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10章 戦いの準備を
128.5 【キスの日番外編】試されているのかもしれない
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休日の部活は昼前に終わった。
今日は午後から蓮と会う約束をしている。
一緒に行こうと電車に誘ってくれたみさぎを断ったのは、二人に遠慮したわけではなく、単に身体が砂まみれで汗だくだったからだ。
みさぎはあの狭いテントで着替えていたが、こんな薄汚れた状態では蓮に会うどころかあの人だらけの町に下りることができない。
電車一本分早く蓮に会えるのを我慢して、咲は一度帰宅した。
家で待ち構えていた姉の凜が、頼んだわけでもないのにシャワー上がりの咲を捕まえて、自分好みのデートスタイルへ仕上げていく。
咲はされるがままの状態で、優雅にオレンジジュースを飲んでいた。自分でやっても姉がしてくれるようにはならないし、凜も楽しんでやっているのだから利害は一致している。
今日のコーディネートはいつもより甘い感じだった。緩く巻いた髪に少しだけフリルの付いたスカートという見慣れない自分に困惑してしまう。
「咲ちゃんはこういうのも似合うだろうって、私ずっと思ってたのよ」
凜は満足げに頷いて、仕上げに咲の唇へピンク色のリップを引いた。
「ちょっと赤すぎるんじゃないか? 気合入れてるって思われちゃうよ」
「このくらい、みんなしてるわよ。彼は喜んでくれるんじゃないかしら? できれば服に合わせて大人しくしてた方がいいんだけど……」
「そんなとこまで制限するなよ。できるわけないだろ?」
「言葉遣い!」
凜の注意に押し黙って、咲はその格好のまま広井町へ向かう。
慣れない姿に周りの視線が気になって仕方なかったが、結果、毎度のことながら蓮の反応は良かった。
「今日の咲もお姉さんのセレクト?」
「あぁ。何かヒラヒラしてるし、服に合わせて黙ってろって言われたぞ」
「そうなの? 別にいつも通りで十分似合ってるよ」
「可愛い」という彼の笑顔に照れながら、咲は手を引かれるまま歩いていく。
今日は久しぶりに、彼のおじさんのマンションへ行く。長期出張中で普段使われていない部屋は、蓮が自由に使える秘密の場所だ。
初めて彼と夜を過ごした時から、ここへ来るのは二度目だ。あの日のままの光景に記憶が蘇って緊張しながらソファへ座ると、蓮は突然おかしなことを言い出した。
「今日はキスの日らしいよ」
「えっ……そうなのか? 今日は十一月……」
「まぁ、細かいことはいいから。だからさ、今日は咲が俺にキスしてくれる?」
「はあっ? 何でそうなる?」
仰天して腰を浮かせる咲に、蓮は「そんなに驚く?」と笑った。
「何でって、俺がして欲しいと思ったから。たまにはいいだろ?」
今日が本当にそんなおかしなネーミングの日かどうか定かではない。だいたい、ゴロも合わない。
けれど蓮はやたら嬉しそうにキッチンから飲み物を持ってきて、咲の横へ腰を下ろした。
意味深な笑顔を向けられて、咲は顔を逸らす。
「僕は……試されているのか?」
「そうじゃないよ。別にしなくたっていいんだよ? 会ってもいつもしてるわけじゃないでしょ?」
「そうだけど……」
キスする時は、殆ど蓮からだ。流れで自分からしてしまう事はあるし、行為自体は何の問題もないと思うのに、いざ改めて「して」と言われると、躊躇ってしまうのは何故だろう。
ペットボトルのコーラを二つのグラスに分けて、蓮は「どうぞ」と言って自分のを飲みだした。
今日は特に予定もなく、ここでまったりと過ごす予定だったのに、どうしてこんな落ち着かない状態に陥ってしまったんだろうか。
「恥ずかしい……」
「恥ずかしがってる咲も可愛いよ」
そう言って、蓮はグイグイとハードルを上げてくる。
「しなくてもいい」と言われたけれど、最初に蓮は「して欲しい」と言っていた。だから、その気持ちはスルーできない。
咲は右隣に並ぶ蓮の腕を掴んで、身体を斜めに向けた。
蓮は『何?』と言わんばかりに顔を傾ける。
最初のキスもこのマンションだった。あれは事故のようなものだったけれど、あの後蓮と付き合うことになって、何回キスをしただろう。
だから、キスなんてしょっちゅうしてるだろう──? と気合を入れて、咲はほんの少し彼に顔を寄せた。
「蓮……」
十一月に入ったせいか、今日は外が冷え込んでいた。部屋に入った時に寒い感じがして、蓮が暖房を入れてくれたけれど、まだ暖まってはいないはずだ。
なのに、身体が暑くて仕方ない。
気持ちが落ち着かなくなって、彼を掴んだ手が震える。
「やっぱり駄目だ」
息が詰まりそうになって一旦身体を離すと、逆に蓮に手を引かれた。
戻された距離はさっきより大分近い。彼の顔がすぐそこにあった。
角度を変えれば、すぐに唇が触れてしまう距離で、蓮がはにかむ。
「いじらしいな」
彼がそのままキスするんだろうと思ったけれど、そうはいかなかった。
「咲がして」
「──うん」
悪戯な彼の笑顔。
唇の位置を確認すると恥ずかしさが増して、咲は慌てて目を閉じた。
背伸びするように顔を上げて、唇を押し付ける。
いつものことなのに、初めてキスする時みたいだった。
