いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?

栗栖蛍

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12章 禁忌の代償

151 声

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 ハロンの長い尾を勢いだけで駆け登り、羽より少し下の位置を剣で切りつける。
 弱点だという背中の中心を狙いたかったが、羽が邪魔してそこまで行くことができなかった。

 ここは隔離かくり空間の北の端だ。
 戦闘には向かない狭い場所だけれど、ハロンの巨体が動くたびに木が倒れて、少しずつ地面が広がっていく。細かい木片がハロンの硬い皮に弾かれて、クルリと空に舞った。

 咲はもう一度ハロンに剣を叩き付けて、地面へとジャンプする。
 どれだけ攻撃すれば致命傷を与えられるのだろうか。全くダメージを受けた様子はない。
 ヤツは痛いとかいう感情が薄いのかもしれないし、目的の為だけに動いているようにも見える。

 敵の目的は、隔離されたこの空間を離脱することなのだろうか。
 咲が地面に下りて構えると、ハロンはすぐに興味を壁へ移して壁への体当たりを繰り返す。

 すぐそこにある魔法陣は、やっぱり機能していないと思った。

「ルーシャの魔法が失敗だったなんて、そんなことあるのか?」

 彼女の魔法は絶対的なもののような気がしていたけれど、良く考えてみればついこの間も失敗したばかりだ。

「鈴木の時もそうだったか」

 学校の地下にもぐり込んだ鈴木に一華いちかともの関係を見られて、ルーシャに記憶の消去を頼んだが、消えたのは地下室の記憶だけだった。
 彼女に何か良くないことが起きているのだろうか。

「ここの魔法陣に不具合が出てるってんなら、僕が守らなきゃだろう?」

 牙をき出しにして短く叫んだハロンが、咲の前に滑らせた尾を跳ね上げた。咲は後ろに飛んで着地を決めると、隔離壁に背を向けた巨体と向き合って、声を張り上げる。

「いいか、僕を見くびるんじゃないぞ。魔法さえなかったら、僕は智より強いんだからな?」

 壁からハロンを少しでも離さなければと思う。
 再び倒れた木をけて、咲は剣を振る。

 実戦なんて久しぶりだ。
 恐怖からの震えを武者震むしゃぶるいだと言い聞かせて、「行くぞ」と舌を出す。
 地団太じだんだを踏むように足を鳴らして踏み込んでくるハロンの咆哮ほうこうは、女の悲鳴のようにも聞こえた。

「オスだと思ってたんだけどな。実はメスだったりして」

 腕をかすめた羽に斬り込んで、咲は少しずつハロンを戦闘空間の中心へと誘導していく。
 戦場を確保したところで、踏みつけようと振り上げられた足の下へ入り込んだ。
 かかとに剣を突き付けると、よろめいたハロンがまっさらな雪の上へたたらを踏む。途端に白い雪に黒い魔法陣が光った。

 運は少しばかり自分に味方してくれているらしい。
 ルーシャの置いた魔法陣だ。文言もんごんもなく勝手に発動して、ハロンへドンと衝撃を与える。

 自分が百の力を出した所で、ハロンに勝てるとは思っていない。けれど、まだ引きたくはなかった。

 ──『もし戦闘で迷う事があれば、多分それは進まない方がいい』

「あぁそうだよ。行かない方がいいのなんて分かってる。けど僕が行かなきゃ、誰かが来る前にこの壁が破られるかもしれないだろう?」

 中條の言葉を思い出して一瞬踏みとどまるが、咲は「やる」と前に出る。

「迷ってなんかいないからな? 僕はこの場所を守る!」

 体勢を崩したハロンに好機を見て、咲は正面から斬りかかった。
 切っ先が硬い肌に触れた瞬間、ハロンの左手が咲の身体を鷲掴わしづかみにする。

「うわぁぁあ」

 動きを奪われるまで一瞬だった。
 ザラザラと硬い指が、ぎゅうと身体に食い込んでくる。
 鋭い爪が刺さらなかったのは運が良かった。けれど、それだけだ。圧倒的な力が加わって、そのまま握り潰されてしまいそうだ。

 咲を掴んだ手が、ハロンの顔近くに持ち上げられる。えさを見定めているのか、敵が息絶える瞬間を目の前で見ようとしているのか。
 咲は恐怖に目をこじ開けた。
 並んだ牙が迫って、咲は「離せ」と叫ぶ。

「お前まさか、僕を食べるつもりか? ハロンが人間を食べるなんて聞いてないぞ! 僕なんか食べたってうまくないんだからな!」

 指で押さえられた身体は全く動かない。圧迫された胸に咳込むと、吐き出したつばに血が混じった。

「僕はここで死ぬのか?」

 頭に過った『死』という言葉に恐怖が舞い降りる。

「嫌だ……死んだら蓮に会えなくなるだろう!」

 少しずつ圧力が増して、全身の骨がきしんだ。悲鳴すら上げられず、必死に呼吸を繰り返す。

「ち、畜生……死ぬもんか。考えろ咲、お前は男だろう?」

 こんな所で死ぬために戦うと言ったわけじゃない。剣はハロンのてのひらの中にある。

「まだ、やれることはあるんだ……」

 左腕の感覚はないけれど、剣を握り締めた右手はまだ動いた。
 一回だけなら攻撃できるかもしれない。
 刃はハロンの皮膚に向いている。これを引き抜くことができたら──。

「くっそぉぉおお!」

 その一瞬に力を込めて、咲は剣を上へと引き上げた。
 拘束こうそくした手が一瞬ゆるんで、咲はい出るように身体を動かす。

 同時にハロンはブンと手を払って、咲は咄嗟とっさに受け身を取った。
 数メートルの高さからの落下だ。
 地面への直撃はこらえたが、想像以上の衝撃に数秒意識が飛んだ。
 ぼやけた視界に目をこじ開けることができたのは、ルーシャの防御魔法のお陰だ。
 あれがなかったら即死していたかもしれない。
 状況は悪すぎる。

「はぁはぁ……」

 息をするのも辛かった。血まみれの口元を腕で拭うと、パーカーの袖口が真っ赤に染まった。
 よろりと立ち上がって一度崩れる。穴の開いた隔離壁の前へ足を引きずり、咲は両手を広げた。

「ここは……通さないからな? 絶対にだ!」

 視界に光がチラついて、ハロンの姿がかすむ。もう限界だ。

「蓮……」

 遠のく意識の端に、聞き覚えのある声が響いた。

「……ス、ヒルス!」

 これは助かったと言えるのだろうか。

「行け」

 いつも明るい智の、低く重い声が耳の奥に沈み込む。
 あおるような炎の熱を顔に感じて、咲はホッと目を閉じた。





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