141 / 190
10章 戦いの準備を
129 遅めのハロウィン
しおりを挟む
昼前に降り始めた雨に今日はデートだとみさぎが心を躍らせていると、どこかへ行っていた咲が教室に戻ってきた。
四時限目終わりのベルとともに廊下へ飛び出していったのはトイレか購買かと思っていたが、そうではなかったらしい。
「みんな帰り空けといて」
「えっ、今日?」
弁当を食べていたテーブルに自分の椅子を引いてきて、咲はみさぎ達に向かってその計画を切り出した。
「そう、今日だ。教官の許可貰って来たから、帰りは部活行かないで田中商店に集合な」
「そんな急に……」
「だって雨降る予定じゃなかったし、みさぎだって部活行く気だったろ? いい機会だと思ってさ」
部活に行く予定なんて、雨が降り出した瞬間に抹消していたけれど。
デートへの期待を崩されて、みさぎは思い切り顔をしかめて見せる。
「ハロン戦に向けて、ちょっと提案があってさ」
だったら晴れの日にやればいいじゃないかと反論したかったが、男子二人が「そういうことなら」と納得してしまい、言い出すことができなくなってしまう。
「そういうのもやらなきゃならない時期だよな」
「教官が許可した事なら、行くっきゃないか」
「そうだね……」
みさぎの気持ちを汲み取って、湊が慰めるように笑顔をくれた。
☆
「もう一ヶ月切ってるし、色々準備しとかないとね」
智が足元の大きな水溜まりを跨いだ。雨は昼より強くなっている。
放課後、「先に行ってて」と言う咲を置いて、みさぎは湊や智と田中商店に向かった。
話し合うのも大事だが、折角の雨なのにと思うと最近慣れた憂鬱さもまたぶり返してしまう。
店の軒下に入り込んで傘を畳むと、智が扉の前にぶら下がった看板を見つけて「貸し切りだ」と眉を上げた。
ハロン戦の話をするという事で、絢が図らってくれたのだろうか。
中を覗き込んだ智が「ちょ」と声を詰まらせ、ドアを背にして困惑顔を見せる。
「どうしたの? 智くん」
「何か変なの見た」
動揺する智に、みさぎは湊と顔を見合わせる。
また彼女のコスプレかと予想して、レースクイーンか、チアガールかと構えると、
「何してるんだ?」
背後から時間差で現れた咲が声を掛けて来た。
「それが」と説明しようとするみさぎに首を傾げ、咲は智を追い越して店の戸を開く。
店の中に耳が見えた。
湊と智の背の隙間からぴょこんと三角耳が覗いて、みさぎは顔をしかめる。
そうきたか──と猫耳キャラをあれこれと想像したが、実際はみさぎの予想よりも遥かに際どいものだった。
「いらっしゃいませぇ」
絢の声。彼女は猫の姿をしていた。
それを見た湊が絶句している。
「何だよ、その格好は」
途端に張り上げた咲の声に凍り付いた空気が溶けて、流石の智も「絢さん」と口角を震わせる。
絢の姿はほぼ裸だ。
フサフサの毛をあしらったビキニとブーツと手袋という、コスプレグラビア雑誌にでも出てきそうな格好だけれど、ここの男子たちは興ざめしている感が否めない。
妖艶なエロさという表現を一蹴する目に見えない圧力は、彼女の内から滲み出る存在感と、染み付いた過去のせいだろうか。
どちらにしろ鈴木のような「ドキドキしちゃいますぅ」という感情は二人には起きなかったらしい。
中條の家にいる『気性の荒い猫』と言うのが絢の事だと湊に聞いて驚いていたが、まさかこんな際どい服を着ているとは思わなかった。
「それも教官の趣味なんですか?」
「ふざけないで、アッシュ」
みさぎの疑問を代弁するように智がそれを口にしたが、絢はぴしゃりと否定する。
「そんなわけないじゃない! ハロウィンよ、ハロウィン。貸し切りにしてあるんだから、好きな服着てもいいでしょ? ラル、貴方だってリーナの猫姿が見たいんじゃないの?」
「ちょ、何でこの流れで俺にふるんですか! 俺は……」
チラと向けられた湊の視線に、みさぎが慌てて「ルーシャ!」と声を上げる。彼が答えに困っているのは目に見えた。
「俺は見たいかな」と一華を想像しているだろう智に面白がって、咲まで悪ノリしてくる。
「ホラ、智もメラーレのが見たいんだってさ。湊も見たいんだろ?」
「咲ちゃん!」
本心は分からないが、湊はきっと否定するだろうとみさぎは思っていた。「答えなくていいよ」とこっそり湊の袖をつまむと、彼はあろうことか「見たい」と言い切ったのだ。
「えぇ?」
驚くみさぎに、湊は「けど、見せなくていいから」と慌てて付け足す。
