垂直に突き刺さして、湊は祈るようにその反応を待った。
「駄目なのか……?」
長く感じる、数秒の沈黙。
何も起きず失敗かと思った次の瞬間、チュウ助が「チュウ」と鳴いてハロンを離れた。
数秒遅れた衝撃が地面を唸らせる。短く震えた足元が、次にゴゴッと音を立てて砕けた。
剣と同じ青黒い光が半径数十メートルの地面に亀裂を走らせ、小川ごと真下へ陥没を起こす。低くなった地面に決壊した川の水が流れ込んだ。
湊は地面から剣を抜き、体勢を崩したハロンにしがみ付いて羽を狙う。
地面へ剣を刺したところから、敵を斬るまでの一連の流れが、父やダルニーに教えられた必殺技だ。前のハロン戦で剣が折れた恐怖を垣間見たが、一華が手を加えた武器は技の衝撃に十分耐え切ることができた。
足元のおぼつかないハロンの注意が疎かになったのを狙って、湊は背中の羽の根元へ跳び付いた。力任せに剣を叩きつけ、二枚の羽を連続で切り落とす。
先に羽が地面へ落ちて、湊が着地を決める。
その頭上を血の雨が降り注ぎ、月が雲間から姿を現そうとしていた。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説

TS転移勇者、隣国で冒険者として生きていく~召喚されて早々、ニセ勇者と罵られ王国に処分されそうになった俺。実は最強のチートスキル持ちだった~
夏芽空
ファンタジー
しがないサラリーマンをしていたユウリは、勇者として異世界に召喚された。
そんなユウリに対し、召喚元の国王はこう言ったのだ――『ニセ勇者』と。
召喚された勇者は通常、大いなる力を持つとされている。
だが、ユウリが所持していたスキルは初級魔法である【ファイアボール】、そして、【勇者覚醒】という効果の分からないスキルのみだった。
多大な準備を費やして召喚した勇者が役立たずだったことに大きく憤慨した国王は、ユウリを殺処分しようとする。
それを知ったユウリは逃亡。
しかし、追手に見つかり殺されそうになってしまう。
そのとき、【勇者覚醒】の効果が発動した。
【勇者覚醒】の効果は、全てのステータスを極限レベルまで引き上げるという、とんでもないチートスキルだった。
チートスキルによって追手を処理したユウリは、他国へ潜伏。
その地で、冒険者として生きていくことを決めたのだった。
※TS要素があります(主人公)


(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる