いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?

栗栖蛍

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8章 あの日と同じ雨

103 鬼の笑顔

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 並べられたハードルには一台ずつ『白樺台しらかばだい高校』と校名の入ったシールが貼られていた。どうやら学校の備品らしい。

 坂の入口から広場までは緩いカーブで五百メートルほどだろうか。舗装されていない土の道には大きめの石がゴロゴロと転がっている。
 まさかという嫌な予感がよぎったけれど、その距離をゴールまでハードルが続いているなんて思いもしなかった。

 兵学校時代の訓練では途中で何かが飛んでくることもあったと智が言ったせいで、みさぎは戦々恐々と進んでいく。
 授業で平坦なトラックに置かれたハードルを飛ぶのさえ苦手なみさぎが、数倍の距離を坂道でこなすのは至難しなんわざだった。
 ハードルの間隔も適当だ。
 智と咲は「びづらい」と文句を言いながらも、あっという間にみさぎの視界から消えてしまう。咲にとっては坂も地面のコンディションも、スカートであることさえ問題はないようだ。

「湊くん、先行ってて」

 半分ほど来たところで、みさぎは付き合ってくれる湊を、先へと促した。

「え、いいよ。気にしないで」
「けどほら、私スカートでちょっと恥ずかしいし、一人でも大丈夫だから。宰相も一人でやれって言うと思うよ」

 彼が側に居てくれるのは嬉しいけれど、ここで甘えてしまってはまたハロン戦で屈辱的くつじょくてきな思いを繰り返すことになるだろう。
 さっき湊に言われたように、誰かに組まれた訓練の方が自分には向いているのかもしれない。ルーシャはリーナに無理難題を押し付けてきたが、結局リーナはそれをこなしていたのだ。

「わかったよ。じゃあ、怪我したり倒れそうになったら呼んで」

 湊はみさぎの肩からかばんを取り上げると「この位はさせて」と自分の鞄に重ね、先へと走った。

 彼一人だとあっという間だ。いかに自分が足手まといになっていたかを反省する。

 一人になると、辺りが急に静かになった。
 誰も見ていないのなら、ハードルを飛ばずに横を歩いても……なんてことを頭に過らせつつ、結局最後まで一つずつまたいでゴールしたのは意地以外の何物でもない。

 最後まで他の障害物はなく、単純にそれだけをこなして広場へと向かうという仕様だった。
 だいたい、この緩い坂道を走って上るだけで辛いのだ。小走り気味に歩いてようやくゴールした時には、崩壊しそうな脇腹の痛みとゼェゼェという呼吸に立っているのがやっとだった。

 広場で待ち構える『鬼の宰相』ことギャロップメイこと担任の中條明和なかじょうめいわは優しい目をしていたけれど、掛ける言葉も見つからないまま、みさぎは草の上に崩れた。

「ルーシャから聞いてはいましたが、相当駄目ですね」

 頭の上で、深い溜息が聞こえた。みさぎは土に顔をこするようにうなずくと、中條は「そのままでいいので」と前置きして話を始めた。

「もっと凝った装置を作りたかったんですが、体育倉庫にあったこれが手っ取り早いと思いましてね。とりあえず今日は初日なので、ここをあと二往復すれは終わって貰って構いません」
「えっ……」

 土の上でみさぎは目を見開く。

「ハードルはこのままにしておきますので、明日からは毎日三往復やって下さい」
「そんなのでいいんですか?」

 みさぎの耳を疑うような、おかしな質問をするのは智だ。彼どころか咲と湊も息切れ一つなく、疲れた様子を見せない。

「とりあえず、ですよ。そんなに増やす気もありませんが。この部活では技術的なものを教え込むつもりはありません。目的は、徹底的に個々の体力と運動能力を増加させることですからね。剣や魔法の練習は個人的にやって下さい」
「わかりました」

 了解する三人の足元で、みさぎがよろりと身体を起こす。
 納得なんてできなかったけれど、それを否定できる実力は皆無だ。諦めて従う事しかできず、みさぎは顔の土を払って訴えるように中條を見つめた。

 中條は「リーナ」とみさぎを呼ぶ。
 穏やかな優しい顔だけれど、彼が『鬼』と呼ばれる所以ゆえんをじわじわと実感する。

「はい」
「貴女は体力作りと共に、一つ克服してもらう必要がありますよ」
「えっ……私だけ?」

 疲れのせいで頭が回らなかった。
 それは単純で、みさぎにとって一番の壁だ。みさぎよりも先に、湊と咲がハッと気付いて声を合わせる。

「雨か」
「その通り。雨の日も休まないで下さいね。これは私との約束ですよ」

 中條は一方的にそんなことを言って、鬼の笑顔を優しく零した。


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