蓮は「ありがと」と咲を抱きしめて、「ご褒美」ともう一度キスをした。
今日は午後から蓮と会う約束をしている。
一緒に行こうと電車に誘ってくれたみさぎを断ったのは、二人に遠慮したわけではなく、単に身体が砂まみれで汗だくだったからだ。
みさぎはあの狭いテントで着替えていたが、こんな薄汚れた状態では蓮に会うどころかあの人だらけの町に下りることができない。
電車一本分早く蓮に会えるのを我慢して、咲は一度帰宅した。
家で待ち構えていた姉の凜が、頼んだわけでもないのにシャワー上がりの咲を捕まえて、自分好みのデートスタイルへ仕上げていく。
咲はされるがままの状態で、優雅にオレンジジュースを飲んでいた。自分でやっても姉がしてくれるようにはならないし、凜も楽しんでやっているのだから利害は一致している。
今日のコーディネートはいつもより甘い感じだった。緩く巻いた髪に少しだけフリルの付いたスカートという見慣れない自分に困惑してしまう。
「咲ちゃんはこういうのも似合うだろうって、私ずっと思ってたのよ」
凜は満足げに頷いて、仕上げに咲の唇へピンク色のリップを引いた。
「ちょっと赤すぎるんじゃないか? 気合入れてるって思われちゃうよ」
「このくらい、みんなしてるわよ。彼は喜んでくれるんじゃないかしら? できれば服に合わせて大人しくしてた方がいいんだけど……」
「そんなとこまで制限するなよ。できるわけないだろ?」
「言葉遣い!」
凜の注意に押し黙って、咲はその格好のまま広井町へ向かう。
慣れない姿に周りの視線が気になって仕方なかったが、結果、毎度のことながら蓮の反応は良かった。
「今日の咲もお姉さんのセレクト?」
「あぁ。何かヒラヒラしてるし、服に合わせて黙ってろって言われたぞ」
「そうなの? 別にいつも通りで十分似合ってるよ」
「可愛い」という彼の笑顔に照れながら、咲は手を引かれるまま歩いていく。
今日は久しぶりに、彼のおじさんのマンションへ行く。長期出張中で普段使われていない部屋は、蓮が自由に使える秘密の場所だ。
初めて彼と夜を過ごした時から、ここへ来るのは二度目だ。あの日のままの光景に記憶が蘇って緊張しながらソファへ座ると、蓮は突然おかしなことを言い出した。
「今日はキスの日らしいよ」
「えっ……そうなのか? 今日は十一月……」
「まぁ、細かいことはいいから。だからさ、今日は咲が俺にキスしてくれる?」
「はあっ? 何でそうなる?」
仰天して腰を浮かせる咲に、蓮は「そんなに驚く?」と笑った。
「何でって、俺がして欲しいと思ったから。たまにはいいだろ?」
今日が本当にそんなおかしなネーミングの日かどうか定かではない。だいたい、ゴロも合わない。
けれど蓮はやたら嬉しそうにキッチンから飲み物を持ってきて、咲の横へ腰を下ろした。
意味深な笑顔を向けられて、咲は顔を逸らす。
「僕は……試されているのか?」
「そうじゃないよ。別にしなくたっていいんだよ? 会ってもいつもしてるわけじゃないでしょ?」
「そうだけど……」
キスする時は、殆ど蓮からだ。流れで自分からしてしまう事はあるし、行為自体は何の問題もないと思うのに、いざ改めて「して」と言われると、躊躇ってしまうのは何故だろう。
ペットボトルのコーラを二つのグラスに分けて、蓮は「どうぞ」と言って自分のを飲みだした。
今日は特に予定もなく、ここでまったりと過ごす予定だったのに、どうしてこんな落ち着かない状態に陥ってしまったんだろうか。
「恥ずかしい……」
「恥ずかしがってる咲も可愛いよ」
そう言って、蓮はグイグイとハードルを上げてくる。
「しなくてもいい」と言われたけれど、最初に蓮は「して欲しい」と言っていた。だから、その気持ちはスルーできない。
咲は右隣に並ぶ蓮の腕を掴んで、身体を斜めに向けた。
蓮は『何?』と言わんばかりに顔を傾ける。
最初のキスもこのマンションだった。あれは事故のようなものだったけれど、あの後蓮と付き合うことになって、何回キスをしただろう。
だから、キスなんてしょっちゅうしてるだろう──? と気合を入れて、咲はほんの少し彼に顔を寄せた。
「蓮……」
十一月に入ったせいか、今日は外が冷え込んでいた。部屋に入った時に寒い感じがして、蓮が暖房を入れてくれたけれど、まだ暖まってはいないはずだ。
なのに、身体が暑くて仕方ない。
気持ちが落ち着かなくなって、彼を掴んだ手が震える。
「やっぱり駄目だ」
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戻された距離はさっきより大分近い。彼の顔がすぐそこにあった。
角度を変えれば、すぐに唇が触れてしまう距離で、蓮がはにかむ。
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彼がそのままキスするんだろうと思ったけれど、そうはいかなかった。
「咲がして」
「──うん」
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背伸びするように顔を上げて、唇を押し付ける。
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