162 / 190
12章 禁忌の代償
148 引き寄せられた刺客
しおりを挟む
ルーシャの魔法によって戦場が隔離された。
天井を見上げると、雲の行き交う空の下に薄い透明の膜が見える。中から外への影響はないが、風は吹き、雪も普通に落ちてくるせいであまりその実感はない。
宙に浮いたままのハロンとの長い対峙に、みさぎは相手の出方を待った。
このハロンを怪獣のようだと言ったが、ドラゴンに近い気もする。大きな羽を背に持ち、地面に下りれば安定した二足歩行をする。口元には無数の牙を付け、鋭い爪を生やした手足は四足獣の体も成した。
敵が何の目的で暴れようとするのかは分からないが、十七年も次元を彷徨って抜け出した解放感は計り知れない。
「この世界に出て、貴方はどうするつもり?」
開きっぱなしの瞳孔に意思は感じられない。
憎悪だって何だっていい、ほんの少しの感情を垣間見ることができればいいと思うのに、顔色に変化はなかった。
「映画とか見るとラスボスの出現って不気味な音楽が掛かってたりするけど、実際は静かなものだね」
風のようなハロンの息遣いが風景の音に混ざる。辺りがやたら静かなせいで、十数年ぶりの再会を、余りにも素っ気なく感じてしまった。
けれど、演出などなくてもその巨大さだけで恐怖は十分に伝わってくる。
張り詰めた緊張を破るようにハロンが左右に広げていた羽を落として、みさぎの頭上目掛けて降下した。
背後へ跳び退ると、巨体が着地した衝撃に足がドンと跳び上がる。
低い跳躍からの、魔法陣発動。
「行け」という合図がハロンの腹を白い光で斬りつける。
喉の奥から出るギャアという悶絶が、どれだけのダメージを食らっての事かは分からないが、患部に走った白い傷跡はすぐに塞がって、ハロンはみさぎとの距離を詰めた。
あっという間の三歩から、斜めに片羽を振り下ろす。
みさぎは駆け足で逃げて、武器を構えた。
ハロンの攻撃は単純だ。全身を使って力任せに向かって来る。
魔法は使えないと思うけれど、前の戦いでリーナをどん底へ落とした雨は、ハロンが降らせたものだとみさぎは思っている。雷を呼んだのが本当にそうなのかは分からないが、嵐は避けたい。
「相変わらず大したダメージにならないね。これならどう?」
ロッドの玉の前に魔法陣を出し、その中心から光を突き付ける。
ハロンはキラキラと派手な光線を胸に受け、二本の太い脚を地面に滑らせて後退した。追撃の光を重ねると、ギザギザに生えた牙を見せつけて大きく咆哮する。
ハロンがくるりと方向転換して、長い尾が辺りの木々を薙ぎ払った。バキバキッと音が鳴り、広場を囲う木々が倒れる。
飛び散った土が頬に当たって、みさぎは指で払い落とした。
羽と背の隙間を狙って丸めた光を投げ込むと、仰け反った身体が再び宙へと上がる。
ここまでの攻撃は、みさぎにとってまだまだ初歩の魔法ばかりだ。
咲ほどではないけれど、戦闘に蓮から養われたアニメやらゲームの影響を少なからず受けている。
敵を見て体力ゲージを頭に思い描くのもそうだ。今のハロンのHPゲージは、恐らく十分の一も減ってはいないだろう。
少し相手の体力を削ってから特大の一撃を──とシミュレーションしたものの、その瞬間を待たずに戦場は急展開の気配を見せた。
「ちょっと待って……何これ」
辺りに広がった負の気配に、みさぎは顔を上げる。その原因は目の前の脅威とは別だ。
隔離された戦場の一辺は三キロ程度で、一匹のハロンを相手するには広すぎると思っていた。なのに戦というのはやはり予定通りにはいかない。
「他にも居るの?」
開いたままの次元の穴から、ガサガサと音が響いた。
黒い闇に黄色い光が無数に見えて、何体ものモンスターが弾き出されるように飛び出てくる。
「ちょっと!」
小型だ。けれど数が多く種類も一つや二つではなかった。どれも羽が付いていて、方々へと散らばっていく。
「これって……ハロンに紛れて次元に入り込んだモンスターってこと?」
その姿は、リーナの記憶にあるものとないものが居た。
地球産ではなく、全てがターメイヤ産かというとそれも違う。ハロンもターメイヤ以外の次元から舞い込んだ敵だ。
ハロンと共に次元を彷徨った奴等が、穴に引き寄せられて次から次へと現れる。
「どんだけ出てくるの?」
みさぎは驚愕と怒りに任せて、ロッドの柄を勢い良く地面に突きつけた。
足元にクルリと広がった魔法陣が広場を覆うように伸びて、キンと光を跳ね上げる。
モンスターは一斉に鳴いて生気を失う。
ハロン以外どれも雑魚だ。バタバタッと地面に落ちると、細い煙を立ち上らせて霧散する。奴等にとっては一瞬の解放だった。
けれど全てを倒したわけではない。魔法陣の光から漏れた敵は、もう彼方へと行ってしまった。
キリなくモンスターが出てくるが、穴を塞いで止めることはできない。
息絶えた奴等の中心で、ハロンだけが無傷だ。
「余計な奴連れて来ないで。アンタも少し痛がってよ」
感情のない赤い瞳が、みさぎを一瞬だけ捉えて北を見据える。
バサリと羽を広げて、ハロンはその場を飛び立った。
みさぎはその後を追い掛けようとしたが、再び沸いたモンスターに「もぅ」と吐いて、首から外したマフラーを地面へ放り投げる。
真冬の風景の中、汗が滲んだ。
「私を行かせないつもり?」
ここから北は智の居る方角だ。
今の彼が相手なら、すぐに殺られたりはしないだろうけれど。
今度は手に貯めた光を、小さな羽根つきのモンスター達にドンと投げつける。
穴の向こうの気配は途切れることを知らない。
ただ、この雑魚だけなら問題ないと思うのに、それだけでは済まないような不安を垣間見た。
「他に凄いのがいるような気がする……」
けれどそれが何なのかは見当がつかない。
破裂させた光でモンスターを一掃し、みさぎは他の仲間たちの無事を祈った。
天井を見上げると、雲の行き交う空の下に薄い透明の膜が見える。中から外への影響はないが、風は吹き、雪も普通に落ちてくるせいであまりその実感はない。
宙に浮いたままのハロンとの長い対峙に、みさぎは相手の出方を待った。
このハロンを怪獣のようだと言ったが、ドラゴンに近い気もする。大きな羽を背に持ち、地面に下りれば安定した二足歩行をする。口元には無数の牙を付け、鋭い爪を生やした手足は四足獣の体も成した。
敵が何の目的で暴れようとするのかは分からないが、十七年も次元を彷徨って抜け出した解放感は計り知れない。
「この世界に出て、貴方はどうするつもり?」
開きっぱなしの瞳孔に意思は感じられない。
憎悪だって何だっていい、ほんの少しの感情を垣間見ることができればいいと思うのに、顔色に変化はなかった。
「映画とか見るとラスボスの出現って不気味な音楽が掛かってたりするけど、実際は静かなものだね」
風のようなハロンの息遣いが風景の音に混ざる。辺りがやたら静かなせいで、十数年ぶりの再会を、余りにも素っ気なく感じてしまった。
けれど、演出などなくてもその巨大さだけで恐怖は十分に伝わってくる。
張り詰めた緊張を破るようにハロンが左右に広げていた羽を落として、みさぎの頭上目掛けて降下した。
背後へ跳び退ると、巨体が着地した衝撃に足がドンと跳び上がる。
低い跳躍からの、魔法陣発動。
「行け」という合図がハロンの腹を白い光で斬りつける。
喉の奥から出るギャアという悶絶が、どれだけのダメージを食らっての事かは分からないが、患部に走った白い傷跡はすぐに塞がって、ハロンはみさぎとの距離を詰めた。
あっという間の三歩から、斜めに片羽を振り下ろす。
みさぎは駆け足で逃げて、武器を構えた。
ハロンの攻撃は単純だ。全身を使って力任せに向かって来る。
魔法は使えないと思うけれど、前の戦いでリーナをどん底へ落とした雨は、ハロンが降らせたものだとみさぎは思っている。雷を呼んだのが本当にそうなのかは分からないが、嵐は避けたい。
「相変わらず大したダメージにならないね。これならどう?」
ロッドの玉の前に魔法陣を出し、その中心から光を突き付ける。
ハロンはキラキラと派手な光線を胸に受け、二本の太い脚を地面に滑らせて後退した。追撃の光を重ねると、ギザギザに生えた牙を見せつけて大きく咆哮する。
ハロンがくるりと方向転換して、長い尾が辺りの木々を薙ぎ払った。バキバキッと音が鳴り、広場を囲う木々が倒れる。
飛び散った土が頬に当たって、みさぎは指で払い落とした。
羽と背の隙間を狙って丸めた光を投げ込むと、仰け反った身体が再び宙へと上がる。
ここまでの攻撃は、みさぎにとってまだまだ初歩の魔法ばかりだ。
咲ほどではないけれど、戦闘に蓮から養われたアニメやらゲームの影響を少なからず受けている。
