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12章 禁忌の代償
159 写真
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蓮に初めて会ったのは、今年の九月だ。
みさぎに兄がいると知って嫉妬した咲は、相手がどんな奴か見定めてやろうなんてことを思いながら、お泊り会と称して荒助家の門を潜った。
あの時、急なバイトが入ったと言いながら玄関で迎えてくれた蓮が、咲の記憶の中で最初に見た彼の姿だ。当日まで写真ですら見たことが無かった──筈だ。
「いや、それより前だよ。もっとずっと前。咲が小学生の頃の話だよ?」
「はぁ? だって、僕はみさぎに初めて会ったのが今年の二月なんだぞ?」
みさぎと会ったから、蓮との接点が生まれた。だから、先に蓮に会ったなんて話は順番がおかしい。
「けど、そうじゃないのか……?」
呟いて咲は首を捻る。けれど、小学生の頃だなんて全く想像できなかった。
咲も小五までは広井町に住んでいたが、仮にも近所にいたというなら、みさぎに気付かないなんてことはあり得ない。
「思い出せない?」
「思い出せない。ギブアップだ」
何だか悔しい気分になって、咲は頬を膨らませた。
「やっぱり覚えていないと思ったんだよ」
蓮は苦笑して、パンパンになった咲の頬を指で突く。
「人違いじゃないのか?」
「あれは咲だったよ。広井町の駅で俺が咲をみさぎと間違えたんだ。覚えてない?」
「えっ、それって……」
昨日咲がみさぎに話した初恋相手のエピソードではないのか。
あの話を誰かにしたのは初めてで、咲は相手の顔すら覚えていないのに。
「口止めしたのに……みさぎに聞いたんだろ」
あまりにも話がうますぎると疑うが、あれからみさぎが蓮にそんな話をしていたかと言えば、それもないような気がした。
蓮も「何の事?」と首を傾げる。
「だって、何で蓮があの時の事を知ってるんだよ……クッ」
勢いで起き上がろうとすると、今度は腕どころか胸の辺りも痛んだ。
「駄目だよ、無理に起きちゃ」
布団に押し戻されて、咲はムッと睨みながら蓮の言葉を待つ。何がどうなっているのか、さっぱり分からなかった。
「みさぎになんて、何も聞いてないよ。何で知ってるのかって、それが俺だったからじゃない?」
「だってあれは知らない人だったんだぞ? 妹を迎えに来てた、中学か高校生くらいの……」
「ほら、合ってるでしょ?」
「けど……」
確かに合っているような気がするけれど、納得ができない。
素直になれない咲の頭を撫でて、蓮は小さく歯を見せた。
「まぁ、俺も忘れてたんだけどさ」
「そうなのか?」
「うん、ずっと忘れてた。思い出したのは今年の春だよ。みさぎに入学式の写真見せられて、突然蘇ったっていうか。あん時の子だって確信したんだ」
笑顔を広げる蓮に、咲はみさぎの言葉を思い出す。
──『前に入学式の写真を見せたんだけど、咲ちゃんの事だいぶ気に入ってるみたい』
「みさぎと同じくらいの歳で、白樺台から来た可愛い子なんて、間違える確率の方が低くない?」
「……本当なのか?」
信じられなかった。
「昔より可愛くなってて、大分ハードル高そうだったけど。俺はまた咲に会いたいって思った。咲が家に初めて来た時よりも前から、俺は咲が好きだったんだよ」
「…………」
自分もそうだと言い掛けて、咲は出しかけた言葉を飲み込んだ。初恋だったと本人に伝えるには、思いが少し足りない気がした。
みさぎにはそうだと言ったけれど、あの時会った彼を優しいと思ったそれだけだったから。
「そんな偶然があるのか」
「偶然じゃないかも。咲はずっとみさぎに会えなかったって運命を悲観してたけど、駅で会った時みさぎは俺たちのすぐ側に居たんだよ」
──『お兄ちゃん』
視界がぼやけた。泣くつもりなんてなかった。
「だったら、あの時聞こえた声は、やっぱりリーナの声だったって言うのか……?」
そうかもしれないという気持ちはどこかにあった。それなのに電車の時間を優先させて、会う事が出来た筈の運命に、自分から背を向けたのだ。
「僕が思っていたよりもずっと、リーナは……」
思いが募って、咲は目をぎゅっと閉じる。
「咲が俺に会いたいって言ってくれたのは、俺がみさぎのアニキだからでしょ? そうじゃなかったら俺たちはあの駅で終わって、もう二度と会えなかっただろうし」
「違うよ、蓮。蓮がみさぎのアニキじゃなかったら、蓮はあの駅にさえ居なかったじゃないか──」
駅で会った彼は、妹を迎えに来たと言っていた。
「そうか。じゃあやっぱり、俺たちがあそこで会えたのも運命かもしれないな」
嬉しそうに笑う蓮を、あの日見た彼の笑顔と重ねることはできないけれど、別人だなどと否定する理由を一つも見つけることができなかった。
「運命って凄いんだな」
改めてそんなことを思いながら、咲は涙を拭って笑顔を返した。
みさぎに兄がいると知って嫉妬した咲は、相手がどんな奴か見定めてやろうなんてことを思いながら、お泊り会と称して荒助家の門を潜った。
あの時、急なバイトが入ったと言いながら玄関で迎えてくれた蓮が、咲の記憶の中で最初に見た彼の姿だ。当日まで写真ですら見たことが無かった──筈だ。
「いや、それより前だよ。もっとずっと前。咲が小学生の頃の話だよ?」
「はぁ? だって、僕はみさぎに初めて会ったのが今年の二月なんだぞ?」
みさぎと会ったから、蓮との接点が生まれた。だから、先に蓮に会ったなんて話は順番がおかしい。
「けど、そうじゃないのか……?」
呟いて咲は首を捻る。けれど、小学生の頃だなんて全く想像できなかった。
咲も小五までは広井町に住んでいたが、仮にも近所にいたというなら、みさぎに気付かないなんてことはあり得ない。
「思い出せない?」
「思い出せない。ギブアップだ」
何だか悔しい気分になって、咲は頬を膨らませた。
「やっぱり覚えていないと思ったんだよ」
蓮は苦笑して、パンパンになった咲の頬を指で突く。
「人違いじゃないのか?」
「あれは咲だったよ。広井町の駅で俺が咲をみさぎと間違えたんだ。覚えてない?」
「えっ、それって……」
昨日咲がみさぎに話した初恋相手のエピソードではないのか。
あの話を誰かにしたのは初めてで、咲は相手の顔すら覚えていないのに。
「口止めしたのに……みさぎに聞いたんだろ」
あまりにも話がうますぎると疑うが、あれからみさぎが蓮にそんな話をしていたかと言えば、それもないような気がした。
蓮も「何の事?」と首を傾げる。
「だって、何で蓮があの時の事を知ってるんだよ……クッ」
勢いで起き上がろうとすると、今度は腕どころか胸の辺りも痛んだ。
「駄目だよ、無理に起きちゃ」
布団に押し戻されて、咲はムッと睨みながら蓮の言葉を待つ。何がどうなっているのか、さっぱり分からなかった。
「みさぎになんて、何も聞いてないよ。何で知ってるのかって、それが俺だったからじゃない?」
「だってあれは知らない人だったんだぞ? 妹を迎えに来てた、中学か高校生くらいの……」
「ほら、合ってるでしょ?」
「けど……」
確かに合っているような気がするけれど、納得ができない。
素直になれない咲の頭を撫でて、蓮は小さく歯を見せた。
「まぁ、俺も忘れてたんだけどさ」
「そうなのか?」
「うん、ずっと忘れてた。思い出したのは今年の春だよ。みさぎに入学式の写真見せられて、突然蘇ったっていうか。あん時の子だって確信したんだ」
笑顔を広げる蓮に、咲はみさぎの言葉を思い出す。
──『前に入学式の写真を見せたんだけど、咲ちゃんの事だいぶ気に入ってるみたい』
「みさぎと同じくらいの歳で、白樺台から来た可愛い子なんて、間違える確率の方が低くない?」
「……本当なのか?」
信じられなかった。
「昔より可愛くなってて、大分ハードル高そうだったけど。俺はまた咲に会いたいって思った。咲が家に初めて来た時よりも前から、俺は咲が好きだったんだよ」
「…………」
自分もそうだと言い掛けて、咲は出しかけた言葉を飲み込んだ。初恋だったと本人に伝えるには、思いが少し足りない気がした。
みさぎにはそうだと言ったけれど、あの時会った彼を優しいと思ったそれだけだったから。
「そんな偶然があるのか」
「偶然じゃないかも。咲はずっとみさぎに会えなかったって運命を悲観してたけど、駅で会った時みさぎは俺たちのすぐ側に居たんだよ」
──『お兄ちゃん』
視界がぼやけた。泣くつもりなんてなかった。
「だったら、あの時聞こえた声は、やっぱりリーナの声だったって言うのか……?」
そうかもしれないという気持ちはどこかにあった。それなのに電車の時間を優先させて、会う事が出来た筈の運命に、自分から背を向けたのだ。
「僕が思っていたよりもずっと、リーナは……」
思いが募って、咲は目をぎゅっと閉じる。
「咲が俺に会いたいって言ってくれたのは、俺がみさぎのアニキだからでしょ? そうじゃなかったら俺たちはあの駅で終わって、もう二度と会えなかっただろうし」
「違うよ、蓮。蓮がみさぎのアニキじゃなかったら、蓮はあの駅にさえ居なかったじゃないか──」
駅で会った彼は、妹を迎えに来たと言っていた。
「そうか。じゃあやっぱり、俺たちがあそこで会えたのも運命かもしれないな」
嬉しそうに笑う蓮を、あの日見た彼の笑顔と重ねることはできないけれど、別人だなどと否定する理由を一つも見つけることができなかった。
「運命って凄いんだな」
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