132 / 190
9章 旗
123 見ていないはず
しおりを挟む
「なぁみさぎ、覚えてる?」
湊が布団に入ったまま話を始める。
みさぎは仰向けに寝転んで、彼の視線を追った。沈黙への緊張が少しだけとけて、みさぎは白くぼんやりと光る蛍光灯を眺めながら彼の話に耳を傾ける。
「リーナはさ、ラルのこと笑わせようとしてたよね」
「まだ会ったばかりの頃だね」
突然彼が切り出したのは、ターメイヤ時代の話だ。
「そう。前から話そうと思ってたんだけど、なかなかタイミングがなかったから。懐かしいなって思ってさ」
「気付いてたんだね」
「そりゃ、あれだけあからさまにされたら分かるよ」
「そんなに?」
「だから余計にリーナやアッシュが煩わしいって思ってた」
「あぁ……そうだよね」
何となく彼にそう思われていたのは分かっていた。
ラルフォンは仏頂面であまり話さず、仕事以外ではいつも一人でいた。だからリーナもラルを怖いと思っていた。
本人の口から「煩わしい」とハッキリ言われてショックだったが、湊は「あの頃だけだよ」と加える。
今思うと、智が来るまでの一学期の湊も、あの時のラルと同じだった気がする。電車で窓の外ばかり見ていた彼は、いつも側に居たみさぎをどう思っていたのだろうか。
「ラルは初めて会った時からずっと怒ってるみたいだったから、リーナは笑顔が見たかったんだよ」
「ごめんな。ラルは戦場での実戦経験があることを誇りに思ってた。全部父親がいたからできた事なのに、自惚れてたんだな。終戦で世の中が落ち着いたってのもあるけど、父親が戦死したら俺の事なんて雇ってくれる人なんて誰もいなかったからね」
懐かしむように、少し寂しそうに湊はその話をする。
「やる事がなくなった俺に、父親の知り合いが勧めてくれたのがリーナの側近だ。ウィザードの片腕だっていうから張り切って試験を受けたのに、実際受かってみたら自分の仕えるウィザードは弱そうな女の子だった。もう一人選ばれた奴はお気楽な奴で、正直ガッカリしたんだ」
「ご、ごめんなさい」
「いや、そうじゃなよ。俺の自惚れだっていっただろ?」
「うん……」
どうやらラルは傭兵時代を引きずって、『ウィザードの側近』という任務に殺伐とした環境を求めていたらしい。
あの頃は平和だった。訓練はしていたけれど、楽しかった記憶の方が多い。
「ハロンが来るまで実戦なんてなかったもんね」
そんな思い出話が続いているが、みさぎは今何故こんな話をしているんだろうという気持ちだった。彼にとっては共有したい過去なのかもしれないけれど、もっとこう楽しい話をしたいなと思ってしまう。
みさぎはベッドの端からこっそりと湊を覗き込んだ。
カーテンの隙間から外灯の灯りが細く刺し込んで、暗闇に慣れた目で十分に彼の表情を捕らえることができる。
眼鏡を外した彼の顔は、みさぎにとってたまにしか見れない貴重なものだ。
お泊り会で同じ部屋に寝るというまたとないシチュエーションで、ドキドキの要素はしっかりと整っている気がするのに、今日会ってから手しか繋いでいない。
湊が奥手なのか、自分に魅力がないのか、温度差が激しすぎて少し寂しくなってしまう。
このまま朝を迎えて部活に行かなければならないのかと考えると、涙が出そうになるくらい辛かった。咲のように熱でも出れば、素直に甘えることができるのかなんてことまで思って額に手を当てるが、全然熱くはない。
「二人が俺の事笑わそうとしてるのが分かったら、余計笑えなくなった。面白がってるのは分かったし、俺が笑うのなんて、何が楽しいのかと思ったよ」
──『ラルが笑ったの見たことないよ』
リーナがアッシュにそんな話をしたのが発端だった気がする。色々と仕掛けをして笑わせようとしたのに、笑うどころか彼の表情はどんどん険しくなっていった。
けれど、ある日突然ラルは笑顔を見せたのだ。
湊は天井を見上げたまま、その時の話をした。
「初めてリーナの力を見たんだ。実戦ではなかったけど、ずっと弱そうだと思ってたリーナに敵わないって思ったら、急に自分が小さい人間に思えて笑ってた。笑うって言うより自嘲しただけだったけど、目の前にいたリーナが俺を見て感動しててさ」
あの時だと思って、みさぎはうんうんと頷く。
「だから、もし俺が喜んだんだと思って誤解してたなら、言っとかなきゃと思って。今更だけど」
「ね」と湊が急にみさぎに顔を向けた。パチリと合った目を細めた彼の笑顔に、みさぎは胸を押さえる。
どうやら彼を覗き込んでいたことは最初から気付かれていたらしい。
「あの時違うんだって弁解したかったけど、リーナは走って行っちゃったんだ」
──『兄様! ラルが笑ったのよ!』
リーナはいつも夜の食事時にラルの話をしていた。だからその日もヒルスに聞いて欲しくて、兄の所へ向かったことは覚えている。
「それをずっと私に言いたかった、って。ラルも湊くんも真面目すぎだよ。リーナはラルの笑顔が見れて嬉しかったんだから、理由なんて問題じゃなかったよ」
呆れるくらい真面目な湊に、みさぎは「ねぇ」と笑い掛ける。
「湊くん、そっちに行ってもいい?」
言いながら、もうみさぎはベッドから足を下ろしていた。湊は慌てて布団から起き上がる。
ベッドを背に並んで座ると、みさぎはいつも電車で居眠りするように彼の腕に頬を預けた。
自嘲だって何だっていい。あの時の笑顔は今も覚えている。
今思うとあれが、リーナがラルを好きになった瞬間だったと思う。
──『二人が好きだったことなんて、みんな知ってた』
メラーレのいう事が事実なら、彼もそうだったという事だろうか。
こんなこと言ったら、嫌がられてしまうかもしれないけれど。
「今日は、鈴木くん居ないから。見られたりしないよね?」
上目遣いに彼を見上げると、一瞬首を傾げた湊がすぐにその意味を理解した。
「アイツじゃなくて、お兄さんが居るかも」
みさぎが「どっちの?」と笑う。
湊は背中に伸ばした手でみさぎを抱き寄せ、そっと二度目のキスをした。
湊が布団に入ったまま話を始める。
みさぎは仰向けに寝転んで、彼の視線を追った。沈黙への緊張が少しだけとけて、みさぎは白くぼんやりと光る蛍光灯を眺めながら彼の話に耳を傾ける。
「リーナはさ、ラルのこと笑わせようとしてたよね」
「まだ会ったばかりの頃だね」
突然彼が切り出したのは、ターメイヤ時代の話だ。
「そう。前から話そうと思ってたんだけど、なかなかタイミングがなかったから。懐かしいなって思ってさ」
「気付いてたんだね」
「そりゃ、あれだけあからさまにされたら分かるよ」
「そんなに?」
「だから余計にリーナやアッシュが煩わしいって思ってた」
「あぁ……そうだよね」
何となく彼にそう思われていたのは分かっていた。
ラルフォンは仏頂面であまり話さず、仕事以外ではいつも一人でいた。だからリーナもラルを怖いと思っていた。
本人の口から「煩わしい」とハッキリ言われてショックだったが、湊は「あの頃だけだよ」と加える。
今思うと、智が来るまでの一学期の湊も、あの時のラルと同じだった気がする。電車で窓の外ばかり見ていた彼は、いつも側に居たみさぎをどう思っていたのだろうか。
「ラルは初めて会った時からずっと怒ってるみたいだったから、リーナは笑顔が見たかったんだよ」
「ごめんな。ラルは戦場での実戦経験があることを誇りに思ってた。全部父親がいたからできた事なのに、自惚れてたんだな。終戦で世の中が落ち着いたってのもあるけど、父親が戦死したら俺の事なんて雇ってくれる人なんて誰もいなかったからね」
懐かしむように、少し寂しそうに湊はその話をする。
「やる事がなくなった俺に、父親の知り合いが勧めてくれたのがリーナの側近だ。ウィザードの片腕だっていうから張り切って試験を受けたのに、実際受かってみたら自分の仕えるウィザードは弱そうな女の子だった。もう一人選ばれた奴はお気楽な奴で、正直ガッカリしたんだ」
「ご、ごめんなさい」
「いや、そうじゃなよ。俺の自惚れだっていっただろ?」
「うん……」
どうやらラルは傭兵時代を引きずって、『ウィザードの側近』という任務に殺伐とした環境を求めていたらしい。
あの頃は平和だった。訓練はしていたけれど、楽しかった記憶の方が多い。
「ハロンが来るまで実戦なんてなかったもんね」
そんな思い出話が続いているが、みさぎは今何故こんな話をしているんだろうという気持ちだった。彼にとっては共有したい過去なのかもしれないけれど、もっとこう楽しい話をしたいなと思ってしまう。
みさぎはベッドの端からこっそりと湊を覗き込んだ。
カーテンの隙間から外灯の灯りが細く刺し込んで、暗闇に慣れた目で十分に彼の表情を捕らえることができる。
眼鏡を外した彼の顔は、みさぎにとってたまにしか見れない貴重なものだ。
お泊り会で同じ部屋に寝るというまたとないシチュエーションで、ドキドキの要素はしっかりと整っている気がするのに、今日会ってから手しか繋いでいない。
湊が奥手なのか、自分に魅力がないのか、温度差が激しすぎて少し寂しくなってしまう。
このまま朝を迎えて部活に行かなければならないのかと考えると、涙が出そうになるくらい辛かった。咲のように熱でも出れば、素直に甘えることができるのかなんてことまで思って額に手を当てるが、全然熱くはない。
「二人が俺の事笑わそうとしてるのが分かったら、余計笑えなくなった。面白がってるのは分かったし、俺が笑うのなんて、何が楽しいのかと思ったよ」
──『ラルが笑ったの見たことないよ』
リーナがアッシュにそんな話をしたのが発端だった気がする。色々と仕掛けをして笑わせようとしたのに、笑うどころか彼の表情はどんどん険しくなっていった。
けれど、ある日突然ラルは笑顔を見せたのだ。
湊は天井を見上げたまま、その時の話をした。
「初めてリーナの力を見たんだ。実戦ではなかったけど、ずっと弱そうだと思ってたリーナに敵わないって思ったら、急に自分が小さい人間に思えて笑ってた。笑うって言うより自嘲しただけだったけど、目の前にいたリーナが俺を見て感動しててさ」
あの時だと思って、みさぎはうんうんと頷く。
「だから、もし俺が喜んだんだと思って誤解してたなら、言っとかなきゃと思って。今更だけど」
「ね」と湊が急にみさぎに顔を向けた。パチリと合った目を細めた彼の笑顔に、みさぎは胸を押さえる。
どうやら彼を覗き込んでいたことは最初から気付かれていたらしい。
「あの時違うんだって弁解したかったけど、リーナは走って行っちゃったんだ」
──『兄様! ラルが笑ったのよ!』
リーナはいつも夜の食事時にラルの話をしていた。だからその日もヒルスに聞いて欲しくて、兄の所へ向かったことは覚えている。
「それをずっと私に言いたかった、って。ラルも湊くんも真面目すぎだよ。リーナはラルの笑顔が見れて嬉しかったんだから、理由なんて問題じゃなかったよ」
呆れるくらい真面目な湊に、みさぎは「ねぇ」と笑い掛ける。
「湊くん、そっちに行ってもいい?」
言いながら、もうみさぎはベッドから足を下ろしていた。湊は慌てて布団から起き上がる。
ベッドを背に並んで座ると、みさぎはいつも電車で居眠りするように彼の腕に頬を預けた。
自嘲だって何だっていい。あの時の笑顔は今も覚えている。
今思うとあれが、リーナがラルを好きになった瞬間だったと思う。
──『二人が好きだったことなんて、みんな知ってた』
メラーレのいう事が事実なら、彼もそうだったという事だろうか。
こんなこと言ったら、嫌がられてしまうかもしれないけれど。
「今日は、鈴木くん居ないから。見られたりしないよね?」
上目遣いに彼を見上げると、一瞬首を傾げた湊がすぐにその意味を理解した。
「アイツじゃなくて、お兄さんが居るかも」
みさぎが「どっちの?」と笑う。
湊は背中に伸ばした手でみさぎを抱き寄せ、そっと二度目のキスをした。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説

TS転移勇者、隣国で冒険者として生きていく~召喚されて早々、ニセ勇者と罵られ王国に処分されそうになった俺。実は最強のチートスキル持ちだった~
夏芽空
ファンタジー
しがないサラリーマンをしていたユウリは、勇者として異世界に召喚された。
そんなユウリに対し、召喚元の国王はこう言ったのだ――『ニセ勇者』と。
召喚された勇者は通常、大いなる力を持つとされている。
だが、ユウリが所持していたスキルは初級魔法である【ファイアボール】、そして、【勇者覚醒】という効果の分からないスキルのみだった。
多大な準備を費やして召喚した勇者が役立たずだったことに大きく憤慨した国王は、ユウリを殺処分しようとする。
それを知ったユウリは逃亡。
しかし、追手に見つかり殺されそうになってしまう。
そのとき、【勇者覚醒】の効果が発動した。
【勇者覚醒】の効果は、全てのステータスを極限レベルまで引き上げるという、とんでもないチートスキルだった。
チートスキルによって追手を処理したユウリは、他国へ潜伏。
その地で、冒険者として生きていくことを決めたのだった。
※TS要素があります(主人公)
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。


巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる