いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?

栗栖蛍

文字の大きさ
上 下
176 / 190
12章 禁忌の代償

162 仮面の女

しおりを挟む
 彼女もまたその姿になっていることは、メラーレから聞いていた。

「もう起きたの? まだ寝てても良かったのに」

 ここ数ヶ月で聞き慣れたよりも少し低い声は、やたら耳に馴染んだ。十七年の時を経て、懐かしさが込み上げる。

「本当に戻ってるんだな」

 屋上に居たのは、仮面をつけた女だった。まるで仮面舞踏会にでも行くような、目と鼻を覆うものだ。
 暗闇に白く浮き出た銀色の髪は腰まで長い。黒髪のあやとは別人のようだが、彼女の元の姿を考えれば違和感はなかった。

「何でそんなの付けてるの?」
「女はね、少しでも若くりたいと思うのよ」

 地球ではほぼ二年で一つずつ歳をとっていくという。
 魔法で若返っていた絢と比べると大分差はあるが、ヒルスがターメイヤで最後に見た彼女とは十歳も離れていない計算になる。

「ふぅん。別にルーシャは年取っても奇麗だと思うけど? それより胸がなくなった事の方が問題なんじゃない?」

 顔よりもまずそこに目が行って、咲はニヤリと笑って見せる。
 はちきれんばかりの豊満な絢の胸は、鈴木を始めとする男子生徒の夢であり憧れだった。なのに今はルーシャに戻ってうっすらな傾斜を服にかたどるだけだ。

「何よ、その上げて突き落とすようなセリフは。すっかり元気になったみたいね」
「お陰様でね。ルーシャも色々有難う、感謝してるよ。僕はあの壁の前で死ぬかもしれないって思ってたんだ。今こうして話せるのは、ルーシャが掛けてくれた魔法とみんなのお陰だよ」
「私のミスで怪我したのに、貴方達は兄妹でお人好しなのね。それより彼が驚いてるわよ?」

 言われて咲はハッとれんを見上げる。ルーシャに戻った絢の姿に気を奪われて、彼の事を一瞬忘れていた。
 蓮は炎の上がった空に顔を向けたまま、呆然ぼうぜんと立ち尽くしている。
 ここは隔離壁の内側で、彼がさっきまで居た所とは違う世界だ。説明はしてあるけれど、突然日常を逸脱いつだつした光景を見せられては驚くのも無理はない。

「蓮」

 顔を覗き込むと、大粒の雪がビシャリと彼のほおに当たる。咲がそれを指で拭い落すと蓮はビクリと身体を震わせ、その手を覆うように自分の手を重ねた。

「ごめん。ちょっとびっくりした」
「仕方ないよ。メラーレの所に行っててもいいぞ?」
「いや、こっちに居させて」

 首を振る蓮に「わかった」とうなずいて、咲は屋上のフェンスを右手で掴んだ。
 戦いの音を遠くに聞きながら暗がりに目を凝らすが、その姿は見えない。

「ルーシャ、まだみんなは生きてる?」
勿論もちろんよ。アッシュがずっとハロンと戦っているわ。正直、彼がこんなに戦える人だなんて思っていなかった」
「そうか、良かった」

 咲は安堵あんどしてフェンスに身体を預けた。冷たすぎる鉄の感触を心地良く感じる。

「それで? その姿は何の風の吹き回し? メラーレは理由を教えてくれなかったんだけど」

 上目遣いに見る咲に、絢は口の端を上げて見せた。ほおに薄く刻まれたしわが、少しだけ歳を感じさせる。

「気を使ってくれたのね。私の魔力が足りなくて、若い身体を維持する余裕がないだけよ。あの姿を保つのにも魔力がいるの。今はそんな無駄なものに使う力はないんだって諦めただけ」
「足りない、って。魔法が使えなくなってきてるって事?」
「そう言う事。将来的にゼロになるかどうかは分からないけど、これも禁忌を犯した代償なのかしら。貴方がアッシュを助ける以前に、私たちが生身でこの世界に来ること自体良くなかったのかもしれないわ」

 最初に出た黒いハロンとの戦いで死ぬ運命だったアッシュを救えば、今のこの戦いに影響が出ると言われた。
 その鍵を握る咲は、あえて彼を救う事を選んだ。彼に生きていて欲しかったからだ。

 今ルーシャの言葉を聞いて思うのは、この戦いに影響を与えているのが『誰が』ではなく『一人一人』なのだろうということだ。

「僕が言うのも何だけどさ、犯人探しみたいなことはやめようよ。前にも言ったけど、ルーシャだけのせいじゃないんだからな?」
「ありがとう。貴方が守ったこの隔離空間を最後まで維持させなきゃね」
「頼むよルーシャ。僕は……」
「貴方はまだ戦うつもりなんでしょう?」
「僕ってそんなに分かりやすい?」
「分かりやすいわ」

 メラーレの前では意気込んであんな薬まで飲んだけれど、正直絢には止められると思っていた。
 けれど彼女は咲に「気を付けるのよ」と告げる。

「止めないの?」
「止めても行くんでしょう?」
「うん」

 はっきりと答えると、蓮が「あの」と横から口を挟んだ。

「怪我した咲が一人で行っても、無事でいられるんですか?」
「それは分からないわ。こんな光景見せられちゃ心配するのも無理ないわよね。けど、アレの所に行くんですもの、絶対なんて言葉は使えないのよ」

 絢が闇へ向けて右手を伸ばした。
 西の空、彼女が指し示した先に赤い光が小さく光る。ヤツの目だ。
 地上から照らしつける炎の色に、漆黒の影がくっきりと映える。それがハロンの輪郭りんかくかたどっているのが分かって、咲と蓮は息を飲み込んだ。

「あれが……敵なんですか?」
「そうよ。このコに怪我をさせたのもアレよ。だから、今の咲に貴方を守ってあげられる余裕はないの。一人で行かせてあげて貰える?」
「……はい」

 沈黙を挟んで返事すると、蓮は感情を閉じ込めるように唇を結んだ。

「ありがとう、蓮。ちょっと手伝ってもらってもいいか?」

 咲は旗ポールの横へ移動して、くくりつけてある縄を掴んだ。仰ぎ見た暗い空に、ヒラヒラと旗がはためいている。

「これを外してくれないか? 向こうに持っていきたいんだ」
「旗を?」
「蓮の部屋に旗があるだろ? あれを見て作ろうって言ってたやつだよ。戦場でアイツらの帰る場所を作りたくて」

 蓮の好きな本に出てくる旗の意味を重ねて作った。

「僕はもうたいして戦えないけど、この旗を掲げて勝利を祈りたいんだよ」

 「そうなんだ」と縄を解く彼の目に少しだけ涙が見えて、咲は「待ってて」と蓮の着る中條のコートを掴んだ。

「分かったよ」

 その言葉を彼に言わせてしまったことに心が痛んだ。
 キィキィと音を立てて下りてきた旗を蓮から受け取って、咲は絢に頭を下げる。

「蓮をお願いします」

 咲は蓮に笑顔を送り、屋上を後にした。
 少し身体が痛んだけれど、早くその場から立ち去りたかった。
 自分の目から涙が零れ落ちそうになったのが分かったからだ。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

TS転移勇者、隣国で冒険者として生きていく~召喚されて早々、ニセ勇者と罵られ王国に処分されそうになった俺。実は最強のチートスキル持ちだった~

夏芽空
ファンタジー
しがないサラリーマンをしていたユウリは、勇者として異世界に召喚された。 そんなユウリに対し、召喚元の国王はこう言ったのだ――『ニセ勇者』と。 召喚された勇者は通常、大いなる力を持つとされている。 だが、ユウリが所持していたスキルは初級魔法である【ファイアボール】、そして、【勇者覚醒】という効果の分からないスキルのみだった。 多大な準備を費やして召喚した勇者が役立たずだったことに大きく憤慨した国王は、ユウリを殺処分しようとする。 それを知ったユウリは逃亡。 しかし、追手に見つかり殺されそうになってしまう。 そのとき、【勇者覚醒】の効果が発動した。 【勇者覚醒】の効果は、全てのステータスを極限レベルまで引き上げるという、とんでもないチートスキルだった。 チートスキルによって追手を処理したユウリは、他国へ潜伏。 その地で、冒険者として生きていくことを決めたのだった。 ※TS要素があります(主人公)

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

処理中です...