いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?

栗栖蛍

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11章 空を開いた脅威

144 守る事、守られる事

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 明け方に目が覚めたのは、みなとの取り乱すような叫び声のせいだ。

 「ひゃあ」と驚いたみさぎの横で、さきが「うわぁぁあ」と飛び起きる。
 枕元に用意していたコートをつかむ彼女に、みさぎは「ハロンじゃないよ」と声を掛けた。
 今日は十二月一日。ハロン襲来の当日だけれど、その気配はまだ薄かった。

 湊は険しい表情で肩を上下させ、ひたいに手を押し付けている。
 みさぎの頭にまず浮かんだのは、この間の斗真とうまの言葉だ。

 ──『最近、兄ちゃん夜にうなされてる時があるんです。何か悪い夢でも見てるんじゃないかなって思って』

 こめかみににじむ汗が見えて、みさぎは「大丈夫?」と湊の顔を覗き込んだ。

「うるさいぞ、湊! 折角せっかくの僕の睡眠が台無しじゃないか!」
「悪い。ちょっと嫌な夢見た」
「みさぎにフラれた夢だろ? 正夢だな」
「そうじゃないよ」

 湊は疲れた顔で溜息ためいきを吐くと、布団から出てみさぎを振り向いた。

「ごめん、大したことないから。ハロンはどう?」
「まだ来てないよ」

 「そうか」と眼鏡を掛け、湊は「ちょっと頭冷やしてくる」と部屋を出て行った。

「まだ六時になったばっかりじゃないか。もう少し寝てたかったのにな」
「お前どんだけ寝るつもりだよ。昨日あんだけルーシャに文句言ってたのに、暗くなった途端いびきかいてたじゃん」

 不機嫌になる咲に、ともが笑い出す。消灯とほぼ同時に眠りについた咲は、九時間近く寝ている筈だ。

「僕は時間を無駄にしたくないんだよ」

 咲は反抗して立ち上がると、自分のカバンから取り出した折り畳まれた布を手に、廊下へ出て行った。


   ☆
 一人になりたいなら屋上へ行くだろうと、咲は階段を上っていく。
 別に湊と話す気なんてなかったけれど、自分もそこに用事があった。
 ついでに愚痴でも言ってやろうと思って鉄の扉をギイと開くと、冷たい風が吹き込んで来る。

 パラつく雪の中、案の定湊はそこで剣を振っていた。
 少し見ていようかと思ったけれどすぐに見つかって、湊の手が止まる。「何?」とにべもなく振り向いた視線に、咲は諦めて屋上へ下りた。
 キンと静かな音を立てて、剣が湊の手中へ入り込んでいく。

「今になってあせったって、疲れるだけだろ」
「余計なお世話だ。そんなこと言いにわざわざ来たのか?」
「僕はこれを付けに来たんだ」

 咲は持ってきた布をバサリと広げて湊へ見せる。この間完成させた旗だ。
 自分なりに上手くできたと思う。

「思ってたよりちゃんとしてるな」
「何だよ、その評価は。いいと思ったら素直に褒めたらいいだろ?」
「良いと思うよ」

 言われるままに褒めた湊の前を横切って、咲はニヤリと笑う。
 どこに掛けておくのがいいか考えて屋上を選んだのは、国旗だか校旗用の旗ポールがあるのを思い出したからだ。しかしあまり使われている形跡がなく、滑車にはさびがこびりついている。
 咲は顔をしかめつつ、赤茶色に染まったロープを鉄塔からぐるぐると外した。

「あんまり、みさぎに心配かけるなよ。アイツに強いとこ見せたいのは僕だって分かるけどさ、少しくらい弱いとこ見せたっていいと思うぞ?」

 咲は湊に背を向けたまま、聞こえるようにはっきりと言う。

「俺はそんなに強くないよ」

 湊が常に自分を前の父親と比べて卑屈ひくつになっているのは分かる。それでも咲よりは十分に強い──だから気に食わない。

 咲は黙ったまま、ロープに旗を結び付けた。一番下の紐の位置が合わず、そこは適当にくくりつける。
 錆びた滑車は動きが鈍く、葛藤する咲を見かねて湊が「貸して」とロープを奪った。そして、重々しく口を開く。

「ラルの父親が戦いの最中に死んだのは知ってるよな? あれは俺をかばったからなんだ」
「へぇ、そうだったんだ。そこまでは知らなかった」

 突然の回顧かいこに咲は唇を閉じ、上目遣うわめづかいに湊をにらむ。

「敵にお前は子供だろうと恫喝どうかつされて、怖くなったんだ。五分五分で戦える自信はあったけど、俺は側に父親がいることに安心しきって、自分から動こうとはしなかった。そしたらあの人は呆気あっけなく殺された。国の宝だって言われるパラディンが、息子をかばって死んだんだぞ? 結局俺は父親の荷物でしかなかった。父親の死を目の当たりにしたら足がすくんで、泣くことしかできなかった。結局、かたきをとったのも他の仲間だ」

 初めて会った時から、ラルが過去をしょい込んでいることは分かってた。
 金持ちの次男坊というお気楽な肩書のアッシュとは空気感が極端に違っていた。

 ヒルスも目の前で両親を亡くしているが、ラルとは状況が大分違う。ヒルスは、倒れた両親に背を向けて、リーナの手をつかんで必死に逃げた。そうしないと自分たちも死んでしまうと思ったからだ。
 リーナをを守りたかった。リーナさえ生き延びてくれれば、自分なんてどうなってもいいと思ったあの時の気持ちは、ラルの父親の気持ちに近かったのかもしれない。

「お前の気持ちも分かるけどさ、家族ってそういうもんなんじゃないか? 僕だってリーナが刺されそうになったら、何も考えないで飛び出すと思うよ。お前の父親はそのくらい覚悟してお前を連れてただろうし、その結末に後悔はなかったんじゃないかな」
「あの人が死ぬくらいなら、かばってなんて欲しくなかった。俺はもっと自分が強いと思ってたのに、子供だからと甘えた結果がこれだ。いざという時動かないんじゃ、強さなんて何の意味もない事を知らされた。結局前世ではハロンには手も足も出なかったしな」

 滑車がギィギィと鈍い音を立てる。咲はバタバタと風にはためく旗を押さえた。

「それで悪夢にうなされてるって訳か。今日はそのハロンが、また戦おうってこっちに出て来るんだぞ? もっと強気で行けよ。前にも言ったけど、今とどめを刺せるのは僕じゃなくてお前なんだからな?」

 咲は言葉を突き付けると、片方の手でロープを引っ張る。
 キュルキュルと動きだす滑車に「やったぁ」と叫んで、旗を放した。

「アンタは強いな」
「当然。自分の事まぁまぁやれると思ってなけりゃ、お前たちと戦うなんて恥ずかしくて言えないよ」

 咲は満足そうに空へ上っていく旗を見上げる。

「湊、全員で生き残るぞ」
「そうだな」

 湊はホッとしたように目尻を下げた。



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