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12章 禁忌の代償
150 すきま風
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南の空から何かがこっちに向かって来るのが分かった。
地上からの視界が悪く、咲は適当な木に登って隔離壁内の様子を伺っていた。
魔力のない咲がそれをハロンだと理解したのは、大きな黒い影が滑空するように羽を左右に広げた時だ。ヒルスの時チラと見た姿と、旗に智が描いた姿が、迫る黒いシルエットに重なる。
「え、もう?」
驚いている暇はない。
ついさっき地響きがしてハロンが出ただろう事は分かっていたが、まだこっちは平和だと思っていた。
慌てて木を下りて、覚えたての要領で剣を手中に取り出した。
「まさか、みさぎや智がやられたって言うんじゃないだろうな?」
一瞬過った不安を、「そんなわけないだろ」と否定して剣を構える。
ヒルスの時、ハロンに剣を向けたことはないが、いざ目の前に現れるとどう動いていいのか分からないくらいに大きかった。
ずっと被っていたフードを名残惜しく剥いだのは、視界を最大まで確保するためだ。中に着る蓮のパーカーごとコートの袖をまくって、木々の間に覗くハロンを睨みつける。
「僕はコイツと戦うのか?」
飛ぶ速度は予想よりも少し遅い。ただ、奴の向かって来る先に居るのが他に誰も居ないという事に恐怖を覚えた。
今自分に逃げる選択肢はない。自分が戦いたいと言ってここに来たのだ。
足が竦んでいる。手も震えている。
「畜生。こんなの最初から負けを認めるって事じゃないか」
けれど魔法が使えないのは、湊も同じだ。奴も剣一本でハロンに挑もうとしている。
「それが選ばれた奴と僕の差だっていうのか?」
ヒュウと頭上に風が吹いて、咲はハロンを気にしつつ顔を上げた。
隔離空間の中でも風は吹くが、それは自然がもたらすものとは少し違う音に聞こえた。
細くか細い隙間風のような音に、「何だ?」と原因を探る。
咲のすぐ側には、空間隔離用の魔法陣があった。そこから真上に伸びる透明な壁は、魔力のない咲でも肉眼で捉えることができる。
ただ、地面に貼りついた文字列に違和感を感じた。
発動した魔法陣と言えば、眩しいくらいに光が溢れているものだと思うのに、まるで発動前のように文字だけがそこにある。
「これ、機能してるんだよな……?」
そう考えている間に、ハロンはどんどん距離を詰めてくる。
黒い影に赤みがさして、全容が露わになった所から直撃まではあっという間だった。
ハロンは高い位置を飛んだまま咲の頭上を越え、降下することなく隔離壁にぶち当たる。
ゴウンと軋んだ地面に咲は体勢を崩し、片膝をついて、「ちょっと待てよ」とハロンに叫んだ。
その声にハロンが気付いているのかどうかは分からない。グラリとよろめいた巨体を再び壁に打ち付けて、咆哮を繰り返す。
「お前、外へ出るつもりか?」
そうしているとしか思えなかった。
「ぶち破れるとでも思ってるのか?」
ターメイヤでウィザードに次ぐ力を持つと言われる、ウィッチのルーシャが発動させた空間隔離だ。ハロンが最強の敵とはいえ、簡単に破れるとは思えない。
ここを抜けられたら死人が出ると絢は言った。ここから出るという事は、町にも人にも被害が出るという事だ。
ずっと次元を彷徨ったハロンがようやく表へ出て、この戦闘空間でさえ拒絶しているのかもしれない。
「けど……」
咲は冷や汗を感じつつ剣を構えた。
そこにある空間隔離の魔法陣は、やはり機能していない気がした。
この細い風の音は、隔離壁にできた歪みからだというのか。それをハロンが本能的に嗅ぎ分けて外へ出ようとしているのなら──。
壁に跳ね返ったハロンが、辺りの木々を踏みつけるように着地した。
バキバキとなぎ倒された木を避けて、咲は「ふざけるな」と声を荒げる。
「ここを突破させるわけにはいかないんだよ!」
咲は叫んで、背中からハロンに切りかかった。
地上からの視界が悪く、咲は適当な木に登って隔離壁内の様子を伺っていた。
魔力のない咲がそれをハロンだと理解したのは、大きな黒い影が滑空するように羽を左右に広げた時だ。ヒルスの時チラと見た姿と、旗に智が描いた姿が、迫る黒いシルエットに重なる。
「え、もう?」
驚いている暇はない。
ついさっき地響きがしてハロンが出ただろう事は分かっていたが、まだこっちは平和だと思っていた。
慌てて木を下りて、覚えたての要領で剣を手中に取り出した。
「まさか、みさぎや智がやられたって言うんじゃないだろうな?」
一瞬過った不安を、「そんなわけないだろ」と否定して剣を構える。
ヒルスの時、ハロンに剣を向けたことはないが、いざ目の前に現れるとどう動いていいのか分からないくらいに大きかった。
ずっと被っていたフードを名残惜しく剥いだのは、視界を最大まで確保するためだ。中に着る蓮のパーカーごとコートの袖をまくって、木々の間に覗くハロンを睨みつける。
「僕はコイツと戦うのか?」
飛ぶ速度は予想よりも少し遅い。ただ、奴の向かって来る先に居るのが他に誰も居ないという事に恐怖を覚えた。
今自分に逃げる選択肢はない。自分が戦いたいと言ってここに来たのだ。
足が竦んでいる。手も震えている。
「畜生。こんなの最初から負けを認めるって事じゃないか」
けれど魔法が使えないのは、湊も同じだ。奴も剣一本でハロンに挑もうとしている。
「それが選ばれた奴と僕の差だっていうのか?」
ヒュウと頭上に風が吹いて、咲はハロンを気にしつつ顔を上げた。
隔離空間の中でも風は吹くが、それは自然がもたらすものとは少し違う音に聞こえた。
細くか細い隙間風のような音に、「何だ?」と原因を探る。
咲のすぐ側には、空間隔離用の魔法陣があった。そこから真上に伸びる透明な壁は、魔力のない咲でも肉眼で捉えることができる。
ただ、地面に貼りついた文字列に違和感を感じた。
発動した魔法陣と言えば、眩しいくらいに光が溢れているものだと思うのに、まるで発動前のように文字だけがそこにある。
「これ、機能してるんだよな……?」
そう考えている間に、ハロンはどんどん距離を詰めてくる。
黒い影に赤みがさして、全容が露わになった所から直撃まではあっという間だった。
ハロンは高い位置を飛んだまま咲の頭上を越え、降下することなく隔離壁にぶち当たる。
ゴウンと軋んだ地面に咲は体勢を崩し、片膝をついて、「ちょっと待てよ」とハロンに叫んだ。
その声にハロンが気付いているのかどうかは分からない。グラリとよろめいた巨体を再び壁に打ち付けて、咆哮を繰り返す。
「お前、外へ出るつもりか?」
そうしているとしか思えなかった。
「ぶち破れるとでも思ってるのか?」
ターメイヤでウィザードに次ぐ力を持つと言われる、ウィッチのルーシャが発動させた空間隔離だ。ハロンが最強の敵とはいえ、簡単に破れるとは思えない。
ここを抜けられたら死人が出ると絢は言った。ここから出るという事は、町にも人にも被害が出るという事だ。
ずっと次元を彷徨ったハロンがようやく表へ出て、この戦闘空間でさえ拒絶しているのかもしれない。
「けど……」
咲は冷や汗を感じつつ剣を構えた。
そこにある空間隔離の魔法陣は、やはり機能していない気がした。
この細い風の音は、隔離壁にできた歪みからだというのか。それをハロンが本能的に嗅ぎ分けて外へ出ようとしているのなら──。
壁に跳ね返ったハロンが、辺りの木々を踏みつけるように着地した。
バキバキとなぎ倒された木を避けて、咲は「ふざけるな」と声を荒げる。
「ここを突破させるわけにはいかないんだよ!」
咲は叫んで、背中からハロンに切りかかった。
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