敵を見て体力ゲージを頭に思い描くのもそうだ。今のハロンのHPゲージは、恐らく十分の一も減ってはいないだろう。
少し相手の体力を削ってから特大の一撃を──とシミュレーションしたものの、その瞬間を待たずに戦場は急展開の気配を見せた。
「ちょっと待って……何これ」
辺りに広がった負の気配に、みさぎは顔を上げる。その原因は目の前の脅威とは別だ。
隔離された戦場の一辺は三キロ程度で、一匹のハロンを相手するには広すぎると思っていた。なのに戦というのはやはり予定通りにはいかない。
「他にも居るの?」
開いたままの次元の穴から、ガサガサと音が響いた。
黒い闇に黄色い光が無数に見えて、何体ものモンスターが弾き出されるように飛び出てくる。
「ちょっと!」
小型だ。けれど数が多く種類も一つや二つではなかった。どれも羽が付いていて、方々へと散らばっていく。
「これって……ハロンに紛れて次元に入り込んだモンスターってこと?」
その姿は、リーナの記憶にあるものとないものが居た。
地球産ではなく、全てがターメイヤ産かというとそれも違う。ハロンもターメイヤ以外の次元から舞い込んだ敵だ。
ハロンと共に次元を彷徨った奴等が、穴に引き寄せられて次から次へと現れる。
「どんだけ出てくるの?」
みさぎは驚愕と怒りに任せて、ロッドの柄を勢い良く地面に突きつけた。
足元にクルリと広がった魔法陣が広場を覆うように伸びて、キンと光を跳ね上げる。
モンスターは一斉に鳴いて生気を失う。
ハロン以外どれも雑魚だ。バタバタッと地面に落ちると、細い煙を立ち上らせて霧散する。奴等にとっては一瞬の解放だった。
けれど全てを倒したわけではない。魔法陣の光から漏れた敵は、もう彼方へと行ってしまった。
キリなくモンスターが出てくるが、穴を塞いで止めることはできない。
息絶えた奴等の中心で、ハロンだけが無傷だ。
「余計な奴連れて来ないで。アンタも少し痛がってよ」
感情のない赤い瞳が、みさぎを一瞬だけ捉えて北を見据える。
バサリと羽を広げて、ハロンはその場を飛び立った。
みさぎはその後を追い掛けようとしたが、再び沸いたモンスターに「もぅ」と吐いて、首から外したマフラーを地面へ放り投げる。
真冬の風景の中、汗が滲んだ。
「私を行かせないつもり?」
ここから北は智の居る方角だ。
今の彼が相手なら、すぐに殺られたりはしないだろうけれど。
今度は手に貯めた光を、小さな羽根つきのモンスター達にドンと投げつける。
穴の向こうの気配は途切れることを知らない。
ただ、この雑魚だけなら問題ないと思うのに、それだけでは済まないような不安を垣間見た。
「他に凄いのがいるような気がする……」
けれどそれが何なのかは見当がつかない。
破裂させた光でモンスターを一掃し、みさぎは他の仲間たちの無事を祈った。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説

TS転移勇者、隣国で冒険者として生きていく~召喚されて早々、ニセ勇者と罵られ王国に処分されそうになった俺。実は最強のチートスキル持ちだった~
夏芽空
ファンタジー
しがないサラリーマンをしていたユウリは、勇者として異世界に召喚された。
そんなユウリに対し、召喚元の国王はこう言ったのだ――『ニセ勇者』と。
召喚された勇者は通常、大いなる力を持つとされている。
だが、ユウリが所持していたスキルは初級魔法である【ファイアボール】、そして、【勇者覚醒】という効果の分からないスキルのみだった。
多大な準備を費やして召喚した勇者が役立たずだったことに大きく憤慨した国王は、ユウリを殺処分しようとする。
それを知ったユウリは逃亡。
しかし、追手に見つかり殺されそうになってしまう。
そのとき、【勇者覚醒】の効果が発動した。
【勇者覚醒】の効果は、全てのステータスを極限レベルまで引き上げるという、とんでもないチートスキルだった。
チートスキルによって追手を処理したユウリは、他国へ潜伏。
その地で、冒険者として生きていくことを決めたのだった。
※TS要素があります(主人公)
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。


巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる