上 下
182 / 190
最終章 決着

168 兄妹なんだから

しおりを挟む
 最前線に立つのは、いつも自分でありたかった。
 戦場にいる仲間どころか国中の人々まで全て背負しょい込んで、自分だけが敵と戦えればいいと思っていたし、それだけの実力がウィザードの自分にはあるだろうとリーナは思っていた。

 なのに今雨に打たれたみさぎは、ゲームに例えるならラスボスとも言える強大なハロンを前に、みなとの存在を心強く感じている。

 咲を狙うハロンに気付いて、彼は戦闘態勢で剣を振り上げた。
 正面から向かってくる湊に、まだ押し迫る恐怖に気付いていない咲が度肝どぎもを抜かれる。

「ちょっ、何だよ湊!」
「咲ちゃん、けて!」

 みさぎは声を張り上げた。素早く出した魔法陣からロッドを吐かせ、キンと光る玉に文言を唱える。
 暗闇がパッと明るくなって、後ろを振り向いた咲が「うわぁぁああ」とハロンに恐怖の雄叫びを上げる。
 その間隔、わずか数メートル。慌てた彼女が体勢を崩して地面に転げた。

「お願い!」

 玉から放たれた白い光の文字列が、帯状に伸びて咲を取り巻く。
 勢いをつけて咲を狙ったハロンの爪が、光に当たってバシリと弾かれた。
 反動で背後にあおられた巨体に湊が正面から斬りかかると、敵は攻撃の矛先ほこさきを彼へと移す。

 左腕に添え木をする咲は、到底戦える状況には見えない。腕に抱いた旗は、もはや彼女を支えるつえの役割をしていた。
 けれど咲は駆け寄るみさぎを「来るな」と断って、濡れた地面に足を立てる。

 防御魔法は瞬間的な効果しかない。彼女をまとった光が消えると、ポツポツと寂しく並んだ外灯が不気味にハロンを赤く闇に浮かばせた。
 敵の全容が見えないさまは、異様に恐怖をき立てる。

 ヒュウと風に似た呼吸音を響かせながら、手と羽で湊に打撃を繰り返すハロンは、少しでも体力ゲージを減らしているのだろうか。ここ数時間を智と戦ったようだが、目立った疲労は見えない。

 戦闘から少し離れて、咲は旗を付けた木を畦道あぜみちの端に突き刺した。そして彼女もハロンへ向けて剣を構える。

「ちょっと咲ちゃん! 戦うつもり?」

 彼女が自分よりも重傷なことは、治したみさぎが一番よく分かっている。胸部の損傷はふさぐことができたけれど、折れた腕や細かい傷には何もしていない。

 咲は「大丈夫だよ」の一点張いってんばりでみさぎの注意も聞かず、湊とは反対の背中からハロンへ斬りかかった。
 衝撃に合わせてバシリと地面を打つ長い尾が、地面をこすりながら左右に振れる。そんな動きを捕らえてヒラリと飛びかわす咲は、怪我をも感じさせない程に身軽だ。

 みさぎは応戦を考えたが、はやる気持ちを抑えて二人を見守った。
 地面に突いたロッドに身体を預ける。かすんだ視界に意識が遠のく感じを覚えて、「駄目だよ」とにしがみついた。
 もう少し回復が必要だ。そして、あわよくば最後は自分がハロンへ止めを刺したいと思う。

 左腕の使えない咲は、そのバランスの悪さをものともせずハロンの尾を駆け上がり、高い位置に三回ほど攻撃をした後、みさぎの所へ駆け寄って来た。

「やっぱりうまく入らないな。羽を落とせればいいんだけど」
「無理しなくていいよ」

 咲は肩で大きく息を吐き出すと、戦闘中の湊を見据えた。
 一向に止む気配を見せない雨に、ガタガタと震え出す身体を「寒いな」と言ってぎゅっと押さえる。

「みさぎこそ辛いんじゃないのか? 僕の怪我を治してくれたんだろう?」

 体調が悪いのは咲に筒抜けで、隠せる状態でもない。

「疲れてるだけだよ。どこも悪くないから。咲ちゃんはその怪我──」
「僕は平気だ」

 お互いが意地を張るように強がっていることが分かって、思わず二人で吹き出してしまう。今は笑っている状況ではないけれど、お互いどうにか無事なことに安堵した。

「何か私達って似てる?」
「そりゃ似てるだろ。僕たちは兄妹なんだから」

 得意気になる咲に、みさぎは「あれ」と首を傾げた。彼女が添え木した腕の上から羽織る上着に見覚えがある。

「その服、お兄ちゃんの? 会えたんだね」

 最近出掛ける時に良く着ている、ダークグリーンのジャンパーだ。

「あぁ、借りてきた。れんに連絡してくれてありがとな」
「ううん。パーカー血だらけだったもんね」

 にっこりと笑顔になる咲に、みさぎは「良かった」と目を細めた。
 蓮に送ったのはほんの一言のメールだったけれど、ちゃんと通じたらしい。出発の朝に垣間かいま見せた彼の不安を思うと連絡しない方が良かったかと思ったけれど、咲の顔を見るとそんな後悔は杞憂きゆうだったとホッとする。

 ただ、蓮と会った後に咲だけ戻って来るのは予想外だった。よくよく考えれば、足の動く咲がベッドでじっとしていられるなんて方がおかしいのかもしれない。

「お兄ちゃんもこっちに来たいって言わなかった?」
「言ってたよ。けど置いてきた。偉いだろ?」

 前に蓮に聞いた時、彼は戦う咲を見たくないと言っていた。やめろと言ってしまうからという理由だったけれど、結局咲はそんな心配性の蓮を振り切って来てしまったようだ。

「咲ちゃんも学校に居てくれて良かったのに」
「僕を仲間外れにするなよ。出しゃばったりしないようにするから、今だけはここに居させてくれ」
「もぅ。けど咲ちゃん、北の壁を守ってくれてありがとね」
「どういたしまして」

 地面から突然突き上げられた衝撃に「おっと」とこらえて、咲は続ける。

「僕は教官にこの戦いに混ざりたいって言った時、最初は足手まといになるだろうって断られたんだ。少しは役に立てたかな」
「勿論だよ。咲ちゃんが居なかったら、隔離壁かくりへきを突破されてたかもしれないんだよ?」
「それって胸張っていいのかな? みさぎがそう言ってくれるなら、僕は幸せ者だな」

 咲ははにかんで、右手でみさぎの手を掴む。
 前に広場で湊たちの戦いを見た時も、こうして咲と手を繋いだ。お泊り会の時も、もっとずっと前のターメイヤに居た頃も、いつもこの手はヒルスにふさがれていた。

 咲がいて、湊がいて、智や大人組がいて、この戦いが一人でないことを実感する。

「雨は大丈夫なのか?」
「うん。どうにかね」

 咲は「良かった」と微笑むと、ふいに湊の頭へと目を凝らした。

「ところで、あの黄色いのは何だ?」
「敵じゃないみたいだよ。チュウ助って呼んでたけど?」
「チュウ助?」

 みさぎは湊に言われたままの説明を返す。

「私もよく分からないけど、可愛いよね?」
「まぁ、可愛いけど。どっかで見たことある気がするんだよな……」
「そうなの? ターメイヤでってこと?」
「あぁ」

 首をひねる咲。
 みさぎはもう一度チュウ助を見やるが、リーナの記憶から同じ姿を探り出すことはできなかった。

 戦闘中の湊がハロンを坂とは逆の田んぼの方へと誘導していくのが分かって、みさぎ達は山側へ避けた。今の時期水のない田は平面に雪が積もっていて、戦うには格好の場所だ。

 この戦いを、ここで終わらせたい。
 あの切り取られたページの魔法はなるべく使いたくないと思いながら、みさぎは咲の手を握り締めて湊の戦闘を見守った。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

追放もの悪役勇者に転生したんだけど、パーティの荷物持ちが雑魚すぎるから追放したい。ざまぁフラグは勘違いした主人公補正で無自覚回避します

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
ざまぁフラグなんて知りません!勘違いした勇者の無双冒険譚  ごく一般的なサラリーマンである主人公は、ある日、異世界に転生してしまう。  しかし、転生したのは「パーティー追放もの」の小説の世界。  なんと、追放して【ざまぁされる予定】の、【悪役勇者】に転生してしまったのだった!  このままだと、ざまぁされてしまうが――とはならず。  なんと主人公は、最近のWeb小説をあまり読んでおらず……。  自分のことを、「勇者なんだから、当然主人公だろ?」と、勝手に主人公だと勘違いしてしまったのだった!  本来の主人公である【荷物持ち】を追放してしまう勇者。  しかし、自分のことを主人公だと信じて疑わない彼は、無自覚に、主人公ムーブで【ざまぁフラグを回避】していくのであった。  本来の主人公が出会うはずだったヒロインと、先に出会ってしまい……。  本来は主人公が覚醒するはずだった【真の勇者の力】にも目覚めてしまい……。  思い込みの力で、主人公補正を自分のものにしていく勇者!  ざまぁフラグなんて知りません!  これは、自分のことを主人公だと信じて疑わない、勘違いした勇者の無双冒険譚。 ・本来の主人公は荷物持ち ・主人公は追放する側の勇者に転生 ・ざまぁフラグを無自覚回避して無双するお話です ・パーティー追放ものの逆側の話 ※カクヨム、ハーメルンにて掲載

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

クラス転移、異世界に召喚された俺の特典が外れスキル『危険察知』だったけどあらゆる危険を回避して成り上がります

まるせい
ファンタジー
クラスごと集団転移させられた主人公の鈴木は、クラスメイトと違い訓練をしてもスキルが発現しなかった。 そんな中、召喚されたサントブルム王国で【召喚者】と【王候補】が協力をし、王選を戦う儀式が始まる。 選定の儀にて王候補を選ぶ鈴木だったがここで初めてスキルが発動し、数合わせの王族を選んでしまうことになる。 あらゆる危険を『危険察知』で切り抜けツンデレ王女やメイドとイチャイチャ生活。 鈴木のハーレム生活が始まる!

処理中です...