いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?

栗栖蛍

文字の大きさ
上 下
139 / 190
10章 戦いの準備を

128 ワインは一気飲みするもんじゃない

しおりを挟む
 薄暗いウォーインクローゼットに、青白い光がパッと広がった。
 数本並んだ洋服ラックの隅に小さい机があって、その上に置かれたバレーボールほどの大きさをした円柱型の瓶に、中條が懐中電灯を向けてスイッチを押したのだ。
 海底を思わせる水色の液体の中でプクプクと小さい泡を立てる黒いかたまりに、あやは「ちょっと」と眉をしかめる。

「何で今まで言わなかったのよ」
勿体もったいぶって見せなかったんですよ」

 中條はニコリと笑って、切り揃えられた髪をかきあげた。

「全く。他の部分はどうしたの? これだけじゃないでしょ?」
「残りはキッチンで焼いて、ゴミと一緒に出しました」
「はぁ? 焼いたって。まさか貴方、アレを食べたんじゃないでしょうね?」

 光は液体を抜けて、背後の壁に青い波を揺らしている。
 硬くふたが閉められた瓶に沈む塊は、ほんのこぶし程度でゴツゴツといびつな形をしていた。ビーカーの底に貼りついたまま動く気配もなく、どうやら思った以上の質量らしい。

「そんな趣味はないですよ。匂いもおかしかったですからね」

 中條はライトを消すと、「さあ」と絢の背中に手を置いて部屋の外へとうながした。

 リビングの蛍光灯をまぶしく感じ、絢は背後の瓶を振り返る。
 瓶から以前のような気配は感じない。何度もこの部屋に来ているのに、その存在を疑ったことすらなかった。

 あの日、彼がそれを回収していたことを、さっき実物を見せられて思い出した。

「悪趣味ね」
「研究熱心だと言って欲しいですね」
「まぁ、そうね。そのお陰で事態を確証できたんだものね」

 絢はリビングのソファに座って、乱れたスカートの裾を直した。
 今日のスカートはやたらと足にまとわりつく。その上スリットから足が飛び出ては、素敵なシルエットが台無しだ。
 けれど彼が開口一番に「いいですね」と言ったので、絢はそれだけで満足していた。

 注がれたワイングラスを鳴らして、絢は最初の一杯目を一気に飲み干した。そういう気分だったという訳ではなく、いつもの事だ。

「ワインはもっと大人しく飲むものだと思いますが」

 今更ながらに注意する中條に、絢はしかめ面を向けた。

「いいのよ。私はこの世界の人間じゃないんだから、そんなルール関係ないわ」
「ルールではないんですけどね。たしなんでみてはどうかってことですよ」

 二杯目に注がれたワインを絢は一口含んで、再びウォークインを一瞥いちべつした。

 あそこで瓶詰にされていたのは、つい先日倒したばかりの黒いハロンだ。あれはみなとの折れた剣で倒されたと認識していたし、中條の持ち帰ったものはただの抜け殻の筈だった。
 なのにその殻に残された情報は、絢にはどうすることもできない最悪のものだった。

 赤い液体をくるくると揺らしながら、絢は溜息をつく。

「アッシュの運命改変がもたらした最大の影響は、アレに生き残るすべを与えてしまったことなのかもしれないわね」

 瓶の中にあるのは殻でしかない。黒いハロンの核にとどめを刺したけれど、絶える前に奴はこの次元の外へと逃れたのだ。

「十割で戻って来る?」
「でしょうね」

 危機的状況を不安視する絢とは対照的に、中條はいつも通りの涼しい顔でワインを傾けている。

「あの子たちに言うつもり?」
「言いませんよ。戦い方次第でどうにでもなる運命なら、知らないまま全力で挑んだ方がいいでしょう?」
「そう……よね。何が正しいかなんて、今はもう分からないもの」
「そういうことです」

 絢は少しずつ飲んでいた二杯目の残りをまた一気に流し込んで、立ち上がった。

「少し熱くなっちゃった」

 フラつく足でベランダに出ると、涼しい風と共に賑やかな笑い声が聞こえてくる。
 隣の部屋がうるさかった。
 毎度のことだが、声の主は一華いちかの部屋に入り浸っているともだ。

「あの二人は毎日何をしているのかしら。もうこんな時間よ」

 時計はちょうど九時を回った所だ。

「緊張感がないわね」
「まぁ大目に見てもいいんじゃないですか? 高校生とは言え、中身は倍の年齢を生きてる大人みたいなものですから。それに、彼はちゃんと強くなっていますからね」

 追って来た中條に並んで、絢は夜空を見上げる。
 今日は良く晴れていて、星がはっきりと見えた。

 ロマンティックな言葉を充てたいと思う夜景を前に、絢は胸を押さえてフェンスに手をつく。ここ最近ふと感じるようになった、あの気配だ。

「今日はキツいわね」
「大丈夫ですか?」

 心配する中條は、ケロッとしている。

「これくらいで死にやしないわ。けど、これを感じないなんてほんと貴方は鈍感ね」
「魔法使いが繊細せんさいってことですよ。分母の多い方にそんな言葉使わないでくれますか?」
「繊細か……められてるのかしら」
「一応、そのつもりです」

 「そう」と受け止めて、絢は笑い声を響かせる隣室を振り向いた。薄い壁で仕切られた向こう側は見ることができない。

随分ずいぶん楽しそうだけど、彼は気付いているのかしら」

 智も絢と同じ魔法使いだ。みさぎも、この状況をちゃんと理解していればいいと思う。

「で、結局ヒルスの事はどうするつもりなの?」
「そろそろ剣を渡しますよ。元々そのつもりでしたからね」

 中條ははにかんだ。勿体もったいぶって時期をずらした彼に、絢はあきれて肩をすくめる。

「貴方って本当意地悪よね」
嫉妬しっとですよ。俺より強いあの子たちへのね」

 たまに零す、彼の本音だ。

「馬鹿ね」

 絢は小さく言って、彼の胸にそっとほおを沈める。

「男の価値は強さだけじゃないのよ?」
「貴女にそう言って貰えるなんて、光栄ですよ」

 耳元でささやいて、中條はそっと絢の腰を抱いた。










しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

TS転移勇者、隣国で冒険者として生きていく~召喚されて早々、ニセ勇者と罵られ王国に処分されそうになった俺。実は最強のチートスキル持ちだった~

夏芽空
ファンタジー
しがないサラリーマンをしていたユウリは、勇者として異世界に召喚された。 そんなユウリに対し、召喚元の国王はこう言ったのだ――『ニセ勇者』と。 召喚された勇者は通常、大いなる力を持つとされている。 だが、ユウリが所持していたスキルは初級魔法である【ファイアボール】、そして、【勇者覚醒】という効果の分からないスキルのみだった。 多大な準備を費やして召喚した勇者が役立たずだったことに大きく憤慨した国王は、ユウリを殺処分しようとする。 それを知ったユウリは逃亡。 しかし、追手に見つかり殺されそうになってしまう。 そのとき、【勇者覚醒】の効果が発動した。 【勇者覚醒】の効果は、全てのステータスを極限レベルまで引き上げるという、とんでもないチートスキルだった。 チートスキルによって追手を処理したユウリは、他国へ潜伏。 その地で、冒険者として生きていくことを決めたのだった。 ※TS要素があります(主人公)

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

処理中です...