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9章 旗

126 会いたい

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 れんの運転する車に乗るのは初めてだった。
 荒助すさの家のファミリーカーで、白のセダン。初心者マークは付いていない。

「みさぎの家に泊りに行くことになってるから、家の前までは駄目だぞ?」

 みさぎの兄だと説明すれば問題はないと思うけれど、事情を知る姉のりんがいたら面倒だと思った。

「なら手前で下ろすよ」

 車は渋滞の町を抜けると、次第に見慣れた田舎の風景へ入って行く。
 窓から入り込む秋晴れの空気に、咲は助手席の窓を半分開けて風景に見入った。紅葉真っ盛りのせいか、いつもより車の数が多い気がする。
 スピーカーから流れてくるのは、テンポのいい洋楽だ。蓮の事だから、もっとオタクっぽい音楽だと思っていた。

「こういうのも聞くんだ」
「まぁね、親のだけど。初めて乗せる時くらい、雰囲気出してもいいだろ?」
「うん」
「気分はどう?」
「熱も下がったし、まぁまぁかな」
「なら、このままドライブに行ってもいい? 帰り少し遅くなるけど」

 部活のない休みは久しぶりだった。
 まだ十時を過ぎたばかりで、今帰ってもやる事はない。

「いいよ。まだ、帰りたくないから」
「良かった。じゃあ海に行こうか」

 蓮は嬉しそうに笑顔を広げてハンドルを切った。
 国道を外れて山道を一時間ほど走った所で、風景が突然開ける。
 潮風の匂いに海を探すと、視界の奥に水平線が光った。

「うわぁ、海だ」

 咲ははしゃいで声を弾ませる。
 波の音が届く海辺のカフェで昼食を食べると、蓮は浜辺に抜ける駐車場に車を停めた。

「これ適当に持ってきたやつだけど、寒そうだから着といて」

 蓮は後部座席に置いてあったパーカーを咲に差し出す。グレーの無地で、シンプルなものだ。
 薄い上着は着ていたけれど、十一月の海辺は彼の言う通り昼間でも少し寒いくらいだった。
 咲は「ありがとう」と受け取って、上着の上からパーカーを羽織った。
 蓮はそこまで背が高い方ではないけれど、彼の服を咲が着るとだいぶ大きい。首元が涼しく感じてフードをかぶると、彼の布団と同じ匂いがした。

 浜辺には何組かカップルらしき男女がいたけれど、それぞれに距離があって、お互い自由に秋の海を楽しんでいるようだ。

「海なんて久しぶりだな」

 ここ最近は夏でもプールばかりで、海は数年来ていない気がする。
 ひゅうと吹く風に舞い上がるスカートを押さえて、咲は広がる髪を後ろへ流した。
 寄せ返す波に足を入れたい衝動を抑えながら、波打ち際ギリギリを跳ねる。

「病み上がりなのに、こんなトコ連れてきてごめんな。ずっと咲と来たいなって思ってたから」
「謝るなよ、僕も蓮と海が見れて嬉しいから」

 咲は少し迷って、蓮を振り返る。

「なぁ蓮、昨日みさぎにも言ったんだけどさ、蓮がみさぎのアニキで良かったよ。前に何点か聞かれて七十点って言っただろ? 今は百点だと思ってる」
「どうした? いきなり」

 昨日悩んだことを言わないでおこうと思ったけれど、話しておこうという気持ちになれたのは、きっと蓮が夜ずっと側に居てくれたからだと思う。
 咲は蓮の左腕をつまんで、その話を切り出した。

「来月の頭に、僕たちの世界を恐怖におとしいれた敵が、白樺台しらかばだいに現れるんだ」

 部活の合宿はその為だと説明すると、蓮は困惑を広げる。

「大丈夫、外に被害は出さない。僕たちが責任をもって片付けるから。この世界のみんなは、普通通り日常を過ごすだけだよ」
「漫画みたいな話するんだな」
「信じてくれなくてもいいって言ってるだろ?」
「信じていないわけじゃないよ」

 咲のほおに右手を滑らせ、蓮は不安げにはにかんだ。

「それが咲やみさぎたちがこの世界に来た理由?」
「──そうだ」
「だったら余計に、俺は戦うななんて言えないな」

 咲はひんやりとする彼の手を両手で包む。

「俺この間、みさぎに物分かり良すぎって言われてさ。そりゃ前世なんて信じられる話じゃないけど、信じないって決め込むような俺なら、多分咲とは今こうしてないと思うよ。ずっと疑うようなコを好きだなんて、何か違うだろ?」
「……僕も、蓮は物分かり良すぎだと思うよ」
「俺は咲より大人だし、部外者の俺が咲たちの運命にあらがううようなことはしたくないんだよ」

 「これでも嫉妬深いんだぜ」と笑う蓮を見上げて、咲は泣き出しそうに顔を歪めた。

「僕はリーナみたいに強くはないけど、兄としてやっぱりいいカッコがしたいんだ」
「咲……」
「僕はリーナと離れたくなかった。我儘わがまま言ってこの世界に来させてもらったけど、騒ぐだけ騒いで肝心かんじんな時は突っ立って見てるなんて、それじゃあ兄として示しがつかないだろ?」
「兄として、って。俺はみさぎにそんなこと思ったことないけど」
「昨日、蓮が心配させろって言ったんだろ? だから、その言葉に甘えてほんの数日だけ心配させてやる」
「大分、胃が痛みそうだな」
「これが終わったら、僕はただの海堂咲になるから。みさぎとは親友で、蓮の彼女で居れたらって思う──って、今と変わらないか」
「俺の咲でいるなら、別にみさぎのアニキのままだって構わないんだけどね」

 蓮が咲を抱きしめる。
 すぐ近くに他の男女の姿が見えて、咲は蓮を「おい」と見上げた。

「見られるぞ」
「見てないよ。別に見られたって構わないだろ? お互い様」

 そうなのかと疑って向こうの二人を覗くと、確かにこっちなど目にも入っていない様子でキスしているのが見えた。

「そ、そうか」

 緊張しながら、咲は蓮の肩にほおを預ける。

「心配して待ってるから。我慢してるから、もう一度言わせて。俺の所に戻って来いって。そして、悔いのないようにな」
「もちろんだ。あっ、けど、こんな決意表明みたいなこと言ったけど、まだ日はあるから、それまであと二回くらいは会いたい」
「分かった。じゃあ、三回は会おうな」

 蓮は思わず吹き出して、咲の頭をグリグリとでた。
 胸元で絡め合った小指で指切りをして、咲は「僕は蓮が大好きだよ」と笑顔を送った。

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