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12章 禁忌の代償
157 ブロンド髪の彼女
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蓮が白樺台高校に着いた時には、もう夕方の四時を回っていた。
適当な理由を親に言って、みさぎの合宿中はいつでも車を使えるようにしておいた。
どうせ連絡なんか来ないだろうと思っていたが、案の定二日目でメールが来る。しかもみさぎから『学校へ来て』という短い文が送られてきただけで、返事には既読マークが一向につかないままだ。
この合宿は、部活の冬合宿という名目だが、それは異世界から転生してきた咲やみさぎたちが因縁の戦いに決着をつけるために設けられた口実だ。強靭な怪獣が次元を超えて、この田舎町に現れるという。
咲はいつも「大丈夫」だと言っていた気がするけれど、彼女が死ぬかもしれないという不安は蓮の中にいつもあった。戦うと言う事は、そう言う事だと思う。
雪の舞う曇り空が、夕方の薄暗い色を見せ始める。
今まさに戦闘中だろうと気構えて来たが、白樺台の駅前も町中も、いつもと変わらないような普段通りの時間が流れていた。
山奥とは言え、地球外生物との魔法戦となればニュースにならない方がおかしいと思っていたところだ。
校門の前の駐車スペースに車を停めて敷地の中に入ると、校庭の方からはしゃいだ声が聞こえてきた。うっすらと積もる雪を固めて、小学生くらいの子供たちが雪合戦をしている。
そんな平和に困惑しながら校舎へ近付くと、昇降口の奥に人影を見つけて、蓮は小走りに駆け寄った。
照明の消えた校舎内は薄暗かったが、それが大人の女性だという事は分かる。
彼女に小さく手招きされて扉を潜り、蓮は思わず眉を上げた。白衣姿で待ち構えた彼女が、日本人ではなかったからだ。
少女というには少し年上で、暗がりに映える茶系のブロンド髪が眩しい。彼女は赤いフレームの向こうの金色の瞳を細めて、愛らしい笑顔を見せる。
「みさぎちゃんの、お兄さんですね」
日本語は堪能だ。穏やかな表情の彼女に最悪の事態ではないことを汲み取って、蓮はホッと胸を押さえた。
「はい。咲たちは無事ですか?」
「勿論ですよ」
「良かった」
彼女が外国人の英語教師だと言われれば納得できるけれど、蓮はその考えを頭の中で否定した。
多分そうだろうという迷いと期待を込めて尋ねる。
「別の世界の方なんですか?」
緊張が声に出る。彼女はすぐに「はい」と笑顔で答えた。
「お兄さ……咲ちゃんから聞いてましたが、本当に詳しいんですね」
「すみません」
「謝らないで下さい。それに私も驚かせてしまってすみません。いつもはこんな姿じゃないんですけど、今日は事情があって。さぁ、どうぞ」
促されるままに靴を脱いで、蓮は用意されたスリッパを履いて校舎に上がる。すぐ横の校長室に入ると、奥の床が抜けていて地下への階段が伸びていた。
「この下です」
照明のない暗い階段を下りながら、彼女は話をしてくれた。
「さっきはみんなが無事だって言いましたが、咲ちゃんは怪我をしてます」
「怪我? 咲が?」
「大丈夫、命に別状はありません」
蓮が不安になる前に、彼女はそう加える。
「私はそこにいなかったんですが、彼女が外の世界を守ったんだって聞きました。それで、みさぎちゃんがお兄さんを呼びたいって言ったそうです」
「そうなんだ……」
「咲ちゃんはこの奥で休んでいる所です。ここから先は別次元になりますから、驚かないで下さいね」
「別次元?」
「まぁ、そんなに変わらないですけど。ただ、そこには私たち関係者と敵しかいないという事です」
『敵』という言葉に蓮は緊張を走らせる。
階段の一番下に下りた瞬間、キンと一瞬だけ耳の詰まる感じがした。山へ行った時のような感覚だ。けどすぐに戻る。
闇に隠れた扉が目の前で開き、途端に溢れた光を眩しく感じた。
「どうぞ」と促されて中に入ると、広い部屋の奥にベッドがあって、その上に横たわる咲を見つけた。
「咲」
ホッとした気持ちと不安が入り混じって、声が高くなる。
駆け寄る蓮に、咲は反応を見せなかった。
髪は乱れ、掛けられたタオルケットから出た袖口に血の痕が滲む。パッと見た感じではとても『大丈夫』そうには見えなかった。
ベッドの横に膝をついて咲の手を握り締める。温かい感触に胸を撫で下ろすと、今度は部屋が突然ミシミシと揺れた。
地震かと思ったけれど、ブロンド髪の彼女が「戦闘中ですので」と説明する。
ここはさっきまでいた世界とは違うという事だが、いまいち実感がわかない。
「私はちょっと上に行ってきますので、彼女に付いていてあげて下さい。ここなら安全ですから」
「分かりました。あの、連れて来てくれてありがとうございます」
蓮が頭を下げると、彼女はふるふると首を振る。
「彼女が喜んでくれたら、私も嬉しいんですよ」
彼女はそんな言葉を残して部屋を出て行った。
バタリという扉の音に反応して、咲の瞼がピクリと震える。
「咲?」
呼び掛けるとまた部屋が揺れた。今この世界の地上では、何が起きているというのか。
蓮が繋いだ手に力を込めると、咲はゆっくりと覚醒した。
「……れん?」
先に声がして、蓮を捕らえた瞳が驚愕を滲ませる。
「夢?」
「夢じゃないよ」
蓮は咲の額をそっと撫でて、「良かった」と安堵した。
適当な理由を親に言って、みさぎの合宿中はいつでも車を使えるようにしておいた。
どうせ連絡なんか来ないだろうと思っていたが、案の定二日目でメールが来る。しかもみさぎから『学校へ来て』という短い文が送られてきただけで、返事には既読マークが一向につかないままだ。
この合宿は、部活の冬合宿という名目だが、それは異世界から転生してきた咲やみさぎたちが因縁の戦いに決着をつけるために設けられた口実だ。強靭な怪獣が次元を超えて、この田舎町に現れるという。
咲はいつも「大丈夫」だと言っていた気がするけれど、彼女が死ぬかもしれないという不安は蓮の中にいつもあった。戦うと言う事は、そう言う事だと思う。
雪の舞う曇り空が、夕方の薄暗い色を見せ始める。
今まさに戦闘中だろうと気構えて来たが、白樺台の駅前も町中も、いつもと変わらないような普段通りの時間が流れていた。
山奥とは言え、地球外生物との魔法戦となればニュースにならない方がおかしいと思っていたところだ。
校門の前の駐車スペースに車を停めて敷地の中に入ると、校庭の方からはしゃいだ声が聞こえてきた。うっすらと積もる雪を固めて、小学生くらいの子供たちが雪合戦をしている。
そんな平和に困惑しながら校舎へ近付くと、昇降口の奥に人影を見つけて、蓮は小走りに駆け寄った。
照明の消えた校舎内は薄暗かったが、それが大人の女性だという事は分かる。
彼女に小さく手招きされて扉を潜り、蓮は思わず眉を上げた。白衣姿で待ち構えた彼女が、日本人ではなかったからだ。
少女というには少し年上で、暗がりに映える茶系のブロンド髪が眩しい。彼女は赤いフレームの向こうの金色の瞳を細めて、愛らしい笑顔を見せる。
「みさぎちゃんの、お兄さんですね」
日本語は堪能だ。穏やかな表情の彼女に最悪の事態ではないことを汲み取って、蓮はホッと胸を押さえた。
「はい。咲たちは無事ですか?」
「勿論ですよ」
「良かった」
彼女が外国人の英語教師だと言われれば納得できるけれど、蓮はその考えを頭の中で否定した。
多分そうだろうという迷いと期待を込めて尋ねる。
「別の世界の方なんですか?」
緊張が声に出る。彼女はすぐに「はい」と笑顔で答えた。
「お兄さ……咲ちゃんから聞いてましたが、本当に詳しいんですね」
「すみません」
「謝らないで下さい。それに私も驚かせてしまってすみません。いつもはこんな姿じゃないんですけど、今日は事情があって。さぁ、どうぞ」
促されるままに靴を脱いで、蓮は用意されたスリッパを履いて校舎に上がる。すぐ横の校長室に入ると、奥の床が抜けていて地下への階段が伸びていた。
「この下です」
照明のない暗い階段を下りながら、彼女は話をしてくれた。
「さっきはみんなが無事だって言いましたが、咲ちゃんは怪我をしてます」
「怪我? 咲が?」
「大丈夫、命に別状はありません」
蓮が不安になる前に、彼女はそう加える。
「私はそこにいなかったんですが、彼女が外の世界を守ったんだって聞きました。それで、みさぎちゃんがお兄さんを呼びたいって言ったそうです」
「そうなんだ……」
「咲ちゃんはこの奥で休んでいる所です。ここから先は別次元になりますから、驚かないで下さいね」
「別次元?」
「まぁ、そんなに変わらないですけど。ただ、そこには私たち関係者と敵しかいないという事です」
『敵』という言葉に蓮は緊張を走らせる。
階段の一番下に下りた瞬間、キンと一瞬だけ耳の詰まる感じがした。山へ行った時のような感覚だ。けどすぐに戻る。
闇に隠れた扉が目の前で開き、途端に溢れた光を眩しく感じた。
「どうぞ」と促されて中に入ると、広い部屋の奥にベッドがあって、その上に横たわる咲を見つけた。
「咲」
ホッとした気持ちと不安が入り混じって、声が高くなる。
駆け寄る蓮に、咲は反応を見せなかった。
髪は乱れ、掛けられたタオルケットから出た袖口に血の痕が滲む。パッと見た感じではとても『大丈夫』そうには見えなかった。
ベッドの横に膝をついて咲の手を握り締める。温かい感触に胸を撫で下ろすと、今度は部屋が突然ミシミシと揺れた。
地震かと思ったけれど、ブロンド髪の彼女が「戦闘中ですので」と説明する。
ここはさっきまでいた世界とは違うという事だが、いまいち実感がわかない。
「私はちょっと上に行ってきますので、彼女に付いていてあげて下さい。ここなら安全ですから」
「分かりました。あの、連れて来てくれてありがとうございます」
蓮が頭を下げると、彼女はふるふると首を振る。
「彼女が喜んでくれたら、私も嬉しいんですよ」
彼女はそんな言葉を残して部屋を出て行った。
バタリという扉の音に反応して、咲の瞼がピクリと震える。
「咲?」
呼び掛けるとまた部屋が揺れた。今この世界の地上では、何が起きているというのか。
蓮が繋いだ手に力を込めると、咲はゆっくりと覚醒した。
「……れん?」
先に声がして、蓮を捕らえた瞳が驚愕を滲ませる。
「夢?」
「夢じゃないよ」
蓮は咲の額をそっと撫でて、「良かった」と安堵した。
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