いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?

栗栖蛍

文字の大きさ
上 下
117 / 190
8章 あの日と同じ雨

109 あの日と同じ雨

しおりを挟む
 朝テレビで見た予報では、雨は夜まで降らないはずだった。
 夕方まで曇りだと聞いてホッとしていたのに、まだ昼の空を雨雲が覆っている。
 スマホで天気を確認すると予報はすっかり変わっていて、夜中まで絶望的な雨模様だった。

「みさぎ」

 廊下の奥に足音が響いて、みなとが姿を現す。彼は窓の外の雨に気付いて、みさぎに駆け寄った。

「大丈夫?」
「うん。今は平気」
「なら良かった。クラスの奴に、みさぎが鈴木と出て行ったって聞いたから。何かあった?」
「ううん、大したことじゃないよ」

 昨日の鈴木が実は二重の失恋だったとは言い出せず、みさぎは話題を変えるように雨空を見上げる。

「雨、降ってきちゃったね」
「今日は部活やめとく?」
「ううん。そういう訳にはいかないよ。私にとっては体力不足も雨も克服しなきゃならないんだから」

 憂鬱ゆううつな雨音も、冷たい感触も、耐えられないわけではないのだ。

「そう? 先生はあぁ言ったけど、俺はこんなことしても逆効果なんじゃないかって思うよ。だから、無理だと思ったらいつでも言って」
「うん、ありがとう湊くん」

 彼の言葉に根拠のない自信が沸いて、みさぎは精一杯の笑顔を取りつくろう。

「そういえば、あの部活って何部なんだろう?」

 ふと浮かんだ疑問を口にすると、湊は「え?」と首を傾げ、疑問符を顔に並べた。

「運動……する部?」

 彼の口から咄嗟とっさに出たその名前が採用されるなんて、みさぎは思ってもみなかった。


   ☆
 雨を嫌だと思ったのは、みさぎとして今の身体に生まれ変わってからだ。
 「怖いよぉ」とうずくまる小さなみさぎの手を握ってくれたのは、ヒルスではなくれんだった。

 ──「また泣いてる」

 面倒な顔をしながらも、彼はそれを放り出すことはなかった。

 ──「兄さま……じゃなくて。お兄ちゃん、ありがとう」

 記憶はなかった筈なのに、一度蓮をそう呼んでしまったことがあるのを最近になって思い出した。
 なんだかんだ言って優しい蓮を、本能がヒルスと勘違いしてしまったようだ。
 けれどその事を小さなみさぎが気付くことはできなかった。

 雨の夜、ベソをかくみさぎの隣でいつも寝てくれた蓮。
 両親よりもどうして兄を求めていたのかは自分でもよく分からない。そんなにリーナはヒルスが好きだったのだろうか。

 覚えのない過去の記憶に翻弄ほんろうされて、みさぎはただ雨を怖いと思っていた。
 けれどそのバイオリズム的なものは十五年も生きていると自分でも少しずつ理解できるようになっていく。
   
「私、頑張ってみるよ。みんなとならできそうな気がするから」

 雨の放課後、心配する三人の前でそう言ったのは、ただの強がりじゃない。
 大丈夫だと分かっていた。

 ジャージに着替えて学校を出発し、坂の下に中條が設置した小さなテントに荷物を置く。
 みさぎは「よし」と意気込んで傘を畳むと、ハードルが並んだ坂道を一気に駆け上がった。

「すごい。本当に雨を克服こくふくしたのか?」

 咲は目を疑って「やったぁ」とはしゃぐが、その安堵あんどには不安を残していた。

 高校に入ってすぐ咲と仲良くなって、みさぎは雨が苦手だという事を彼女に打ち明けた。もしもの為の予防線だ。
 今までの友達のように面倒そうに聞き流してくれればいいのに、彼女はやたら不安がって、みさぎを強く抱きしめた。
 前世では覚えのなかったみさぎのトラウマを、咲の中のヒルスが勘付いた瞬間だった。

「本当に俺たち先行っても大丈夫?」
「うん、ゆっくり行くから」

 智と咲を先に行かせる。
 雨は小降りになっていた。昨日の疲れは少し残っているけれど、問題はない。

「じゃあ湊、僕の代わりにみさぎを頼んだぞ?」
「あぁ」

 二人の姿が見えなくなってもまだ平気だ。
 ゴールまではあと百メートル。
 外した眼鏡の水滴を払う湊の横顔を眺めて、みさぎは思い切った提案をする。

「一人で行ってみようかな」

 ここからは賭けだった。
 雨に打たれているのに、こんなに落ち着いていられるのが不思議だった。このまま一人でゴールできたら雨を克服することができる気がする。

 やるなら今しかないと思って、みさぎは「えぇ?」と眉を寄せる湊に「お願い」と両手を合わせた。

「じゃあ、上までね」

 目視もくしで距離を測って、湊が渋々とうなずく。

「ありがとう」

 彼の背が少しずつ離れていく。
 遠ざかる足音をかき消すように雨音が急に強まって、みさぎは出しかけた足を戻した。
 重くなったドロドロの土が、地面にバシャリと跳ねる。

 彼の側を離れただけで、覚えのある不安が舞い降りた。
 平気だった筈の心が乱れる。

「やっぱり駄目だ」

 零れた本心に取り乱して、みさぎは彼の背に叫んだ。

「行かないで、湊くん!」

 不安を誘発する雨へのトリガーが、孤独だと知っている。
 ハロン戦で負傷したリーナは、雨の中身動きが取れなくなって死を覚悟した。
 助けられた時に気を失っていたせいで、孤独な死への恐怖だけがこびりついている。

 駆け寄る湊へ伸ばした手が宙をかいて、倒れる寸前に彼に拾われる。
 みさぎは抱きしめられた腕の中で「ごめんなさい」と彼にすがりついた。

 あの日と同じ雨──そうではないと分かっているのに。
 やっぱり一人は駄目だった。
 分かっていた。




しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨
ファンタジー
普通の高校生として生きていく。その為の手段は問わない。

【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。  帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。  しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。  自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。   ※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。 ※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。 〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜 ・クリス(男・エルフ・570歳)   チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが…… ・アキラ(男・人間・29歳)  杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が…… ・ジャック(男・人間・34歳)  怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが…… ・ランラン(女・人間・25歳)  優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は…… ・シエナ(女・人間・28歳)  絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

TS転移勇者、隣国で冒険者として生きていく~召喚されて早々、ニセ勇者と罵られ王国に処分されそうになった俺。実は最強のチートスキル持ちだった~

夏芽空
ファンタジー
しがないサラリーマンをしていたユウリは、勇者として異世界に召喚された。 そんなユウリに対し、召喚元の国王はこう言ったのだ――『ニセ勇者』と。 召喚された勇者は通常、大いなる力を持つとされている。 だが、ユウリが所持していたスキルは初級魔法である【ファイアボール】、そして、【勇者覚醒】という効果の分からないスキルのみだった。 多大な準備を費やして召喚した勇者が役立たずだったことに大きく憤慨した国王は、ユウリを殺処分しようとする。 それを知ったユウリは逃亡。 しかし、追手に見つかり殺されそうになってしまう。 そのとき、【勇者覚醒】の効果が発動した。 【勇者覚醒】の効果は、全てのステータスを極限レベルまで引き上げるという、とんでもないチートスキルだった。 チートスキルによって追手を処理したユウリは、他国へ潜伏。 その地で、冒険者として生きていくことを決めたのだった。 ※TS要素があります(主人公)

処理中です...