「やったぁ」と沸く智と咲に、みさぎは真っ赤になって硬直した。
「あら、ラルも意外と素直なのね。リーナ、貸しましょうか?」
「着ません!」
顔も耳も熱かった。
絢は「じゃあ、今度ね」と笑んで、入口で棒立ちする四人を見渡す。
「今日はここで何か話し合いするんでしょ? クリームソーダ奢ってあげるから入りなさい」
「本当ですか! ご馳走様です」
クリームソーダ一杯で、猫服への困惑が消えてしまうから不思議だ。
他に誰も居ないという事で、咲は率先して中央の広いテーブルを陣取った。
脇に抱えていた手提げ袋から、スケッチブックと色鉛筆を取り出してテーブルに広げる。
「何する気だ?」
四人全員が席に着いたところで、咲は改まった顔で立ち上がり、意味ありげな笑顔を光らせた。
「旗を作ろうと思うんだ」
四時限目終わりのベルとともに廊下へ飛び出していったのはトイレか購買かと思っていたが、そうではなかったらしい。
「みんな帰り空けといて」
「えっ、今日?」
弁当を食べていたテーブルに自分の椅子を引いてきて、咲はみさぎ達に向かってその計画を切り出した。
「そう、今日だ。教官の許可貰って来たから、帰りは部活行かないで田中商店に集合な」
「そんな急に……」
「だって雨降る予定じゃなかったし、みさぎだって部活行く気だったろ? いい機会だと思ってさ」
部活に行く予定なんて、雨が降り出した瞬間に抹消していたけれど。
デートへの期待を崩されて、みさぎは思い切り顔をしかめて見せる。
「ハロン戦に向けて、ちょっと提案があってさ」
だったら晴れの日にやればいいじゃないかと反論したかったが、男子二人が「そういうことなら」と納得してしまい、言い出すことができなくなってしまう。
「そういうのもやらなきゃならない時期だよな」
「教官が許可した事なら、行くっきゃないか」
「そうだね……」
みさぎの気持ちを汲み取って、湊が慰めるように笑顔をくれた。
☆
「もう一ヶ月切ってるし、色々準備しとかないとね」
智が足元の大きな水溜まりを跨いだ。雨は昼より強くなっている。
放課後、「先に行ってて」と言う咲を置いて、みさぎは湊や智と田中商店に向かった。
話し合うのも大事だが、折角の雨なのにと思うと最近慣れた憂鬱さもまたぶり返してしまう。
店の軒下に入り込んで傘を畳むと、智が扉の前にぶら下がった看板を見つけて「貸し切りだ」と眉を上げた。
ハロン戦の話をするという事で、絢が図らってくれたのだろうか。
中を覗き込んだ智が「ちょ」と声を詰まらせ、ドアを背にして困惑顔を見せる。
「どうしたの? 智くん」
「何か変なの見た」
動揺する智に、みさぎは湊と顔を見合わせる。
また彼女のコスプレかと予想して、レースクイーンか、チアガールかと構えると、
「何してるんだ?」
背後から時間差で現れた咲が声を掛けて来た。
「それが」と説明しようとするみさぎに首を傾げ、咲は智を追い越して店の戸を開く。
店の中に耳が見えた。
湊と智の背の隙間からぴょこんと三角耳が覗いて、みさぎは顔をしかめる。
そうきたか──と猫耳キャラをあれこれと想像したが、実際はみさぎの予想よりも遥かに際どいものだった。
「いらっしゃいませぇ」
絢の声。彼女は猫の姿をしていた。
それを見た湊が絶句している。
「何だよ、その格好は」
途端に張り上げた咲の声に凍り付いた空気が溶けて、流石の智も「絢さん」と口角を震わせる。
絢の姿はほぼ裸だ。
フサフサの毛をあしらったビキニとブーツと手袋という、コスプレグラビア雑誌にでも出てきそうな格好だけれど、ここの男子たちは興ざめしている感が否めない。
妖艶なエロさという表現を一蹴する目に見えない圧力は、彼女の内から滲み出る存在感と、染み付いた過去のせいだろうか。
どちらにしろ鈴木のような「ドキドキしちゃいますぅ」という感情は二人には起きなかったらしい。
中條の家にいる『気性の荒い猫』と言うのが絢の事だと湊に聞いて驚いていたが、まさかこんな際どい服を着ているとは思わなかった。
「それも教官の趣味なんですか?」
「ふざけないで、アッシュ」
みさぎの疑問を代弁するように智がそれを口にしたが、絢はぴしゃりと否定する。
「そんなわけないじゃない! ハロウィンよ、ハロウィン。貸し切りにしてあるんだから、好きな服着てもいいでしょ? ラル、貴方だってリーナの猫姿が見たいんじゃないの?」
「ちょ、何でこの流れで俺にふるんですか! 俺は……」
チラと向けられた湊の視線に、みさぎが慌てて「ルーシャ!」と声を上げる。彼が答えに困っているのは目に見えた。
「俺は見たいかな」と一華を想像しているだろう智に面白がって、咲まで悪ノリしてくる。
「ホラ、智もメラーレのが見たいんだってさ。湊も見たいんだろ?」
「咲ちゃん!」
本心は分からないが、湊はきっと否定するだろうとみさぎは思っていた。「答えなくていいよ」とこっそり湊の袖をつまむと、彼はあろうことか「見たい」と言い切ったのだ。
「えぇ?」
驚くみさぎに、湊は「けど、見せなくていいから」と慌てて付け足す。
「やったぁ」と沸く智と咲に、みさぎは真っ赤になって硬直した。
「あら、ラルも意外と素直なのね。リーナ、貸しましょうか?」
「着ません!」
顔も耳も熱かった。
絢は「じゃあ、今度ね」と笑んで、入口で棒立ちする四人を見渡す。
「今日はここで何か話し合いするんでしょ? クリームソーダ奢ってあげるから入りなさい」
「本当ですか! ご馳走様です」
クリームソーダ一杯で、猫服への困惑が消えてしまうから不思議だ。
他に誰も居ないという事で、咲は率先して中央の広いテーブルを陣取った。
脇に抱えていた手提げ袋から、スケッチブックと色鉛筆を取り出してテーブルに広げる。
「何する気だ?」
四人全員が席に着いたところで、咲は改まった顔で立ち上がり、意味ありげな笑顔を光らせた。
「旗を作ろうと思うんだ」
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜
O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。
しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。
…無いんだったら私が作る!
そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。
最強の職業は付与魔術師かもしれない
カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された5人の勇者。彼等は同じ高校のクラスメイト同士であり、彼等を召喚したのはバルトロス帝国の3代目の国王だった。彼の話によると現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が世界各地に出現し、数多くの人々に被害を与えている事を伝える。そんな魔王軍に対抗するために帝国に代々伝わる召喚魔法によって異世界から勇者になれる素質を持つ人間を呼びだしたらしいが、たった一人だけ巻き込まれて召喚された人間がいた。
召喚された勇者の中でも小柄であり、他の4人には存在するはずの「女神の加護」と呼ばれる恩恵が存在しなかった。他の勇者に巻き込まれて召喚された「一般人」と判断された彼は魔王軍に対抗できないと見下され、召喚を実行したはずの帝国の人間から追い出される。彼は普通の魔術師ではなく、攻撃魔法は覚えられない「付与魔術師」の職業だったため、この職業の人間は他者を支援するような魔法しか覚えられず、強力な魔法を扱えないため、最初から戦力外と判断されてしまった。
しかし、彼は付与魔術師の本当の力を見抜き、付与魔法を極めて独自の戦闘方法を見出す。後に「聖天魔導士」と名付けられる「霧崎レナ」の物語が始まる――
※今月は毎日10時に投稿します。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
【禁術の魔法】騎士団試験から始まるバトルファンタジー
浜風 帆
ファンタジー
辺境の地からやって来たレイ。まだ少し幼なさの残る顔立ちながら、鍛え上げられた体と身のこなしからは剣術を修練して来た者の姿勢が窺えた。要塞都市シエンナにある国境の街道を守る騎士団。そのシエンナ騎士団に入るため、ここ要塞都市シエンナまでやってきたのだが、そこには入団試験があり……
ハイファンタジー X バトルアクション X 恋愛 X ヒューマンドラマ
第5章完結です。
是非、おすすめ登録を。
応援いただけると嬉しいです。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる